61話目:少し先の幸福の話
例の事件から数か月後―――――
物々しい装甲車が<忌み枝>のダンジョンとなったビルへ激突するも、ビルに一切の損傷はなし。
それを気にせず、物々しい装備をした人員が一斉に下車する。
統一されたマスクに装甲服、一部は角などが見え隠れすることから異世界人であることが分かる。
そして全員の首に鎖と首輪が繋がれていることから、マトモでないことが容易に想像できた。
一部の隊員がビルに何かしらの装置を張り付けて、兎耳の隊員が突然その場で携帯情報端末を使いスケッチを始める。
その間に別の隊員達は各入口に陣取り、一気に突入する。
透明で大きな盾を隙間なく並べて行進する隊員達。
敵が出てきた瞬間にわずかな隙間が開き、そこから後方の隊員が銃撃を加えて敵を殲滅する。
まるで何処から敵が出てくるかがあらかじめ分かっていたかのように、そしてダンジョン化によって内部構造に変化があるというのに、一切迷うことなく行進していく。
一番の特異な点は誰も合図などを出しておらず、一言すらも発せられていない点だ。
ここまでの連携は熟練した軍隊でも不可能。
まるで全員が自動でダンジョンを攻略する自動機械のようであった。
各階層を逐一処理していき、遺物があれば後方の人員が速やかに回収していく。
流れ作業のような一連の動きを、眉をひそめた者が指揮者の中から観察している。
まるで何か一つでも失点を見つけるかのような目つきであった。
外に居た兎耳の隊員の手が止まる。
全ての内部構造、そして敵の現在位置を逐一共有していたようだがそれが不要になったということ。
つまり、残るはこのダンジョンの主だけということである。
一呼吸の内、ビル内の全隊員が一斉に突入する。
その部屋はダンジョンの中枢を担っていたせいか、通常では考えられない部屋面積となっていた。
そこに鎮座するは異形で巨大な芋虫。
突如として巣にやってきた侵入者に怒りを覚えたか、異形の主はその巨体で押しつぶそうと突進する。
隊員達が一斉に射撃するも、銃のストッピングパワーでは及ばないと判断。
すぐさま散開し、距離をとって再び結集した。
散開したまま各方位から攻撃する手もあったが、その場合は異形の主の行動予測ができない。
敵がひと塊になっていればそこへ攻撃が誘導される為、わざと集結したのであった。
何度突進しても攻撃が当たらないと学習した異形の主は、口から糸をまき散らし動きを封じようとする。
しかし各隊員達から発せられた多くの<赤の爪>によって、その糸の全てが焼失。
普通ならば誤射防止の為にもどのような術を使うかを発声するというのに、一切なかった。
まるで誰が、どこに、何をするのか分かっているかのような動き。
群体でありながら一つの生物であるかと錯覚するほどの連携であった。
そして大量の弾丸を浴びた異形の主は、糸を自らに巻きつけ繭となる。
その隙を逃さず、後方に待機していた近接主体の武器を構えていた隊員達が一斉に繭へと攻撃する。
しかし先ほどの糸とは構成物質が違うせいか、刃が通らない。
繭の中から汚い鳴き声が聞こえたことから衝撃が加わっていることは分かるが、決定打にはならないと判断。
大きな槍を携えた隊員が前に出ると同時に、各隊員達が首へアンプルを打ち込む。
短時間ながらも肉体を大幅に強化できる薬なのだが、各隊員達にその効果が一切出ない。
むしろ、アンプルを使用していなかった唯一の隊員……大槍を構えた隊員の力が増していた。
まるで、何十人分ものアンプルが打ち込まれたかのように。
外の様子も知らず、繭から不気味な蛾となった異形の主が羽化した。
その羽から撒かれる鱗粉は極めて人体に有毒であるが、もはや関係ない。
何十人分もの強化がされた隊員が投擲する大槍は鱗粉どころか空間そのものを巻き込み、異形の主に大穴をあける。
かくして、わずか数十分という短時間にてダンジョンの攻略が成されてしまったのであった。
それを間近で見ていた周囲の報道局は我を忘れて喝采する。
ダンジョンから出てきた隊員達に称賛の言葉を投げかけ、何か一言でも答えてもらおうとしたが、一切の発言はなく、無言のまま全ての隊員が撤収。
これが現代に誕生した最初のダンジョン攻略部隊<枝折>の最初の活躍であった。
しばらく車を走らせたあと、隊員達がヘルメットを脱ぐ。
その面々は、異世界において分校に通っていた生徒達であった。
「みんな、おつかれさま。完璧だったよ」
赤祢が紫の鎖を外したことで、各々がようやく喋ることができるようになった。
「いや~、敵よりも少しでも時間を縮めようとする方が疲れたよ」
「あとハヴラ! 情報端末の絵、もうちょっと練習しない? リアルタイムで情報を更新してくれるのは助かるけど、たまにわかんないアイコンとかあるもん」
「皆の位置と敵の位置を音響装置で把握しつつ、さらにデッサンまで意識しろというのは酷でありますぞ!」
皆が笑い合う中、通信が入り空気が引き締まる。
『諸君、御苦労。採点データを送った、あとで各自確認するように』
声の主は教師ノフェル。
指揮車から生徒達のボディカメラの映像からその行動の全てを監視していたのであった。
『それとこの後は座学である。気を緩めず、勉学に励むことだ』
「「「ええ~!?」」」
