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追放令嬢が拾った伝説の魔獣は、食いしん坊な黒猫でした。 ~「不敬だぞ!」と怒る最強魔獣を、ご飯とブラッシングで完全攻略しました~  作者: 速水静香
第十二章:崩れ去る虚栄

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第四十話:甘い苺と苦い末路

 騒動から数日が過ぎ、森にはいつもの平穏が戻っていた。

 春の日差しが柔らかく降り注ぎ、雪解け水で潤った大地からは草花が一斉に芽吹いている。

 教会の庭には、瑞々しい緑と色とりどりの花々が咲き乱れていた。

 私は温室の中で、収穫の時を迎えた真っ赤な宝石たちと向き合っていた。

 イチゴだ。

 あの騒動の前に植え付け、大切に育ててきた苗が、ついに実を結んだのだ。

 葉の下を覗き込むと、完熟した実が鈴なりになっている。

 一つ摘み取り、口に運ぶ。

 甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。

 味が濃く、香りが強い。

 これを使ってジャムを作れば、間違いなく絶品になるだろう。

 焼きたてのスコーンに、たっぷりのクロテッドクリームと一緒に乗せて食べる光景が目に浮かぶ。


「おい、コレット。まだか? 我の分も摘め」


 背後から、待ちきれない様子の声が掛かった。

 振り返ると、温室の入り口でベルが退屈そうに寝転がっている。

 彼もまた、この甘い果実の虜になっていた。


「もう少し待ってください。今、一番いいのを摘んでいますから」


「ふん。待ちくたびれて、我の腹の虫が暴動を起こしそうだ」


「朝ごはんを食べてから、まだ二時間も経っていませんよ」


 私は籠いっぱいにイチゴを収穫し、温室を出た。

 今日の予定は、このイチゴを使ってジャムを作ることだ。

 保存食にするためもあるが、何よりベルが「パンに塗る赤いドロドロしたやつ」を所望しているからだ。

 だが、問題が一つあった。


「砂糖が足りませんね」


 キッチンの棚を確認して、私はため息をついた。

 ジャム作りには大量の砂糖が必要だ。備蓄していた分では、小瓶一つ分も作れないだろう。


「砂糖がない? ならば買いに行けばよい」


 ベルが当然のように言う。


「そうですね。あの騒ぎの後、街がどうなっているのかも気になりますし」


「うむ。ならば善は急げだ。行くぞ」


 ベルは私の肩に飛び乗り、尻尾で行き先を指し示した。

 あの日、ベルの一喝で敗走した軍隊は、そのまま王都へ撤退していったはずだ。

 森は平和を取り戻したが、街の人々には心配をかけたかもしれない。


 風魔法による空の旅を終え、私たちはフロンティアの街の近くに降り立った。

 そこからは徒歩で門を目指す。

 いつものようにフードを目深に被り、目立たないように心がける。

 ……つもりだったのだが。


「あ! あの方だ!」

「おい、みんな! コレット様がいらっしゃったぞ!」


 街の門に近づいた途端、衛兵の一人が大声を上げた。

 それを合図に、周囲の空気が一変する。

 通行人たちが足を止め、商店の店主たちが店から飛び出してくる。


「コレット様! ベル様!」

「よくぞお越しくださいました!」

「この前の件、本当にありがとうございました!」


 あっという間に、私たちは人垣に囲まれてしまった。

 誰もが満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にしている。

 敵意や恐怖はない。あるのは、純粋な敬意と親愛の情だ。


「え、あの……」


 私が戸惑っていると、八百屋の女将さんがカゴいっぱいの野菜を差し出してきた。


「これ、持っていきな! 朝採れの新鮮なやつだよ! お代なんていらないからさ!」


「こっちの果物もどうぞ! 一番甘いやつです!」

「うちのパンも!」


 次々と差し出される贈り物。

 どうやら、例の「ピクニック」の話は、ギルドマスターを通じて街中に広まっているらしい。

 『たった二人で、五百の軍勢を傷つけずに追い返した』

 その事実は、彼らにとって私たちは「街を守った英雄」であることを決定づけたようだ。


「おいコレット。なんだこの騒ぎは」


 肩の上のベルが、目を丸くしている。


「人気者ですね、ベル。貴方の武勇伝が轟いているようですよ」


「ふん。当然だ。だが、これでは歩けんぞ」


 ベルが軽く唸ると、人々はハッとして道を開けた。

 モーゼの海割りのように、人垣が左右に分かれる。

 私たちは恐縮しながら、その花道を通って街の中へと進んだ。


 目指すは冒険者ギルドだ。

 買い物の前に、ギルドマスターに挨拶をしておこうと思ったのだ。

 ギルドに入ると、そこでもまた熱烈な歓迎を受けた。

 荒くれ者の冒険者たちが、私たちを見るなり起立し、敬礼のような仕草をする。

 居心地の悪さを感じつつ、奥の執務室へと向かった。


「……よう。いらっしゃい」


 扉を開けると、ギルドマスターが待ち構えていたかのように席を立った。

 彼の顔色は、以前会った時よりもずっと良く、憑き物が落ちたように晴れやかだ。


