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Dragon  作者: ユメミヅキ
6/9

#5

 朝食の後、ラウルは村の散策に出かけた。人が活動を始めた村には、人間が少ないなりにも活気があり、幾人かは既に畑で作業をしている。

 自分の国でも見たことのある風景だが、今まで見る余裕の無かった他国の日常が、ラウルには物珍しく思えた。

「あらぁ、もしかしてラウルじゃないの?」

 杖を突きながらのんびりと歩いていると、突然名前を呼ばれた。振り返るとそこには、日除けの頬被りをした若い女が三人。ラウルが反応したことで、やっぱりそうよ、と互いにささやきあっている。

「歩ける様になったのね」

「怪我の具合はどう?」

「食欲はある?」

 三人に囲まれ、畳み掛けられ、戸惑うラウル。

「え……そ、そうだな、マシューのお陰で随分と良くなった」

 話し声を聞いてか、側の家から他の村人たちも顔を覗かせた。

「あんたが噂の兄ちゃんか! 元気になって良かったなあ」

「家へいらっしゃいよ。ご馳走するわ」

 思わぬ歓迎にたじろぐラウル。初対面の相手に、こんなにも親しみを持って接せられるのは慣れていない。

 何と返せば良いのかと対応に困っている所へ、見覚えのある男が現れた。

「お前等! なーに怪我人にたかってんだよ!」

 ラウルはジャンに後光を見た。朝日を背にして、短髪の先が透けて光って見える。

「見ろよ! 困ってんだろ!」

 なんだかこう、自分の対人能力の低さを露呈するようで情けない。

 ジャンの追い払う仕草に、渋々と村人達が家へと引っ込んでいった。

「助かった、ありがとう」

 今度はもっと愛想良くなろう、と思いながら礼を言う。

「こっちこそ、ごめんな。こんな所じゃ客もめったに来ねえから、外の人間が珍しいんだ。気が向いたら、なんか話でもしてやれよ」

 俺も聞きてえしとジャンは笑い、それからまだ立ち去っていなかった三人娘に向き直った。

「お前等も仕事あんだろ?」

 三人はそれまでラウルに見せていた表情を苦くする。

「何よ」

「邪魔しないでくれる?」

「あんたに関係無いでしょ」

 声の甘さも消え、もはや別人。

「ほら、怪我人なんだし疲れるだろ? 話し相手なら俺が後でなってやるから」

「自惚れんじゃないわよ」

「顔の良い男と話す方がずっと楽しいわ」

「あんたのニキビ面なんてご飯のおかずにもなりゃしない」

 ねぇ、と三人が揃って愛想の良い顔をラウルに向ける。手品のようだ、と感心して見ていたラウルは、急に話を振られてとっさに返す事も出来ず。

「まさか……?」

「うわ、最低」

「気を付けてね! 男はみんな狼よ!」

 ラウルの返答を待たず、一方的な会話は続き、勝手に終わり、三人ははしゃいだ悲鳴を上げながら畑へと走って行った。

 女性の会話とは、こうも展開が速いのか。ほとんど付いていけなかった。

 少し落ち込むが、それ以上に落ち込んでいるらしい男が隣にいた。

 ラウルは沈みに沈んだジャンの肩をぽんと叩く。

「俺はお前の顔、結構好きだ」

「……この流れでそんな事言っちゃうんだ?」




 気を取り直したジャンは、ラウルに村を案内した。

 村人達が頻繁に声を掛けてくる中でラウルはいくらか慣れてきて、戸惑うばかりでなく、少しは歓談と言うものが出来るようになった。ジャンの仲介もあるが、それよりも、村人達の気の良さがその大きな要因だ。

「これで最後、会合所」

「こんな所で全員入るのか?」

 ラウルの歩く速さに合わせて村を一周し、他の家とたいして変わらない質素な造りの小屋の前で立ち止まる。

「全員って……たった七人が入らない訳ねえじゃん」

「少ないな」

「まあ、村自体小せえからな。五十人位しか居ねえもん。これでも過去最大の人口なんだぜ」

 婆っちゃんがそう言ってた、と付け足す。

「そう言えば、ラウルってサンフィゼール人だよな」

 自らの出身を語った覚えは無く、「あの服の、太陽の紋章だよ」と補足されてようやく思い至った。

 あの日は軍服を着ていた。当然、国章である朝日が意匠されている。

「あっちからエルザスにどうやって来たんだ?」

 少し見上げるジャンにラウルは目線を合わせた。

「サネル洞窟を通ってだと思う」

 ジャンの目が大きく開く。

「……あんた良く生きてたな」

 サネル洞窟は、サンフィゼールとエルザスが挟むサネル山脈を貫く天然のトンネルで、国境の警備も無く、それを通れば両国を行き来出来る。しかし出入国の制限が厳しい現在の情勢下においても、それを実行する者はほとんど無い。無数の枝分かれや微妙な歪みが、通る者をことごとく迷わせて来たからだ。両国がそれぞれ送った探検隊が遂に帰らなかった時から、警備兵はいなくなった。

「どうやって正しい道が分かったんだ?」

「分かったというより、何となく気になる方に歩いてたら出口があったと言うか……」

「つまり、てきとーに歩いた?」

「まあ、そうなるな」

 強運に呆れるジャンに、ラウルはふと浮かんだ問いを発した。

「今更なんだが、お前は仕事無かったのか?」

「ああ。今日は猪狩りだから夜から……いや、待てよ……。あ! 当番忘れてた!! やっべ、またカルロの親父に怒られる!!」

 また今度なと残し、全力で駆けて行くジャンをラウルは呆然と見送る。その顔に、ふっと笑みがこぼれた。少しの寂しさを感じさせる微笑だった。


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