3.その少女、吸血妃なり
◆3.少女
初代ドラキュリア。それは千年前に突如誕生した百数十名の第一世代吸血鬼をまとめ上げ、一時期は現魔王領の全てと現人間領の約三分の二を支配した皇帝である。
吸血鬼は不老ではあるものの、不死ではない。しかしそれが一般的に伝わってきたのは、ごく最近のことだ。
理由は単純。初代ヴァルキリアの怒涛の攻勢を見た過去の者が、勝手に“吸血鬼は不死”だと言ったからだ。
殺しても死なない女性。一を言えば百を見通し、十の兵で大国を破滅へ導く。
ドラキュリアの名称は、当時を知る者にとっては恐怖の対象であった。
しかし彼女の人生は、約五百年前に突如幕を閉じる。
当時いた第二・第三世代が反乱を起こし、死に追いやった――と伝えられている。
第一世代と違い、他の血筋が混ざっている第二世代以降の吸血鬼は、他の種族の大半よりも長くの時を生きるが、それでも不老ではない。
それを知った彼らが、反乱を起こしたのではないか。現代の専門家は、このような見識を示している。
しかし当時を知る者はすでにほぼ存在しない。第二世代と呼ばれる吸血鬼たちの寿命は、およそ六百年。それ以降になると、順々に下がってゆく。
当時反乱を起こした中心人物たちは、すでに寿命を迎える寸前であった――とは、マスターの言っていたことだ。
で、マスター曰く、初代ドラキュリアは最後まで仲間を守ろうと、裏切った者たちまでも守ろうとしていたらしい。
その甲斐あってか、マスターを含む三人の始祖吸血鬼が逃げ出すことができた。もっともマスター以外は、現在では生きていないそうだ。
「命ある物はいずれ消えゆく。我々始祖の者であろうとも、それは覆せません」
その話をしたとき、彼は悲しそうにそう語っていた。
◆
「マクサンセス……。その名を継ぐ、あなたは一体何者ですか?」
マスターが、目覚めた少女に聞く。
その口調は柔らかいものの、どこかとげのある印象を感じさせた。冷静なマスターには、とても珍しい――いや、少なくとも俺は、マスターのこんな姿を今までに一度も見たことがなかった。
「――私は初代ヴァルキリアの血に適合した者です。故に、彼女の名・マクサンセスを襲名しました。現在は、五頂点の一人でもあります」
五頂点。それは吸血鬼の一族の長をつとめる五人だ。それぞれ、中心・北・南・東・西の頂の順に強い者が並ぶらしい。
マスターは五百年前、この南の頂についていたとか。
「適合者……。そうか、他の種族が吸血鬼の血を取り込んだと言うことか。初代の血を入れて適合したと……」
「はい。私はそう聞いています」
確かに、俺もそのような話は聞いたことがある。魔力の高い者に吸血鬼の血を与え、その血に適合すると、その者は吸血鬼になり強力な力を手に入れると。
「君、素の種族は?」
「良くは知らないのですが……。身内の者に聞いた話だと、妖精種と龍種のハーフらしいです」
「そうか。――妖精種の中で、何の血を引いてるかはわかる?」
「すみません、それは知らないです」
まあそうか。きっと誘拐なりしてきたのだろう。詳しく調べる時間があったとは思えない。
マスターは、先ほどからずっと険しい表情をしていた。
「じゃあ、なんで戦闘になったか、聞かせてもらえるかい?」
「――!?」
少女の顔に、一瞬同様が走る。
「ええっと……それは――」
「出来るだけ早く言ってほしい。君の目的次第では、こちらは君に力を貸すことができる」
「――本当ですか?」
少し疑っているような目で、俺の方を見てきた。
当たり前だよ。いくら助けてくれた人だと言ったところで、知らない人間なんだもの。普通信用しねえよ。
「ああ、もちろんだ。第九王子の名に懸けて誓おう」
でも今は、彼女の信頼を勝ち取らなければならない。
家の名前を出すことはあまり好きではないが、現状、仕方がないだろう。
……はあ、自分の能力の低さが、少しいやになるよ。
そんなことを言うと、ファンに「お前には魔術があるじゃないか!」と小突かれるような気がした。
「第九王子……!? 魔王の血族――!?」
「ああ、そうだ。第九王子、エヴィローラ・プリジミティック。おそらくお前の力になれるだろう」
「――ドラキュリアの血を継ぐ者を、無下にはできません。私もお手伝いいたしましょう。
私はヴァルハン・ルンデンハイト。遠き昔に、始祖吸血鬼の五頂点“南の頂”を守護していた者です。必ずや、あなたのお力になりましょう」
マスターは、今まで出していた痛々しい魔力をおさめ、先ほどとは一転した態度で彼女に挨拶をした。その対応の変化に、彼女が目を白黒させている。
「それと、もう一人。今はいないが、俺の仲間でファン、と言うやつがいる。君の手当をしたものだ。そいつも役に立つだろう」
少女はまだ悩んでいるような顔をしていた。数分ほど、待つ。そして――
「わかりました。あなた方を信用します。きっと、あなた方は裏切らないと思うので」
最終的に、こちらを信用してくれた。
「信用してくれてありがとう。改めて、俺はエヴィローラ。ただしこの場所では“エース”と言う通称名を使っている。通称名のほうで呼んでくれ」
「私は、マスター、と呼んでいただければと」
マスターはにっこりとほほ笑み、俺は彼女に向かって手を差し出した。
「――はい、よろしくお願いします、エース、マスター。私のことは、ハルカ、と呼んでください」
そう言って彼女――ハルカは俺の差し出した右手を握った。
「よろしく、ハルカ」「よろしくお願いいたします、ハルカ様」
「――はいっ!」
こうして、俺はハルカに信用してもらえるようになった。……多少は。