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


 彼は私たちをソファに勧め、自らお茶を淹れてくれた。

 香り高い高級茶葉だ。お菓子も、老舗洋菓子店の焼き菓子が用意されている。


「街の様子、見ただろ? みんな、お前らに感謝してるんだ」


「少し、大げさすぎませんか? 私たちはただ、自分たちの家を守っただけです」


「それが結果として、この街を戦火から救ったんだ。あのまま軍が駐留していたら、街は食料を徴発され、経済は混乱していただろうからな」


 ギルドマスターはクッキーをかじり、ニヤリと笑った。


「さて、買い出しのついでに寄ったって顔をしてるが……聞きたいことがあるんだろ?」


 図星だった。

 私は紅茶を一口飲み、頷いた。


「ええ。あの軍隊がどうなったのか、そして……王都がどうなっているのか」


 私の問いかけに、ギルドマスターの表情が真剣なものに変わる。

 彼は机の上の書類を一枚、私の方へ滑らせた。

 そこには、王都からの通達が記されていた。


「結論から言おう。……エリオット王子は失脚した」


「失脚?」


「ああ。王位継承権の剥奪、および地方領地へ飛ばされた。事実上の追放だな」


 予想はしていたが、現実に聞くと感慨深いものがある。

 あのプライドの高い王子が、全てを失ったのだ。


「理由は単純だ。大軍を動かし、莫大な予算を使いながら、何の成果も上げられずに帰ってきたからだ。しかも、兵士の半数が精神的ショックで使い物にならなくなり、大砲などの兵器も放棄してきた。これでは、言い逃れようがない」


 ギルドマスターは続けた。

 帰還した兵士たちの口から、あの日の出来事が漏れ伝わったらしい。


『見えない壁に阻まれた』

『黒い悪魔に睨まれただけで動けなくなった』


 そんな証言も広まり、王家への不信感と、未知の力への恐怖が貴族たちの間に蔓延した。

 結果、全責任をエリオット王子に押し付ける形で、事態の収束が図られたのだ。


「権威の失墜ってやつだ。一度地に落ちた評判は、二度と戻らねぇ。奴はもう、表舞台には出てこれないだろうよ」


 私は静かに息を吐いた。

 かつて私を陥れ、追放した男の末路。

 不思議と、喜びも悲しみも湧いてこなかった。

 ただ、「終わったのだな」という淡々とした事実だけが胸に落ちる。


「それと、もう一人。王子の婚約者だった聖女様だが」


 ギルドマスターのいう聖女――エリオットの婚約者となった、ティアナのことだろう。

 私から婚約者を奪い、無実の罪を着せた女だ。

 その久しぶりに聞く人物に、眉がピクリと動く。


「彼女もまた、王都を追われた」


「……そうですか」


「王子が失脚すれば、その後ろ盾を失うのは当然だ。それに、彼女の『予言』や『聖女の力』とやらが、今回の件では何の役にも立たなかったことが決定的だったようだ。『偽聖女』の烙印を押され、教会からも破門されたらしい」


 ギルドマスターは肩をすくめた。

 二人の敵が、自滅した。

 私が手を下すまでもなく、彼らは自分たちの愚かさによって破滅の道を歩んだのだ。

 それは、あまりにあっけない幕切れだった。


「……ふん。くだらん」


 それまで黙ってクッキーを食べていたベルが、鼻を鳴らした。


「そんな話より、コレットよ。砂糖だ。ジャムを作るのだろう? 早くせねば、イチゴの鮮度が落ちるぞ」


 彼の言葉に、私はハッとした。

 そうだ。私にとって重要なのは、遠い王都の政争などではない。

 目の前のイチゴと、これからの生活だ。


「そうですね。どうでもいい話で長居をしてしまいました」


 私は席を立った。

 ギルドマスターも、笑って頷いた。


「ああ、引き止めて悪かったな。……これで、本当にお前らを縛るものはなくなった。これからは好きに生きろ」


「ええ。そうさせていただきます」


 私たちはギルドを出て、市場へと向かった。

 砂糖を買い、小麦粉を買い、ついでにベルの好きそうな骨付き肉も買った。

 街の人々は相変わらず親切で、私たちのカゴはあっという間に贈り物で一杯になった。


 夕暮れの空を飛びながら、私は眼下の森を見下ろした。

 緑の海が、風に揺れている。

 私の帰る場所。


「ベル、今日の夕飯は何にしましょうか」


「肉だ。厚切りのやつを頼む」


「分かりました。デザートには、作りたてのイチゴジャムを乗せたヨーグルトにしましょうか」


「うむ! 素晴らしい提案だ!」


 ベルが嬉しそうに喉を鳴らす。

 その温かい重みを肩に感じながら、私は思った。

 復讐なんて、考えるだけ時間の無駄だったのだ。

 彼らがどうなろうと、私の幸せには何の関係もない。

 私は今、こんなにも満たされているのだから。


 教会が見えてきた。

 煙突からは煙が出ていない。帰ったらすぐに火をおこさなければ。

 忙しくも愛おしい、私たちの日常が待っている。


 私は風の中で、小さく笑った。

 甘いイチゴの香りと、少しの苦い思い出。

 それらを全て飲み込んで、私はまた、明日を生きていくのだ。


 この愛すべき相棒とともに。

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