#4
数日が過ぎた。
「これならそろそろ歩けるでしょう。立てますか?」
医者に促され、ラウルは渡された杖にすがってじわじわと立ち上がる。
「痛い……ですよね」
「大丈夫だ」
「無理しないでくださいよ?」
「怪我には慣れている」
言いながら、その場でゆっくり足踏みした。
ラウルは今、マシューの家で暮らしている。ジャンに運び込まれて治療を受け、そのまま患者として居候しているのだ。
「歩ける様でしたら、少し風に当たってはどうですか? 朝の空気は気持ちが良いですよ」
そうだなと返し、ラウルは杖を突いてまだ仄暗い外に出た。冷たい風が、寝起きのぼんやりとした頭を目覚めさせる。空は、夜から朝へ階調を成していた。
赤い方を見上げる。朝日は見えない。昇る陽を見るには村は余りに山に近すぎ、山は余りに高すぎた。その山の向こうにある筈の祖国を、ラウルは思い描く。
帰らなければ。
はっきりとした理由もなく、帰れるとも思わず、ただそう思った。
村のどこかで飼われている鶏が、大きな鳴き声を上げる。ラウルは近くの斜面になった草地に座り、次第に明るくなって行く空を眺めた。
人の気配に気付いて振り向いたのは、空が昼間の青さになった頃。
少女が、片目でラウルをきつく睨んでいた。もう片方、右の目は眼帯だ。
「ご飯」
口の動きと合わせてやっと分かる程度の声量で簡潔にそう言い、伝わったかどうかは確認せず走り去る。
初めて会った時と同じ様に。
声を掛けようとして、止めた。
少女はマシューの家に住んでいて、治療や看護の手伝いをしている。父娘ではないが、マシューの言うことを良く聞く優秀な助手だ。勿論ラウルの事も看護している。
とても嫌そうに。
何をした覚えも無いのに、何故こうも嫌われたのか。
ラウルは軽く溜め息を吐いて立ち上がり、家へと向かった。
「ごちそうさま」
「あれ? ティナ、もう良いんですか?」
頷いて、眼帯の少女は立ち上がった。
「山へ行くんだったら、ついでに薬草を探して来てくれると嬉しいのですが」
マシューはいくつか薬草の名前を挙げた。
「分かった。見付けたら採って来るね」
そう返して、ティナは持ち手の付いた籠を片手に外へ出掛けて行く。
「いつもはもう少し食べるんですけどね」
気を付けて、と声を掛けてティナを見送ってから、食器を片付け始めたマシューは呟いた。
「俺が気に食わないんだろうな」
食べ終えたラウルは、マシューに椀を渡しながら言った。
「ティナにはひどく嫌われている様だ」
何故だろう、とマシューを見上げる。マシューはその顔を静かに見つめた。
「……ティナは、無闇に他人を嫌う事はしない子です」
穏やかに返して、食事の後片付けに戻る。
「直接、訊ねてみて下さい。教えても良いと思うなら、話してくれるでしょう」
「そうする」
ラウルは頷いた。