第十九章 傲慢にはならない
最初に起きたのは、
大したことではなかった。
倉庫で働く男が、
街角で肩をぶつけられた。
「……あんた」
「調子に乗ってるだろ」
殴られたわけではない。
罵られただけだ。
だが――
向けられた感情は、
はっきりしていた。
「……すみません」
報告に来た男は、
そう言って頭を下げた。
「私が、
目立ったから……」
「違います」
レオンは、
すぐに否定した。
「あなたは、
何も悪くありません」
男は、
戸惑った顔をする。
責められると、
思っていたのだ。
エリザは、
黙って話を聞いていた。
だが、
その夜、
言葉が溢れた。
「……悔しいです」
「皆、
同じだったはずなのに」
「私たちだけ、
違う場所に
行ってしまったみたいで」
レオンは、
しばらく黙った。
そして、
静かに言う。
「同じでは、
なくなりました」
それは、
否定でも誇りでもない。
事実だった。
「……だから」
レオンは、
続ける。
「羨ましさは、
必ず生まれます」
「それは、
止められません」
「止めようとすれば、
力が要ります」
「……力?」
「押さえつける力です」
それは、
最も危険な選択だった。
「……じゃあ」
エリザは、
唇を噛む。
「どうすれば……」
「羨まなくて
済む道を、
作ります」
レオンの声は、
変わらなかった。
「人を、
同じに戻すのではありません」
「近づけるんです」
翌日。
倉庫の前に、
紙が貼られた。
文字は、
多くない。
仕事の種類。
必要な人数。
条件。
誰でも、
見られる場所だ。
「……これ」
作業員が、
首を傾げる。
「俺たちの仕事を、
取られるんじゃ……」
「違います」
レオンは、
はっきり言った。
「入口です」
「ここから先は、
自分で決めてください」
条件は、
甘くない。
危険もある。
失敗もある。
だが――
隠していない。
「……選べるんだ」
誰かが、
小さく呟いた。
それだけで、
空気は変わった。
エリザは、
その様子を見ていた。
「……すごいですね」
「怒られません」
「感謝も、
されません」
「はい」
レオンは、
頷く。
「嫌われ役は、
私でいい」
「守るべきは、
働く人です」
噂は、
すぐに広がった。
「冷たい奴だ」
「上から目線だ」
レオンは、
気にしない。
「……辛くないですか」
エリザが、
小さく聞く。
「いいえ」
「誤解されるより、
壊れる方が
嫌です」
夜。
倉庫の灯りが、
静かに揺れる。
エリザは、
その背中を見て思った。
この人は、
善人ではない。
だが――
傲慢でもない。
それが、
どれほど難しいか。
彼女は、
もう知っていた。




