第三話 ヒミツ
早まった選択をしてしまった気がする……。
悠音は肩を落として二人の間を歩いていた。光はいかにも勝ったような顔をして、携帯なんかいじっている。
遥はというと、さっきまでとは一転真剣な表情で、前を向いていた。真面目に固い表情をした遥を見ると、本当に光と同じ顔をしている。
「あの――」
間が持たなくなって、悠音が口を開いた。二人は顔を上げた。言葉が続かない。悠音は目を光と遥に交互に向ける。
「えーと、さ……協力するのは、いいんだけど」
光が目を細めた。
「何?」
「あんたらが何を隠してんのか、私には知る権利があると思う」
目を合わせずに、早口でそうまくし立てる。
遥が光を見た。沈黙。
それを破ったのはしばらく後の、光の言葉だった。
「知る権利? そんなもん、どこにあんだよ」
静かな声だった。それでいて、ゆっくりと。
「だって! 私がその秘密を外に漏らさない手伝いをするんでしょ? その私が知らない秘密なんか」
「黙れ」
さっきよりも若干低くなったその一声に、悠音は口をつぐむ。誰も信用していないような声だ。この人は一体今まで何を背負って来たのだろう……。
「……教えてあげても、いいよ」
突然の光の言葉を覆す一言は、遥のものだった。二人の視線がぶつかる。そしてそこから目を逸らし、遥は悠音に向き直った。
「でも、前野さんだけに教えるって事は……もしも他に秘密が漏れたら、前野さんのせいだって断定していいんだよね?」
頷けない。
それは秘密を知る事で、秘密が外にばれる事への全責任を負うという事。
再び静寂が訪れる。しばらく三人は下を向いていた。
「つまりは、そういう事だ。頷けないだろ? ならお前に知る権利はねぇ」
頷けなかった悠音には最早、反論の余地はなかった。ここで秘密を知りたいと言っても、周りの野次馬と同じに思われてしまうだけだろう。
悠音は俯いていた。
「前野」
光が呼ぶ。
「お前さ、自分らしく生きるってどういう事だと思う?」
「えっ?」
全く話題の違う問い掛けに、悠音は思わず声を裏返す。
しかし光の目は真剣だった。
チラッと隣に視線を移す。真剣な眼差しは遥も、だ。
この二人は何を、どんな答えを期待してる?
「えっと……誰かの真似をしたり自分を隠したりしないで、自分は自分だーって言いながら生きる、みたいな?」
めちゃくちゃになってしまったが、急にそんな事を聞かれても分からない。
「お前はそうやって生きてるか?」
思いがけない質問だった。
嗚呼……何を聞きたいのか、全く解らない!
それでも悠音は少し考えてから、深く頷いた。
「私は何の取り柄もない普通の女の子だから、ちょっとの個性でも表現しないと、すぐに他の人に埋もれちゃうんじゃないかなって思う。アナタはこういう子だって型を渡される前に、自分で型を作らなきゃいけないって……まぁそういう私も、人に流されちゃう事とか沢山あるけど」
質問をしたくせに、光は何も言わなかった。どこか淋しげに、悠音を見ている。
遥は下を向いていた。その場が動かない空気に包まれ、誰もが息を留めているのではないかというほど、時が流れていないのではないかと思うほど、微塵も動きを見せない。
「さて、帰るか」
ことごとく人の話を無視しやがる。
真面目に答えた自分が馬鹿みたいだ。悠音は光を思いっきり睨み付ける。
しかし光は既に二人に背を向けていた。後からトコトコと遥が追い掛ける。そして、遥は少しだけ悠音の方を向いて、笑った。
「ありがとう、真面目に答えてくれて。いつも皆ナニソレって笑って、答えてくれないの」
可愛い笑顔だった。
つられて悠音も微笑む。光はもう随分と先を歩いていた。
「じゃあ」
「うん」
別れを告げ、遥はその背中に追い付こうと走り出した。黒髪が靡く。空は夕焼けに染まっていた。
さて、と。私も帰るとするか。
悠音は欠伸を一つすると、反対の方向へと足を進めた。
遥が光に追い付いた頃には、もう家のすぐ近くだった。
「ね」
息を切らしながら、遥は言う。なんだよという素っ気ない返事に、首を竦めた。
「なんか、かなしいね」
「……うるせーな」
そう言う光の声も、微かに震えていた。遥は俯き、光の服の裾を軽く掴む。
二人は家の前まで来ると、一瞬だけ目を合わせた。
「そういや明日の例のモノ、ちゃんと用意してあるか?」
「うん」
笑顔で遥は頷く。しかしその笑顔は、さっき悠音に見せたような明るいものではなかった。
そんな二人の声から切なさは、まだ消えていなかった。