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追放令嬢が拾った伝説の魔獣は、食いしん坊な黒猫でした。 ~「不敬だぞ!」と怒る最強魔獣を、ご飯とブラッシングで完全攻略しました~  作者: 速水静香
第五章 猫王の遊戯

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第二十一話:ふかふかの布団と最高級の肉

 森の上空を、布団や家具の行列が進む。

 先頭を歩くのは私。

 その後ろを、巨大なベッドやソファが、地上数メートルを空中浮遊してついてくる。

 そして、その家具の上には、王様気取りの黒猫が乗っている。

 森の動物たちも、この異様な光景に恐れをなしたのか、あるいは呆れたのか、一匹たりとも近づいてこない。

 枝葉が家具に触れそうになると、ベルが風を操って巧みに回避する。その操作技術は神業としか言いようがない。


 やがて、見慣れた石造りの教会が見えてきた。

 ただいま、私の家。

 昨日は殺風景だったこの場所が、今日から劇的に変わる。


「着陸だ」


 ベルの合図で、家具たちが教会の前庭に静かに着地した。

 ドスン、という音もなく、羽根が落ちるような静けさだ。


 そこからは搬入作業だ。

 さすがに屋内では飛ばせないので、私が水魔法で摩擦を消しながら、ゆっくりと滑らせて運ぶ。

 礼拝堂の片隅、寝室として使っている小部屋に、黒檀のベッドを設置する。

 殺風景だった石の部屋が、一気に高級ホテルのような雰囲気を帯びた。

 礼拝堂の中央には、深緑色のソファを置く。

 石の冷たい質感と、ベルベットの温かみが妙にマッチしている。


「……ふむ」


 ベルがソファに飛び乗った。

 前足で感触を確かめ、くるりと回ってから、どさりと横になる。


「……悪くない。いや、最高だ」


 彼は目を細め、喉をゴロゴロと鳴らした。


「これだ。これこそが、王が求めていた安息だ。あの硬い床とも、煎餅布団ともおさらばだ」

「気に入っていただけて何よりです」


 私はベッドに新しいシーツを敷き、羽毛布団を広げた。

 ふわり、と空気を孕んで膨らむ。

 私も試しにダイブしてみる。

 

 ボフッ。


 柔らかい。

 沈み込むような、それでいてしっかりと体を支えてくれる弾力。

 思わず、ため息が漏れた。

 追放されてから、ずっと気を張って生きてきた。

 硬い地面や、粗末なベッドで眠ることに慣れようとしていた。

 でも、この柔らかさは、私が失っていた「安心」そのものだ。


「……幸せですね、ベル」

「うむ。金とは、こうやって使うものだ。だがコレットよ、忘れてはいまいな?」


 ベルがソファから身を起こし、爛々とした瞳で私を見た。


「寝床は確保した。次は食だ。さあ、鞄の中の『素材』を解放する時だ」

「はいはい。少々お待ちを」


 私は幸福感に包まれたまま、キッチンへと向かった。

 新しい調理器具も買った。ワインも、バターも、すべて揃っている。

 そして主役は、ここにいる。


 私は鞄の中から、氷に包まれた肉塊を取り出し、調理台に置いた。

 水魔法で維持していた冷凍状態を解除する。

 氷が霧となって消え、中から鮮やかな赤身肉が現れた。

 マンティコアの尾の肉。

 解凍してもなお、ドリップ一つ出ず、筋肉の繊維が生きているかのように張り詰めている。

 昨日の解体時、ベルが生で食べて絶賛した部位だ。


「では、仕上げといきましょうか」


 私は肉を厚切りにし、表面に細かく切れ目を入れた。

 買ってきたばかりの岩塩と挽きたての胡椒を振る。

 熱したフライパンに、贅沢にバターを溶かす。

 ジュワワ……という音と共に、芳醇な乳脂肪の香りが立ち上る。

 そこに、マンティコアの肉を投入する。


 ジューーーッ!


 爆ぜるような音が響き渡る。

 普通の獣肉とは違う、濃厚で野性味あふれる香りが、バターの香りと混ざり合い、暴力的なまでの食欲を喚起する。

 表面をカリッと焼き固め、中はレア気味に。

 肉を取り出した後のフライパンに、奮発した赤ワインを注ぐ。

 アルコールを一気に飛ばし、肉汁とバターと煮詰めて濃厚なソースを作る。


「お待たせしました」


 皿に盛り付け、ハーブを添えてテーブルへ運ぶ。

 ベルはすでにナプキン代わりの布を首に巻いて待機していた。


「……これだ。これを待っていた」


 ベルが厳かに呟き、フォークを突き刺した。

 肉を口に運ぶ。


 クチャ、クチャ……。


 咀嚼するたびに、彼の瞳孔が開いていくのが分かった。


「……むぅぅぅ……ッ!」

「どうですか?」

「見事だ! 生で食べた時も衝撃だったが、火を通すことで脂の甘みが爆発的に増している! そして、この微かに舌に残る痺れ……毒の名残か? いや、これはスパイスだ。この刺激が、濃厚すぎる旨味を引き締め、次の一口を渇望させる!」


 彼は興奮気味に語り、次々と肉を口に運んでいく。

 私も一口食べてみる。

 ……なるほど。

 普通の牛や豚とは次元が違う。

 弾力が凄まじいのに、噛むと繊維がほろりと解け、そこから濃縮されたコンソメのような旨味が溢れ出してくる。

 赤ワインソースの渋みが、脂の重さを中和し、完璧な調和を生み出している。

 これが、Sランク魔獣の味。

 命がけで戦った者だけが味わえる、勝利の味だ。


「おいしいですね。これなら、ワインを買った甲斐がありました」

「うむ。合格だ。コレットよ、我はこの教会を気に入った。ふかふかの寝床に、極上の食事。これこそが王の居城だ」


 ベルは満足げにグラスの中身をペロペロとしている。


 窓の外では、森の緑が風に揺れている。

 かつては恐怖の対象だったその森も、今は豊かな恵みをもたらす庭のように感じられた。

 ここには、煩わしい人間関係も、理不尽な命令もない。

 あるのは、美味しい食事と、ふかふかのベッド、そして頼れる相棒だけ。


 私はフォークを動かしながら、小さく笑った。

 公爵令嬢だった頃よりも、今の方がずっと、私は「私」らしく生きている気がした。

 マンティコアの肉の香ばしい匂いが、周囲に満ちていた。


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