『……よろしい。退屈な座学のあとは憂さ晴らしに分校でのダンジョン実地訓練とする。嬉しかろう』
余計なことを言えば更なる訓練を課せられてしまう。
げんなりとした声で生徒達は返事をするが、赤祢はむしろ元気よく声を出していた。
「でもさ、みんな。アタシ達がやってきたことが無駄じゃないって分かったでしょ?」
それに賛同するように生徒達は口々に喜びを言葉にする。
「文字通り全員が一体になって戦うって、あんなに凄かったのね」
「声が届くじゃなくて見えるモノも、動きからの補助もされてすっごい楽!」
「それよりも! エヴェドの一撃! 全員分の強化を集約したらあんなに威力出るんだな!」
それもこれも、全て赤祢の出す紫の鎖の力によるものだ。
全ての隊員を繋ぎとめることで、あらゆるものを共有させることに成功。
誰が何をするのか、誰がどのタイミングで術を放つか、誰がどうするのが正解なのかが一切のタイムラグなく指示される。
それどころか皆の力を限定的に集め、高レベルの<探索者>にも匹敵する一撃を実現させた。
まさしく唯一無二の、現代に誕生した英雄の能力である。
『……まだ通信は切れていないのだが、よほど吾輩の神経を逆なでしたいと見た。懲罰期間の延長を望んでいると判断せざるをえないな』
そう……赤祢達は英雄ではなく、懲罰としてこのような部隊となり現代側のダンジョンを攻略している。
なにせ両世界側に対して多大な迷惑をかけたのだ。
厳罰を科さねば、再び同じことをする輩が出てくる。
とはいえ、実際にはそこまで厳しい罰にはなっていない。
先ず両世界側からの手厚いサポートがついている。
各生徒達が装備している武器や防具は、現代社会の最新技術と異世界側の理などが含められている最先端の逸品となっている。
さらに≪レギオズ≫のエヴェドが持つ大槍のように専用の装備なども開発されており、他の<探索者>からは垂涎の待遇が約束されていた。
それもこれも、カシェル卿と山谷の手腕によるもの。
敢えて懲罰という名称を前面に出すことで生徒達への同情を集めた。
ならば彼らが無事となるよう最大限の援助をしようと約束を取り付け、結果的に世界に一つだけのダンジョン攻略部隊<枝折>を創設。
生徒達は異世界側の人間である為、これを自由に動かせるのは異世界側。
そしてその窓口は山谷である為、国内国外問わず、彼にお伺いを立てねば立ち行かない状態を作り出したのだ。
そうして様々な資源や技術提供を受け、山谷やカシェル卿は左団扇……とはならず、そのリソース全てを<枝折>部隊につぎ込んでいた。
英雄だけに頼るわけにはいかない。
その為にも、現代社会におけるダンジョン攻略のドクトリンを生徒達で確立。
<ダンジョン耐性>を持つ人員を増やして、戦力を増強させる。
いずれは自分たちの力だけでダンジョンと戦えるようにすることが最終目標であった。
とはいえ、生徒達はそんな先の展望を未だ知らない。
まだ未熟ではあるものの、未知の未来へ羽ばたこうとする生徒達。
その姿を見る教師ノフェルの目つきは、いつものように厳しいものであった。
余談ではあるが、≪ドルイド≫のテクマと≪キメラ≫のアタレフの婚約話は解消されずに続いている。
「テクマさん、デートできなくて残念だったね。せっかくの二人きりになって、甘えられる時間だったのに」
「ちょ、ちょっと! まるで私が寂しがっているように聞こえますわよ!?」
「なぁアタレフ。おれも婚約したい」
「勝手にしろよ」
「相手が……いねぇんだよ……」
「……エヴェド、任せた」
「いや、僕に任せられても困るよ」
一心同体、運命共同体。
かつては赤祢の嘘によって集まったクラスメイト達であったが、今は皆が嘘偽りない関係で繋がっていた。
「そういえば! 赤祢さんはいい人いないの? ほら、同じニッポンの……ヒビキ、だっけ? あの人とか!」
「あははは、音無くんはちょっと……苦手だし」
赤祢は鎖によって相手の心情も察することができる。
しかし、響に繋がった時の記憶は一切ない。
むしろ、心の奥底にこびり付いた思い出せない何かが、その苦手意識となっていた。
無論……響の普段の振る舞いにも大きな問題があることは付け加えておく。
「……ねぇ、アタシって誰かを好きになってもいいのかな?」
その発言に、一瞬で車内の空気が静かになった。
どう答えることが正解なのかを皆が考えている中、≪ドルイド≫のテクマが抱擁する。
「いいに決まっているじゃありませんか。私はアカネのことが好きです。アカネが私のことが好きだと、もっと嬉しいですわ」
これまでひたすらに嘘を塗り重ねてきた。
人を騙し、省みず、それでいて大勢にも迷惑をかけてきた。
そんな自分が誰かを好きになっていいとは思っていなかった。
だからこそ、テクマの抱擁は贖罪であり救いでもあった。
「うん……ありがとう。アタシも大好きだよ、テクマ」
「あっ、ずるい! ワタシも! ワタシも!」
そんな微笑ましい仲に嫉妬し、他の女子達も一緒に抱擁する。
男子からも混ざろうとする者がいたが、女子に無理やり押しのけられてしまっていた。
そんな光景が無性にいとおしくなり、一筋の涙と共に彼女は笑った。
この先、彼女は普通の幸せを手に入れられることができるのだろうか?
ダンジョンの中にも……外の世界にも、その可能性は沢山散りばめられていた。




