#6
村人達がラウルを見慣れ、見掛ける度に駆け寄って来るような事のなくなった頃には、ラウルは杖無しで歩けるようになっていた。走ったりといった激しい動きはまだぎこちないが、この穏やかな村ではそれも必要ない。
何もせず無駄に日々を過ごすのは余りにも勿体無いとの考えから、リハビリも兼ねて村人の手伝いをして暮らしている。
その日は畑仕事を手伝っていた。
「今日はありがとなあ。女房がやるよりもはかどったよ」
首に掛けていた手拭いで汗を拭きつつ、白髪混じりの薄毛を風になびかせながら男が言った。
実際は慣れない手つきでの農作業は遅く、いつもならこの夫婦は夕食の準備も出来ている頃合いだろう。
「いや、ターリャさんは流石だ。良い奥さんじゃないか」
この中年を少し越えた男は、カール。夫婦喧嘩をして妻が家を出て行ってしまったため、ラウルに手伝いを頼んだのだ。
行方を訊くと、隣の家だ、と言ったのには笑ってしまった。
「あんな強欲張りのどこが良いもんか!」
喧嘩の原因は、カールがこっそりと隠していた蜂蜜をターリャが全部食べてしまった事。
蜂蜜は贅沢品だ。
どっちもどっちだと思うラウルは、はははと乾いた笑いでごまかした。
ジャンの話では、よくこんな喧嘩をしているらしい。ならば放っておいて大丈夫だろう、と判断したラウル。
「まあ、仲良くな」
言われたカールは、しかめっ面で手を振った。
ラウルは手を振り返し、夕焼けの中マシューの家へと歩く。
日の沈む方に山は無い。真っ赤な光が斜め前に伸ばした影が腰を叩くのを見ながら、今日の夕飯はなんだろうと考えた。
「ただいま」
扉を開けると、肉の焼ける良い匂い。
「お帰りなさい」
マシューは皿に料理を盛りながら、ラウルを迎えた。草と炒めた肉がこんがり狐色で、食欲を大いにそそる。だが、
「緑、……多くないか?」
「今日は、余るほど薬草が採れたんです」
マシューの家兼診療所の裏には、薬草畑がある。よく使うもので、栽培の簡単なものを育てているのだ。
「いや……それにしても」
肉は完全に埋もれている。火を通した状態でこれだ。材料を用意した時、何を考えていたのだろう。
「薬草炒めですから」
「……そうか」
何となく納得したラウルは戸口の瓶から桶で水をすくい、土で汚れた手と顔を洗った。
考えてみれば、元々薬草はよく食卓に並んでいた。いつもより量があるだけ。
「ところでラウルさん、ティナを見掛けませんでしたか?」
薬草炒めを盛り終えたマシューは、鍋へ大量の薬草を突っ込みながら訊ねる。
「まだ帰ってないのか?」
「はい……良かったら、ご飯ですよって呼んで来てくれませんか? 多分北の山にいると思うんですけど」
特製薬草スープを作って待ってますから、とマシュー。
「分かった」
ラウルは頷いて、もう一度ドアを潜ろうとし、出際に思っていた事をぶつけてみた。
「……薬草ってそれメインで食べないんじゃ……?」
「好きなんです」
「……そうか」
再び何となく納得して、ラウルは家を出た。