腐れ縁
蝉の声が、朝の静寂を針のように刺す。ジリジリと焦がす陽光の下、アスファルトの熱気が足裏を蝕み、汗が川のように肌を滑る。Tシャツは絞れば涙を零すほど、湿り気を帯びる。
苛立ちの波が胸をよぎり、コンビニの自動ドアが吐き出す冷風に、束の間の救いを求める。アイスコーナーの霜のような冷気が、指先を優しく凍らせるのに、外の世界は溶解の予感を孕む。
「ありがとうございました~」
アイスを掌に収め、冷房の抱擁に身を委ねる幻影に浸っていた折、背後から声が降る。柔らかな響きが、夏の空気に溶け込み、心の湖面を微かに揺らす。
「蓮、なにしてんの?」
振り向けば、友梨が佇む。小柄なシルエットは、木漏れ日の下に咲く野花の如く儚い。瞳の輝きは好奇の星、頰のえくぼは甘い秘密を囁く。
「うわ、友梨かいな」
漏れた言葉に、彼女は頰を風船のように膨らます。偽りの怒りが、幼き日の記憶を優しく呼び醒ます。
「その反応はないやろ! バケモン出たみたいにいいよって」
俺は笑みを噛み殺し、指で一寸の間隔を刻む。彼女の小ささが、昔話の妖精を思わせるのは、愛しみの影だ。
「まぁ実際、間違ってないんちゃう? 昔話でいたやろこんな小さい妖怪」
「そんなちっこくないわ! 私は目玉の親父か」
「え? 違うん?」
「違うわ!」
八重歯の覗く笑顔は、陽光の破片のように眩しく、ツッコミの声は風に舞う花びら。
「ほんで、なにしてたん?」
「はぁ、見てわからんか? コンビニにアイス買いに行ってたんや」
彼女の視線が、俺の手に絡みつく。ピノの箱は、彼女の好みを映す鏡。目を輝かせる様に、心の弦が微かに震える。
「あ! うちがいつも食べてるピノあるやん! 買うて来てくれたん?」
「違うわボケ、いつも食ってるお前みて食いたくなっただけじゃ、あげへんで」
右手で軽く払う仕草に、彼女は両手で俺の腕を捕らえる。上目遣いの瞳が、蜜のような懇願を滴らせる。
「お前って偉そうに、まぁええやん6個も入ってるんやし、な! 1個だけ! 1個だけでもちょうだいよ!」
その視線に、頬が炎のように熱を帯びる。顔を背け、威張った声で応じる。
「ほ、ほなしゃーないな、友梨の頼みやし、い、1個ぐらいなええで」
彼女は口に指を添え、待つ。期待の花が、俺の胸に咲き乱れる。
「ん」
「あーんして欲しいんか。ええよやってやろうやないか!」
アイスを近づけ、唇に触れさせる幻を演じ、先に口に含む。冷たい甘さが、喉を優しく溶かす。
「あーん、ん? おい、どういうことや」
彼女の顔が、嵐の雲のように歪む。怒りの視線が、心を鋭く穿つ。
「ん? ほほほへひふ?」
口内の冷たさが、言葉を霧に変える。彼女の苛立ちが、空気のヴェールを厚くする。
「んぐ。わかったわかった。ちゃんとあげるから許してや」
手を合わせ、すまなそうに笑む。彼女の頬が、夕陽のように赤く染まる。
「ほら、口開けてみ」
「え、ち、ちょっと待ってよ」
彼女の顔が、紅葉のように深みを増す。待ての仕草が、恥のヴェールを描く。
「待たへん待たへん。溶けてまうからはよ食べろ。」
「こ、これって間接キ、んぐっ!?」
無理に押し込み、唇の柔らかさが指に残る。甘い冷たさが、彼女の口内で花開く。
「美味いやろ? 友梨よく食うてるもんな」
「蓮のアホ」
もじもじする姿が、林檎の赤を詩的に映す。心のさざ波が、静かに広がる。
「ん? 誰がアホじゃ!! もうお前にはアイスはやらん!!」
苛立つふりをし、独り言のように文句を紡ぐ。だが、彼女の言葉が、俺の思考を凍てつかせる。
「だって間接キスやん!!」
「は?……へ?」
間接キスという響きが、頭に霧のように広がる。思考の糸が、絡みつく。
「な、なにゆうとんじゃ! 別にこんなん普通やろが!」
顔を赤らめ、問い詰める。だが、心の奥で喜びの芽が、密やかに膨らむ。沈黙が、二人の間に雪のように降り積む。
「………」
「………」
気まずさの霧が、空気を重く覆う。蝉の調べが、遠い記憶のように響く。
「なぁ暑いし海でもいかんか? こっから電車乗ってすぐやし」
顔を掻き、照れのベールを剥ぐ。彼女の返事を、息を潜めて待つ。
「え、ええよ。行こいこ!! 最近新しい水着買ってん! まだ着てないから行きたかったところやし!」
彼女の喜びが、俺の心を風のように軽くする。
「そ、そうか! なら行こや!」
内なる叫びを抑え、平静の仮面を被る。
「あ、うちの水着に見惚れるてもしらんでぇ。」
彼女の指が、つんつんと突く。からかいの視線が、蜜の滴のように甘い。
「み、みとれるわけあるかい! そないなちんちくりんみるより、ナイスバディのねぇちゃん見とくさかい」
強がる言葉に、彼女は笑みの花を咲かせる。
「あ~そんなことゆうんや。もうほっといて一人で行こ、ふんだ」
不貞腐れたふりで、走り出す。笑顔が、背中から陽光のように零れる。
「ちょ、待ってや、じょ、冗談やんか~。てかこの暑さで走るなよ~」
めんどくさげに追いかけるが、心は羽のように舞う。夏の陽射しが、二人の影を、永遠の詩のように長く伸ばす。




