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第十八章 満ちて、なお変わらないもの

新しい服を着たエリザは、

歩きやすそうだった。


布は軽く、

動きの邪魔にならない。


「……楽ですね」


「はい」


レオンは、

それ以上言わなかった。


言わなくても、

分かる。


余裕がある。

身体にも、

心にも。


だが――

通りを一つ曲がると、

景色は変わらない。


路地の影。


壁にもたれる大人。

地面に座る子ども。


目は、

どこも見ていない。


「……」


エリザは、

歩調を落とした。


「……昨日も、

 いました」


「はい」


「一昨日も」


「はい」


仕事にあぶれた者たち。


働きたくないわけではない。

怠けているわけでもない。


枠がないだけだ。


「……私たち」


エリザは、

小さく言う。


「少し、

 豊かになりましたね」


「はい」


レオンは、

否定しない。


「でも」


エリザは、

視線を逸らさず続ける。


「街は、

 何も変わっていません」


以前は、

気づかなかった。


いや――

見ないようにしていた。


生きるだけで、

精一杯だったから。


「……不思議です」


エリザが言う。


「前は、

 何とも思わなかったのに」


「今は……」


胸の奥が、

少し痛む。


レオンは、

足を止めた。


「見えるようになった」


「それだけです」


「余裕ができると、

 人は周りを見ます」


「それは、

 良いことです」


「……でも」


エリザは、

唇を噛む。


「何もできないのに、

 見るだけなのは……」


「つらいです」


「今、

 助けても続きません」


レオンは、

静かに言った。


施しは、

一日を救う。


仕事は、

明日を救う。


「私は」


レオンは、

言葉を選ぶ。


「その人の時間を、

 奪いたくありません」


倉庫に戻る途中。


子どもが、

二人を見ていた。


新しい服。

きれいな靴。


羨望でも、

憎しみでもない。


ただ――

無関心に近い。


「……あの子たち」


エリザが言う。


「私たちが、

 何をしているか」


「知らないんですね」


「はい」


「そして」


レオンは続ける。


「知らなくても、

 困らない」


それが、

この街の停滞だった。


倉庫に戻り、

扉を閉める。


中は、

整っている。


仕事がある。

食事がある。

休む場所もある。


「……ここだけ」


エリザは、

呟く。


「別の世界みたいです」


レオンは、

少し間を置いて答える。


「同じ世界です」


「ただ、

 繋がっていないだけです」


夜。


二人は、

長く話さなかった。


だが、

同じことを考えていた。


このままでは、

街は変わらない。


二人だけが、

少し楽になるだけだ。


「……レオン」


エリザが、

静かに言う。


「私たち」


「次、

 何をしますか」


レオンは、

すぐには答えなかった。


答えは、

もうある。


だが――

順番を間違えれば、

 壊れる。


「……考えています」


「皆が、

 無理なく近づける形を」


エリザは、

小さく頷いた。


「……はい」


二人の心は、

確かに満ちていた。


だからこそ――

この街の貧しさが、

はっきりと見えてしまった。


それは、

始まりの痛みだった。

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