#7
「ティナー」
名前を呼びながら、藪をかき分ける。応える声はまだ聞こえて来ない。
自分には返事を返してくれないかもしれないと思い当たる。探しても意味は無いのではないかと。
だが、日は沈んだ。後は暗くなるばかり。獣の多い山に女の子一人──危険過ぎる。
人手は多いに超したことはないと割り切り、ラウルは更に声を大きくしてティナを捜した。
ティナは、徐々に暗くなる空を見上げた。そろそろ夜行性の動物が起き出して来る頃だ。
どうしようと思いながら、急な斜面を恨めしげに見る。
その斜面の真ん中には貴重な薬草があった。それがあれば関節の痛みを和らげる塗り薬が作れる。
そこで最近膝が痛いとこぼすマシューの為に薬草を摘もうとし、転落。骨折はしなかったものの、足首は捻挫し、あちこちに打ち身が出来て。
じんじんする痛みとひどくなっていく腫れを感じながら、ティナは泣きたくなった。
微かに人の声が聞こえたのは、そんな時。
「助けて!」
ティナは必死に声を張り上げた。
誰かの声はだんだん近付いて来る。それが自分を呼ぶ声だと気付くと同時に、誰の声かも分かった。
そして、ティナはぴたりと口を閉ざす。
自分の名前が木霊するのを、息を潜めて聞いた。
微かな声が聞こえた気がして、ラウルは立ち止まりじっと耳を澄ます。
風の音に混じって再びそれは聞こえた。確かな、人の声。
その声を頼りに、山を奥へ奥へと分け入る。
呼号、応答、呼号、応答、呼号、呼号、呼号
いつしか捜す声は聞こえなくなっていた。
ラウルは大まかな方角で捜索を続ける。
そして見付けた。採取した物を入れるティナの藤籠。籠はほぼ満杯だった。
籠の向こうの地面は急な角度で下に傾いている。所々土が露出した部分がかなり滑り易そうだ。下を覗くと、少女の不機嫌な右目に迎えられた。
「大丈夫か?」
ティナはふいっと目を逸らす。そして一言、
「放っといて」
従う訳にもいかず、ラウルは斜面を滑り降りた。
見付かった。
あの、薄気味悪い目が自分を見下ろしている。他人の事を言える様な物は持っていないけれど。
がさがさいう音と声が近いから、諦めてはいた。そうは言っても不快なものは不快。
「大丈夫か?」
大丈夫だったらわざわざこんな所にじっと座ってる訳が無い。頭悪いんじゃないの?
っていうかもう、
「放っといて」
あんな奴に助けられたくない。顔も見たくない。声も聞きたくない。同じ空気を吸いたくない。
ティナがどんなに強く願っても、ラウルは降りて来た。
自分が取れなかった薬草を踏み躙って。
「軍人なんか大っ嫌いっ!!」
下に着くのとほとんど同時に、ティナが叫ぶ。その響きに生々しい感情を聞き取り、ラウルは立ち竦んだ。
「街も、人も、家族も! 何でも好き勝手に壊して、結局何になったの!?」
ああ、そうか。
ラウルは目の前の少女が被害者であることを悟った。
「王様どうしのただの怨恨に何で私達が巻き込まれなきゃいけないの!? 何であんた達はそんなのに協力するの!? ねえ何で!?」
理不尽への怒りは、余りにも正当。
「……王──国の、決定だ。仕方無かった」
「勝手な事言わないで!!」
加害者の苦しい言い訳は、ただ怒りを増幅させた。
「あんた達がしたのは仕方無かったなんて言葉で済まされる事!? どうせ自分の頭で国に従うかどうかも考えた事無いんでしょ! 自分達のした事全部人のせいに出来て良いご身分だね、軍人って!!」
返す言葉が見付からない。その言葉は、酷く正論に聞こえた。
ラウルはティナの真っ直ぐな眼差しに耐えられなくて、足元に視線を落とす。急に、踏みつけている草の存在を感じる。
「……済まない」
「あんたが謝るの? 悪いのは全部国なんでしょ? こっちこそ悪かったね、濡れ衣なんか着せて!」
ティナは吐き捨てる様に言って、立ち上がろうとした。しかし捻挫した足には負担が大き過ぎ、当然の結果として再び座り込みそうになる。ラウルは手を貸そうとするが、
「触らないで!」
手を力一杯払い除け、ティナは再びラウルを睨み上げた。
薄暗い中で、少女の片目が白く浮き上がる。木の葉の風にざわめく音がやけに大きく聞こえた。
「おーい」
沈黙を破ったのは、遠くから聞こえる呼び声。
「ティーナーァ」
「こっちー!」
ティナは声のする方へ一言叫んでから、危なっかしいながらも今度は立ち上がる。そして足を引いて歩いて行った。
ラウルは繁った木々の隙間から、いつの間にか星の出ていた空を仰ぐ。
その耳に意外と近い所からの会話が聞こえた。
おい、居たぞ
大丈夫か?
足、挫いた……
あー……すげえ腫れてんな
ほら、負ぶってやるよ
ありがと
草をかき分ける音と声が遠ざかる。
そういやラウルは?
……知らない