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1 余命宣告

健康診断は、ただの通過点だと思っていた。

働いて、食べて、眠って。

次の週も、その次の月も、同じ日常が続くはずだった。


だから医師が、言葉を選び始めた瞬間、

嫌な予感より先に――現実感が消えた。


「余命は、長くありません」


そう告げられた時、なぜか恐怖はなかった。

胸が潰れることも、頭が真っ白になることもない。


ただ、頭の中で

「努力しても無駄だ」

という結論だけが、静かに確定した。


「……どれくらいですか」


自分の口が、他人事みたいに動いた。


「年単位ではありません。早ければ、半年」


半年。


その言葉だけが、異物のように残った。

半年後の予定なら、いくらでも思いつく。

仕事、支払い、季節の変わり目。

そのどれにも「自分がいない」可能性を、考えたことがなかった。


治療の説明も聞いた。

選択肢も提示された。

だが、どれも「延ばす話」だった。


診察室を出たあと、廊下の白さがやけに目に痛かった。

受付の声が遠い。

笑っている人もいる。


世界は、何も変わっていない。


なのに、自分だけが取り残された。


それからの生活は、驚くほど普通だった。

仕事をして、食べて、眠る。


怒りも、悲しみも、なかった。

ただ、意味が剥がれていく。


未来?

努力?


半年先で終わる予定表の前では、

どれも飾りにしか見えなかった。


自暴自棄というほど激しくもない。

静かに、ゆっくりと、抜け殻になっていった。


そんなある夜、ふと思い出した。


――祠。


子どもの頃、祖父に連れて行かれた場所だ。


山の奥。

洞穴みたいな入口。

一族の中だけで祀られてきたような、閉じた場所。


中は、妙に整っていた。

岩肌なのに、空気が澄んでいる。

冷たいのに、息がしやすい。


「ここはな、軽い気持ちで来る場所じゃない」


祖父の言葉を、今になって思い出す。


軽い気持ちで来る場所じゃない。

つまり――何かが変わる場所だ。


変わるなら、今しかない。

どうせ終わる。


終わるなら、一度だけ確かめて終わりたい。


そう思って、山へ向かった。

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