第十七章 ありがとうの形
その日は、
朝から少しだけ違っていた。
倉庫の作業は、
昼前に切り上げた。
「……今日は、
ここまでにします」
レオンの言葉に、
誰も異論はなかった。
段取りは、
すでに回っている。
無理をしなくても、
止まらない。
それが、
今の状態だった。
倉庫を出たあと、
レオンは言った。
「……用事があります」
「仕事ですか?」
「いいえ」
エリザは、
少しだけ驚いた顔をした。
仕事以外で、
外に出ることは
ほとんどなかったからだ。
向かったのは、
市場だった。
布屋。
靴屋。
仕立て屋。
人の声が、
重なっている。
「……買い物、
ですか?」
「はい」
「必要なものが、
あります」
エリザは、
一瞬だけ首を傾げた。
必要なものは、
いつも仕事道具だった。
鍋。
布。
容器。
だが――
今日は違う。
布の前で、
エリザは足を止めた。
色。
手触り。
厚み。
だが、
手は伸びない。
「……見るだけ、
です」
そう言って、
一歩引く。
「エリザ」
レオンが呼ぶ。
「はい」
「選んでください」
エリザは、
言葉を失った。
「……私」
「必要ありません」
「あります」
即答だった。
「今まで、
文句を言いませんでした」
「疲れても、
黙っていました」
「それは――」
「当たり前では
ありません」
しばらくして、
エリザは布を手に取った。
派手ではない。
だが、丈夫で、
動きやすい。
「……これ」
「汚れても、
大丈夫そうです」
「はい」
理由は、
すべて生活だった。
それが、
彼女らしかった。
店の奥。
小さな鏡。
エリザは、
新しい服に袖を通した。
「……どう、
でしょう」
少し不安そうに、
振り返る。
「……似合います」
レオンは、
それだけ言った。
大げさな言葉は、
使わない。
だが、
視線は逸らさなかった。
エリザは、
それに気づき、
少し照れた。
帰り道。
袋を抱えながら、
エリザは言った。
「……私」
「城にいた頃より、
服を大切にします」
「それで、
いいです」
レオンは、
静かに答える。
「ここでは」
「選んだものが、
生活になります」
「だから、
大切です」
倉庫に戻ると、
作業台はそのままだった。
だが――
空気が、少し違う。
エリザは、
服を丁寧に畳んだ。
「……ありがとうございます」
「礼は、
必要ありません」
「すでに、
受け取っています」
エリザは、
首を傾げる。
「何を?」
「……全部です」
言葉にしない。
約束もしない。
ただ、
一緒に続ける。
それが、
レオンなりの
感謝の形だった。




