もう少しだけ、
何気なく言われたその言葉は、何気なく心に突き刺さった。
相手にも、親友にもその気持ちを言わなかったことが、見事に仇となったのだった。
* * * もう少しだけ、 * * *
いつも通り。
俺と、俺の親友・希晴と、同じクラス2年目の女子・翠、三人での帰り道。
赤い空。長く伸びた影。カラスの鳴き声。
そんな「いつも」の中、最近変わったことと言えば1つだけだ。
「・・・なんか、改めて考えると恥ずかしいものだよね」
翠がぽつりとつぶやいた。希晴が笑って答える。
「つきあい始めたこと?」
いたずらっぽいその言葉に、口を出さず聞いていた俺の心が揺れた。
ーーーーー数日前のことだ。
希晴が、翠に告白した。
希晴はそのことを、俺に1番最初に話してくれた。ひどく興奮した様子で。
結果が分かってから話してくれたのだが、その様子を見れば丸わかりで。
その日の帰り道の希晴と翠の様子は、誰でも察することができるぐらい初々しかった。
1日たてば2人とも落ち着いたようなのだが、やっぱり気恥ずかしいらしい。
・・・翠の照れたような笑顔が、やけにまぶしく見えた。
「希晴はもう平気になったわけ?」
「いーや、全然。話してるのもちょっとそわそわする」
「・・・何なんだよお前ら・・・」
リア充の会話に小さくうめく俺。
隣の2人をちらりとでも見れば目がつぶれる気しかしない。
・・・最初は、この帰り道の仕様も変えようかと提案した。
俺はある意味部外者だ。邪魔はしない方がいいだろうーーーというありきたりな発想から提案したのだが、2人に般若の形相で引き留められた。
『ちょっと待って伊吹!』
『俺らを殺す気か!? 親友の一生の頼みだ行くな!!』
リア充は2人だけの帰り道を望むものだと思っていたが、見当違いだったようである。
いや、この2人が特別なだけかもしれない。
2年目となるつきあいから察するに、この2人は相当の恥ずかしがり屋だ。
開き直ってしまえば楽なのだけれど、開き直るまでが長い。
『・・・わかったよ・・・』
どうせ、その開き直るまでの間だ。それぐらいは、3人での帰り道を楽しんでもいいだろう。
そう、思ったのだけれど。
いつも通り、とはやっぱり行かないようだった。
リア充につきあうのは、非リアな俺にしては相当大変なことである。
「お前らさー、そんな恥ずかしいものなわけ? ぜんっぜんわかんねぇんだけど」
俺がうめくように言うと、2人とも渋面で、若干顔を赤くして言う。
「恥ずかしいよそりゃ! なんか今までと違う感じがしてさ」
「そうそう。別に今まで通りでもいいやって思うんだけど、なんか・・・なぁ?」
なぁ? といわれたってわかるわけがない。わからないから聞いているのに。
「じゃあなに? 俺はお前らのそういう『好きすぎて一緒にいるのが恥ずかしいの♪』的なノロケにつきあわなきゃなんねーのか・・・」
わざとらしく呆れたようにすると、2人はさらに顔を赤くした。
「の、ノロケって伊吹ぃ・・・・・・」
「だってそうだろ? 今だって充分、リア充の毒気に当てられてるっていうのに・・・」
「そ、そんなリア充的なことしてねぇじゃん!?」
「今までのやりとりが全部そんな感じだよ!」
「・・・リア充的なこと・・・したいの? 希晴」
「す、翠・・・?」
「おいそこレッドカードだ」
翠のあからさまなボケと、希晴の天然ボケに俺が突っ込んでやる。・・・いつもと同じだ。
「全く・・・・・・」
ため息混じりにつぶやく。
・・・本当は、もっとセンチメンタルな気分になっても良いと思うのだけど。
「・・・どした? 伊吹」
「なんでもねーよ」
「私たちつきあい始めてもハブったりしないよ?」
「・・・知ってるよ」
