#3
「お待たせ」
老婆は扉を開けた。中で机を囲んで座っていた六人が、一斉に振り向く。
「遅い」
警備頭のディノが不機嫌そうに言った。威圧的な筋肉と、シャツの襟から覗く白い傷跡が目立つ。
「まあまあ。ご老体なんだから無理を言うでねえ」
そう取り成したのは、畑頭のケビン。長年よく日に焼けた肌には、深い皺が刻まれている。
「ほらお婆ちゃん、ここ空いてるよ」
手招きして、並みの男より逞しい女頭のポーラが老婆を呼んだ。
「ありがとさん」
老婆がポーラの隣の席に座り、杖を机に立て掛けた。それを見届けて、真っ白な髭を蓄えた村長が話を切り出す。
「今回集めたのは、ラウル・ランスの扱いについて皆の意見を訊こうと思っての。ぬし等、何か考えはあるか?」
「そんなの決まってんだろ」
棘のある声音でディノが即答した。
「殺人鬼なんか村に置いておけるかよ。今すぐ追い出せ」
「医者として、私は賛成しかねます」
穏やかな顔つきの、細身な壮年の男が反論する。
「少なくとも怪我が完治するまで、私には認められません」
その主張に、ポーラがうんうんと頷いた。
「マシュー先生の言う通りだよ。殺人ったって戦時の話じゃないか。怪我人を追い出す方がよっぽど鬼だね」
「終戦はしてねえ、停戦しただけだ。戦争はまだ続いてるんだ」
サンフィゼールの卑怯なやり口は聞いたことがあるだろう、と言って、ディノは全員を見回した。
「奴がこの国を攻め取る作戦の一部だとしたらどうする」
「それ……言い掛かりでねえか?」
おずおずと発言したケビンを睨む。
「どういう意味だ」
ディノの剣呑な視線に縮こまりながらもケビンは続けた。
「だ、だってよ、お前が珍しく話し合いに積極的で、しかもこんなちっちゃい村で何をするって言うんだ? ただあいつを追い出したいだけにしか思えねえ」
「そうさ。そもそも、ラウルの事はさっき村長から聞いただけじゃないの」
「だが、一理ある」
それまで黙っていた小柄な男が、ぼそりと呟いた。
「ラウル・ランスが、サンフィゼールの要人であることは確かだ」
「カルロ、あんたまで……」
「すぐに追い出せとは言わない」
ポーラの言葉を遮る様に、男は言った。
「様子見の時間があっても良いだろう」
「その間に事が起こったらどうする」
「お前さん、」
老婆が口を開いた。その目は真っ直ぐにディノを見据えている。
「ラウルが自分より強いかもしれないのが怖いんだろう?」
「なんだと!?」
ディノは机を叩いて立ち上がる。マシューとケビンは大きな音に身を竦めた。
「俺があんな奴に負けるわけねえだろうが! しばくぞクソババ!!」
「ほらね、虚勢を張る」
見透す様な老婆の視線から逃れる様に、ディノは席を離れた。去り際、舌打ちしながら椅子を蹴飛ばす。
「どこへ行くのじゃ。話し合いはまだ終わっとらん」
「こんな無駄な会議やってられっかよ」
村長にそう返し、ディノは乱暴に扉を閉めた。それを見ながら村長は、はぁと溜め息を吐く。
「全く近頃の若いもんは……」
「可愛いもんじゃないかい」
お前さんも同じ事を言われてたよと、老婆は笑った。
「それで? どうするんだい?」
村長はうむと頷く。
「カルロの言う通り、しばらくは様子を見よう。追放するしないはそれからじゃ」
解散を村長が宣言し、四人は席を立って集会所を出た。
「ディノの言う通りだよ」
ぽつりと呟いた老婆を、家に帰ろうとしていた村長は振り返る。
「無駄な会議って事さ」
老婆は杖を突きながら、村長の脇を通り過ぎた。
「事が起こってラウルはこの村を出て行く。あたしの占いにゃ、そう出てるよ」
「事を何だと占ったのじゃ?」
村長の問いに老婆は立ち止まった。首だけを少し振り返らせる。
「それは分からないけどね、被害は甚大。そして不可避さね。でも、それがあたしらを救うのさ」