29-『美しい』と『正しい』-
事件の起きた建物から急いで外に出て、少し離れると、すぐに警察のパトカーが到着して野次馬が集い始めた。間一髪というところだろう。事情聴取も免れた。恐らく無関係を装えたはずだ。
そして行く当てもないのでベンチに座り込んだ。
そして空を見て、呟く。
「・・・・・・わざわざ、予告してまで他人に押し付けようとした重圧・・・・・・か」
「双葉さんのことかい?そうだね・・・・・・」
そう言って思案顔をして、3秒くらいして話し始めた。
「犯行予告をした上で、成功させる・・・・・・・そこに彼のストレス解消にでもなったんだろ」
そう言って、肩を竦めると
「まぁ、考えないほうがいい。人のプレッシャーなんて他人に分かるものじゃないし、特に歪んだ人間がどこでどんな荷を背負うのか、他の人に分かるわけも無い。他人の気持ちなんて、人には分からないってよく言うだろ?」
と言って、笑った。
その笑顔がどうも気に入らず、
「・・・・・・助けるんじゃなかったのか?」
言った。
「は?」
「双葉さんだよ。助けるんじゃなかったのか?」
「・・・・・・あぁ」
「あぁ、じゃなくて――」
「助けるにも形は幾つもある」
隼人はそう言って真剣なまなざしで俺を見る。
「命が無ければ助からなかったわけではない。『いっそ殺してくれ』を叶える事だって、助ける事と一緒だ」
「それは・・・・・・」
「彼を助けるには、全てのストレスを僕らに放ってもらい、重圧から解放されるしかなかった。しかし、彼には計り知れないほどの重圧があったということだろう。しぶとく、強かった。あのままじゃ以前と比べ物にならないほどの大量殺人を生むだろうと思った。だから急遽『双葉さんごとプレッシャーを消し去る』という助け方にした」
隼人は冷静に言い放った。
「・・・・・・最初からそのつもりだったのか?」
「最悪のパターンとして、ね」
「それは良かった事なのか?」
「良くないね。僕としても後味が悪い」
淡々と言い放つその姿に怒りを覚えた。
思わず隼人に掴みかかった。
「・・・・・・お前・・・・・・何言っているか分かってんのか?」
「分かってるさ。君は今にもこう言おうと思っている。『人の命を何だと思っているんだ』ってね」
「だったら・・・・・・!!」
掴む手が強くなる。
「じゃあ!!」
先ほどまでの冷静さを突如として失い、同じように俺の襟元を掴む。
「あのまま僕らは死んで、大量殺人が行われて、双葉さんだけ助かればよかったのか!!」
「!」
「彼だけを助ける前に、人々を助けなくちゃならない。だったら、彼が助ける手段で全員を助けるべきだ」
「でも殺さなくってもよかったかもしれない!」
「だったら君は何で協力した!!」
隼人はそう言って睨む。
「それは・・・・・・」
「正しいと思ったんだろ?そのやり方を」
・・・・・・。
そうだ。確かに俺は、双葉さんを殺せば、それ以外の全ての人間が助かると思った。
隼人のような『双葉さんを助ける』という理念も放棄した。
俺に・・・・・・隼人を責める資格は無い・・・・・・。
「だけど自分を責める必要は無い。君の考え方は『美しい』。人を殺すことは『美しく』はないから」
「・・・・・・」
「でも、僕らはその中で『正しい』方法を選び取っていかなくちゃならないのさ」
例え美しくても、正しくなければ意味が無い。
俺が隼人に教えられた、初めての教訓だった。