なにを勘違いしたのか知らないが、突然俺を慰めにかかる希晴と翠。
「ちゃんとわかってんのか?」
「わかってるって。・・・充分」
「ならいいんだけど、さ・・・・・・」
希晴が妙に気になるような素振りを見せる。変なところで友達思いの希晴に、少し笑った。
「なに考えてんのか知らんけど、希晴さ」
「え、なに?」
「前々から翠のこと好きだったんだろ」
「う、わぁあぁぁああぁ!!!!! ちょっと伊吹!?」
わざわざ翠にはっきり聞こえるようにいってやると、希晴は露骨に慌てだした。
「何で知ってんの!? 誰にも言ったことないはずなんだけど!」
「見てりゃ丸わかりだし」
「・・・え、ちょっと希晴? てか伊吹? 今なんて言ったの!?」
「わあぁぁあなんでもないなんでもないから!」
翠が喜びに目を輝かせ、希晴が恥ずかしさ故にパニックを起こす。
希晴から恨みがましい視線が送られてくるが、そんなのどこ吹く風で受け流した。
「よかったじゃん」
少しだけ痛んだ心を無視して、2人に笑いかける。
2人とも動きを止めて、少し驚いたような顔で俺をみた。
「・・・な、何だよ」
「・・・伊吹・・・今、めっちゃいい笑顔してた・・・」
「そ、そうか?」
翠は戸惑ったように俺にそう言ったが、希晴はなにも言わなかった。
ただ、何か察したような顔をして、目を伏せた。
「まぁ・・・何だ? お幸せにな?」
「ちょっと待って何で疑問符なの」
「いやぁ、なんて言えばいいのかよくわかんねぇからさ」
「・・・伊吹らしい・・・」
「なんだそりゃ。・・・いやー、幸せそうで目がくらむわ」
わざと明るく、2人の仲を取り持つように話を続ける。
希晴はしゃべらない。・・・なにを考えているのやら・・・。
ーーーなにも、思ってなかった。身構えてすらいなかった。
「伊吹も早めに、そういう相手みつけなよ? そのほうがずっと、」
「・・・っ!」
「・・・!? 翠っ」
翠の言葉に、思わず足を止めた。息をのむ。
希晴が翠の名前を呼んで、翠の言葉を遮った。
「何? どうかしたの?」
翠が希晴に戸惑ったような目を向けた。突然遮られたことに驚いている様子。
「あ、・・・あぁ、いや・・・肩に虫が付いてるように見えたからさ。翠、虫嫌いだろ?」
「え、ほんと!? もういない?」
「いない、大丈夫」
希晴は突然名前を呼んだことをそう説明した。
・・・違うだろ、希晴。お前はわざと、翠の言葉を遮った。
必死に隠していたけど、どうやら親友の目はごまかせないようで。
「なら、いいけど・・・。ね、伊吹。その方がずっと、幸せだからさ」
「ん・・・そう、だな」
こいつは・・・翠は本当に、空気の読めない奴だ。
誤魔化すために苦笑して、いつの間にか来ていた別れ道の先を見る。
いつもここで、希晴・翠とはわかれるのだ。
「じゃ、俺こっちだから」
「うん、また明日ね」
「・・・おう」
希晴が控えめに笑っているのを見て、その目の奥にある感情に気づいて、いらっとする。
希晴の腕を強く引っ張った。
「っ・・・と、伊吹?」
「・・・ふざけんなよ」
「・・・・・・伊吹、やっぱり、」
「違ぇよ! その態度がいらいらすんだよ!」
「た、態度って・・・」
「・・・謝んな、探るな、・・・黙って幸せになってろ」
「伊吹、でも」
「いいから! ・・・・・・言いたかねぇけど、お前でいいんだよ」
「・・・伊吹・・・」
「な?」
・・・うまく、笑えただろうか。
気にするなって、希晴に伝わっただろうか。
「希晴ー、伊吹ー? 何してるのー?」
気づかずに先に行っていた翠が希晴を呼ぶ。
俺はまだ困惑している希晴の背を押してやった。
「ほら、行けよ。呼んでんぞ?」
「・・・ん、おう」
