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魔女の死から一年。リラは丘の小屋で一人、薬師としての仕事を継いでいた。これまでラベンダーを使うような出来事はなく平和に過ごしていた。
しかしある日の夜、小屋の扉が激しく叩かれた。現れたのは、王家の紋章が入った厚いマントを着た騎士たちだった。彼らが担架で運んできたのは、この国の第二王子、カイだった。
カイ王子は「氷の王子」と呼ばれていた。冷酷だからではない。彼の体が、生まれつき氷のように冷たく、感情が高ぶると周囲を凍らせてしまう奇病を持っていたからだ。その王子が今、高熱にうなされていた。いや、熱ではない。彼の体から発せられる冷気で、担架が霜で覆われている。
「魔女殿!どうか、王子を助けてくれ!王宮の医師たちは皆、サジを投げたのだ!」
騎士団長が悲痛な声で叫ぶ。
「師匠はもういません。私はただの薬師リラです」
取り乱す騎士たちを横目に、リラは冷静に王子の脈を見た。氷のように冷たい。これは病気ではない。
「……呪いですね。それも、王家の血筋を狙った、古くて強力な」
リラは直感した。これは師匠が言っていた「避けられぬ呪い」だ。普通の薬では治せない。彼女は決断した。小屋の裏に出て、丘で最も美しく咲き誇っていたラベンダーの株を一つ、根こそぎ掘り起こした。それを花束にし、王子の胸の上に置く。ラベンダーを使うのは初めてだが、使い方は教わっている。
「どうか、身代わりとなって」
リラが祈ると、ラベンダーから紫色の煙が立ち上り、王子の体に吸い込まれていった。それと同時に、王子の体を覆っていた霜が溶け、青白かった頬に赤みが戻っていく。苦しげな呼吸が、穏やかな寝息に変わった。
「おぉ……!奇跡だ!」
騎士たちが歓声を上げる中、リラは王子の胸元の花束を見た。ラベンダーは、瞬時にして枯れ果てていた。鮮やかだった紫色は、灰色の塵となり、触れるとボロボロと崩れ落ちた。
翌朝、目を覚ましたカイ王子は、自分の命を救ったのが名もなき薬師の娘だと知り、深く感謝した。彼は礼として、リラに王宮での暮らしを提案したが、リラは首を横に振った。
「私の場所はここです。この丘の花たちを守らなければなりませんから」
王子は残念そうだったが、彼女の意志を尊重し、代わりに王家の紋章が入った短剣を彼女に贈った。
「何かあれば、必ず力になる。君は国の恩人だ」
そう言い残し、王子は去っていった。リラは窓から、少しだけ色の薄くなったラベンダー畑を見つめていた。あと何回、この奇跡は使えるのだろうか。




