#8
ティナもラウルも、なかなか帰って来ない。心配になって、警備に二人を捜すよう頼んだ。それからかなりの時が経っている。食事はすっかり冷め、山を照らすのは夕陽から月に代わった。
「大丈夫でしょうか……」
マシューは誰にともなく呟き、窓から山を見やった。
やはりラウルに捜して貰ったのがまずかったか、と反省する。
ティナがどれほど軍人を嫌っているかは、注意して見なくとも簡単に分かる。そして、そうなってしまった理由も知っている。
だが生活を共にする身としては非常に居心地が悪い。仲良く、とはいかないまでも、せめて会話位出来る様になって欲しいと思う。だから、ティナとラウルを、否、ティナをラウルに近付けようとあれこれ考えるのだが……
「……時期尚早でしたかね」
わざわざ山に入って捜しに来た姿にいくらかでも恩を感じて態度が軟化すればと、ラウルを送り出したは良いものの。
ティナがラウルを池に突き落としたとか狼の巣穴に突き落としたとか崖から突き落としたとか。
悪い想像ばかりしながら、マシューはぼんやりとハーブティーを口に運んだ。
「先生、」
乱暴なノックに、マシューはカップを置いて扉を開ける。
「ティナ、見付けたぜ」
警備の大きな背中に負われたティナを確認して、ほっと安心する。
「心配かけてごめんなさい」
そんなマシューの表情を見たティナが、警備に降ろされながら謝った。
「もう、本当ですよ……こんな怪我までしてしてるじゃないですか」
「ごめんなさい」
マシューはしゃがみ、俯いて再び謝るティナの頭を優しく撫でる。
「良いんですよ、貴女が帰って来てくれたんですから。それが何よりです」
貴女は大事な家の子なんですからとマシューは微笑み、ティナは泣き出しそうな顔を上げてありがとうと呟いた。
それからマシューは立ち上がり、礼を述べる。
「どうもありがとうございました。……ところで、ラウルさんは?」
「それが見付からなくてよ」
なあ、とティナを背負っていた警備は頭を掻いてもう一人に同意を求めた。
「取り敢えずティナが怪我してるから連れて帰った。もう一回捜しに行こうと思ってるが」
「ああ、その必要はありません」
マシューの言葉に、二人の警備は顔を見合わせる。
「お帰りなさい、ラウルさん」
警備達の振り向いた先に、ラウルはいた。
「ただいま……」
警備の間をすり抜ける様に通り、寝室代わりの病室へ真っ直ぐ向かう。
「晩御飯は?」
マシューが問い掛けると、ラウルは苦しそうに薄く微笑んだ。
「考えたい事がある……夕飯は無くて良いから、しばらく独りにしてくれるか?」
ぱたん、と病室の扉が閉まる。
マシューはちらとティナを窺った。表情を殺して床をじっと見つめている。
「じゃ、先生、俺達はこれで」
マシューは警備達に向き直った。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。……そうだ、御礼に晩御飯食べて行かれませんか? 今日はなんと香草のフルコースなんです」
ぽん、と手を叩いてにっこり微笑むマシュー。だが警備達の顔はひきつる。
「いや、お礼とか、ホントいいから。いやマジでさ」
「おお俺達持ち場に戻んねえと」
じゃあな、と駆け去って行くのを首を傾げて見送った後、マシューはティナの捻挫の手当を始めた。湿布を巻き、添え木を使って足首を固定する。
「……ラウルさんと──」
包帯を巻きながらマシューが発したそれに、ティナは敏感に反応した。
「──どんなお話をしたんですか?」
「話なんか、してない」
顔を上げると、ティナは頑な目で腫れた足首を見つめている。
「軍人なんかが会話するわけない」
マシューは手元に視線を戻し、包帯を巻き終えた。
「ティナ」
後片付けをしながら、マシューは穏やかな声を掛ける。
「貴女が想いを持つのと同じで、ラウルさんにも想いがあります」
続きは言わなかった。言わなくても、ティナには分かるから。
「先に忘れたのは、あっち」
理解と納得は、必ずしも同一ではない。