「また明日、学校でな」
「おう。・・・伊吹」
「ん?」
「ありがとな」
突然言われた礼に、目を見張る。
希晴はそんな俺に笑って、翠のとなりへと走っていった。
「・・・礼言われることなんか・・・してねぇよ・・・」
悲しくて、情けなくて、みっともなくて。
その場にうずくまりたくなるのを必死にこらえて、のろのろと家へ向かった。
* * * * * * * * * *
自分のベッドに迷わずうつ伏せでダイブ。
盛大なため息と、力が抜けていく感覚に目を閉じた。
「・・・くそ」
枕をかき寄せ、息がしづらいほど押しつけると、不意に鼻の奥が痛くなった。
「あ・・・あー、ダメだ・・・」
その声も若干震えているように感じる。
それがこぼれるのをひたすら我慢しようともしたが、無理だった。耐えきれない。
「・・・やっぱ、ダメだな・・・俺」
次々にこぼれ出す涙。拭うことすらしたくないけれど、早く収まらないかなーと他人事のように考えた。
「・・・翠」
彼女に言われた言葉がフラッシュバックする。
『伊吹も早く、そういう相手みつけなよ?』
そういう相手、なんて、
「・・・お前だよ、ばーか・・・」
ーーー希晴の報告を聞いたときから、自己嫌悪のしっぱなしだった。
その気持ちは、親友の希晴にさえ話さなかった。相手である翠にはもちろんだ。
誰にも話さずに、ずっとずっと、自分の中にだけおいてきた思い。
「・・・好、き・・・か」
それは、口にしなかった言葉。
口にすれば、何か変わっていただろうか。・・・自分が、今の希晴の立場にいただろうか。
そう考えると同時に、希晴のことを尊敬した。
自分のように隠すだけじゃなくて、しっかりと、本人に向かって口にしたのだ。
すごいな、と思った。自分との決定的な差。
自分も翠のことが好きだった。
希晴も翠のことが好きだった。
それを口にしたかしなかったかの差で、こんなにも変わったのだ。
「・・・やっちゃったなぁ」
軽くつぶやいても、むなしいだけである。
そして何よりも、その気持ちを最後の最後で、希晴に気づかせてしまった。
隠し通せばまだ、この流れる涙も減ったかもしれない。
親友に気を使わせてしまったのだ。希晴は優しい奴だから。
変に気を使われて、こっちが情けなくなったじゃないか。
「・・・間違った、な」
ふと、さっきの考えを否定する。
きっと、希晴じゃなくて自分が口にしていたとしても、何もなかっただろう。結末は同じだろう。
あの、翠の一番きれいな笑顔は、俺の隣だったらきっとみれなかったと思う。
あれは、希晴の隣にいるから、みれる笑顔なんだ。
「・・・ダメだー・・・」
だったら、もう、仕方ないんだ。
「・・・・・・吹っ切れなきゃな・・・」
仰向けになって、ぼんやりとする視界を見なくてもいいように、腕で目元を隠した。
・・・希晴の報告を聞いたときに、思った。
どっちみち失恋するのなら、前向きに、きれいに、潔く、失恋したいなと。
だけど、
「・・・まだ・・・ムリ・・・ぽ」
声がかすれる。
まだ、そんなに前向きになれない。
あの笑顔を見たら、たとえ希晴の隣にいるのだとしても、吹っ切れることができない。
潔く、きれいになんて。まだ、できない。
もう少し、時間を。
もう少しで、いいから。
それが終わったら、もう大丈夫だから。
「・・・、もう、少しだけ・・・っ」
本当に、もう少しだけ。
君の笑顔に。
この、恋に。
溺れていても、いいだろうか。
* * * END * * *
失恋ネタでしたが・・・いかがでしたでしょう・・・反応が怖いです・・・
まだまだ僕は未熟なので、アドバイスや感想等書いてくださると嬉しいです。
読んでくださりありがとうございました。