飛翔風景
お題:男同士の王 必須要素:眼球 制限時間:1時間 7/27の即興小説バトル参加
「空を飛ぶってどんな気持ち?」
尋ねる僕に、姉は一瞬きょとんとして、それから目を細めた。
「わからないわ」
「どうして?」
「私は飛べないから」
「どうして?」
「そういう風に、出来ているのよ」
「どうし……」
「わからないわ」
最初の答えをやや違う調子で繰り返して、姉は僕を遮った。
黙る僕。一瞬の空白。
少しして、姉はほんのりと笑んだ。
「焦らなくても、そのうちにわかるはずよ、あなたには」
ーーだってあなたは、飛べるのだから。
王女様の姿を、僕は見たことがない。
とても美しいという話だけれど、でも正直なところ、美醜はどうでもよかった。
ただ、姿がわからないと、その時に困るのではないかと。
「馬鹿だなお前、そんなこと悩んでるのか」
友人が頭を小突いてくる。
「だって」
「大丈夫だよ。その時が来ればわかるんだから」
またその答え。
その時。
僕が、僕たちが空を飛ぶとき。
王女様にまみえるとき。
「もうすぐなんだから」
友人は天井を睨んだ。
「もうすぐ、こんな狭い世界とはおさらばさ」
狭い世界。
そうだ、僕たちは実のところ、飛ぶ以前に空というものを見たことがない。
生まれてずっと、閉じ込められて……いや、ある程度の動き回る自由はあるから、軟禁というのだろうか。だが、外に出たことはなく。
「負けないからな」
友人が、にやりと笑う。
「俺は必ず、王になる」
男同士で争い、勝ち残った者だけが、王女の伴侶となることが出来る。
それ即ち、王。
正直なところ、僕はそれには興味がなかった。
友人ほどに強くもないし、強い思いもない。
ただ僕は、空に憧れているだけで。
ただそれだけで。
【その時】は不意に訪れた。
風が吹いたのだという。
聞くのと同時か、それよりも早く、僕の、僕たちの足は動き出していた。
外へ、外へ。
上へ、上へ。
明るい方へ。
あかるいほうへ。
道の脇によけて僕たちを見送る顔の中に、姉の姿があったように思ったけれど、確かめるゆとりすらなく。
僕たちは。
僕は。
空は、
わからない。
僕の持つどんな言葉でも、どんな感覚でも、表現できない。
広さ、高さ、その色、青。
風が吹いた。
背中の羽根を広げる。
狭い世界の中では、しばしば邪魔にも思えたそれが、初めて、初めて、役目を果たす。
ああ、僕は、生きている!
眼球いっぱいに、空が映る。
前を行く友の姿。
その先に、ああ、ああ!
あれが王女様だ。
わかる。確かにわかる。
姉に似て、僕に似て、友にも似て。
女王様にも勿論似て。
でも誰とも違う、唯一無二の。
僕は夢中で、ただもう夢中で、その人を追いかけた。
たくさんの、僕の友、兄、弟が同じように彼女を目指し。
抱きついて。
そして。
「ふう」
彼女は息をついた。
地上に降りて、身を揺する。
羽根が、ぽろりと落ちた。
体が重い。
羽根をなくして、体積自体は減ったはずなのに。
それを上回る命の重さ。
下腹を撫でる。
幾つもの幾つもの、精。
たくさんの男たちから受け取ったこれを、生涯かけて産み落としていくのが、王女たるーー否、今は女王たる自分の務め。
胸をそらす。
空を仰ぎ見る。
もうこの後一生、彼女は地上に出ることはない。
地下に潜り、自分の生んだ子供たちに守られ、奥の奥の宮でただ、生み続ける。
ただ一度の、結婚飛行。
周りには、自分と刹那の契りを交わした男たちが亡骸となって散らばっている。
おびただしいその数にも、特に何の感慨もわいて来ない。
が、一体だけ。
興味をひかれた。
見開いたままの目に、映る青空。
その者のそれは、やけに綺麗で。
何かの慰めになるやも知れぬと、彼女はそれを取り外して懐にしまった。
前書きにも書きましたが、即興小説バトルに参加した際の作品です。
初めての参加、初めての制限時間1時間でした。
これまでの即興小説は全てスマホからですが、やはりスマホで量を書くのは厳しいですね。
支える左手の方が痛くて、手首に腱鞘炎の危機が。
内容について。
何だかあまりひねりもなく、それどころかあまり自分で考えた要素もなく。
蟻の結婚飛行をそれっぽく書いてみただけという。
微妙です。
そうとわかる人になら脳内補完をしてもらえそうですが、それだけの話。
わからない人にはもしかして目新しく感じられるかもですが、結局わからない話。
になりそう。