第二話 ユウワク
放課後、学園に人影はなかった……たった三人を除いては。
ぐいぐいと手を引かれ、屋上へ連れていかれる悠音と、その手を引いている光、そして最後尾でちょこちょことついてくる遥。
「ちょっと何よ、何なのよ!」
悠音は思いっきり口を尖らせる。ああ、このままじゃあ私の唇が某人気アニメのサブキャラ自慢少年になってしまう! これは明らかに誘拐だ。犯罪だ!
するとしばらく黙っていた二人が、突然こちらを向いた。全く同じ整った美しい顔。最初から分かっていた事のはずなのに、悠音は息を呑む。
その光景はまるで写真や絵のように、切り取ったような美しさを帯びていた。
「お前が会話を聞いていようといなかろうと、もうどうでもいい。どっちにしろ協力してもらえば同じ事だし、この時点でお前に逃げ場はねぇ」
だから、その協力ってのが妖しいんでしょうが!
「前野さん……ボク達だけじゃぁ、秘密を守るのが難しいの。ね、協力……してくれるよね……?」
くっ、こっちは甘えた声で来やがった!
悠音はむぅぅ、と唸る。逃げ場はないっていうのは本当らしい……第一放課後の学園で、逃げようったって助けてくれる人もいない上に相手は二人だ。
遥の潤んだ眼差しが悠音の強張った表情を和らげる。ふいに、悠音の顎に細い指が触れた。
ハッとした瞬間には既に鼻がくっついてしまいそうな距離に、光の顔があった。その位置のまま表情を微塵も変えず、形のいい唇から言葉が流れてくる。
「たいしたことないから、俺達にちょっとだけ手を貸してくれよ? 前・野・さ・ん」
自分の体温がどんどん上昇しているのを、悠音は感じていた。やばい、このままじゃ倒れる……!
「あ、ぁあの、とっとりあえず離れ……」
「頷いてくれたら離れてやるよ」
ほんのわずか、また光の顔が近付いた。お互い息が相手の顔にかかっているし、何より自分の心臓の鼓動が聞こえているのではないか。
横目で遥に助けを求めたが、この光景が恥ずかしいのか何なのか、遥は壁の方を向いていた。
ああ、もう!
訳も解らず、悠音は首を縦にぶんぶんと振る。ゴツンと二人の額がぶつかった。あまりの痛さにおでこを押さえて座り込む。
「ったぁ〜……協力するからっ、もうこんな事やめてよね!」
その瞬間、光が誇らしげな笑みを浮かべる。私はまんまと作戦にハマったって訳か。その顔を睨み付けて、悠音は横を向く。
遥はこの上ない笑顔で、悠音を見ていた。
……くそ、やられたッ!
「なんて奴らよ……」
「えっ、酷いよ前野さん……ボク、何もやってない……」
確かに何もしてないわね。
でも端から知ってて助けなかったんでしょ……って、当たり前か。
「とにかく、だ」
光が悠音の背をポンと叩いた。心臓が跳ね上がる。さっきの何秒かが頭から離れない。頬が熱い。ドクドクと音が聞こえる。
「協力その一。明日の身体検査の10分前、俺達は隣の視聴覚室にいる。お前はその間視聴覚室の周りを見張って、誰も中に入れるな。……あ、もちろんお前も覗くんじゃねえぞ」
なんという理不尽な申し付け……。
しかし理由も何も教えようとせず、一方的に内容だけを押し付けたのだ。よっぽど重大な秘密があるのか。悠音はそっぽを向く。
「もしも私が覗いたら?」
「ああ、その時は」
光が遥に目をやる。
遥はいつの間にか携帯を手にしていた。画面には、さっきの光景。
「俺が改造しといた。音が鳴らないで写メが撮れるんだぜ」
今の悠音には光の言葉など耳に入っちゃいない。
見ようと思えばキス直前、にも、見える。まさか、まさかね。いや、でも脅しとしてはこういう事だろうなとは思いつつも、悠音は恐る恐る確認した。
「まさか、これを全国発信と?」
「いや、可哀相だからまずはクラス内だけに留めといてやるか」
無駄な情けだ。一日もあれば学園中に回る。
「……忠実に協力させて頂きます……」
今の悠音は、その言葉しか出せなかったのだった。