60話目:≪ドルイド≫の本性
長丁場の会議が終わり、各々が行くべき場所へと帰っていく。
赤祢などの分校組は、延長戦として教師ノフェルからの説教が待っている。
しかし、自分から巻き込まれに行った響には関係はないので、一人でさっさと家に帰ってしまった。
「ただいまぁ~! 待っててくれたか、俺の夕飯!」
家に帰らず赤祢をストーキングしていたせいで、今の響は空腹と渇きと眠気で限界ギリギリだった。
なにせ<忌み枝>のダンジョンに潜っている間、一切の飲食ができなかったのだから。
会議場では飲み物が出されていたが、カシェル卿がいたという事実の一点のみから、何かが混入されてる可能性を考慮して一切口をつけていなかった。
「あら、もうお父さんが食べちゃったわよ」
「なんでだよ! 俺の夕飯だったんだろ!?」
「そうよねぇ。せっかくママが愛情をこめて作ったカレーを常温で置いといたのに」
「ありがとう、パパン。あなたのお腹のことは忘れないよパパン」
もちろん音無家のジョークであり、慣れた響は傷みやすい料理だったことを察しただけであった。
なお、父親がこの場にいない理由については考えないようにした。
[ピンポーン]
玄関のベルが、非常識とも思える時間に鳴った。
面倒だと思いながらも、響がドアを開けてしまう。
疲労により頭が働いていなかったが故の、失着である。
「やぁ、おはよう音無くん。さっきぶりだね」
とても爽やかな笑顔をしていた、山谷がそこにいた。
「ッスゥー……兄はちょっと今でていってましてぇ……」
「君は一人っ子だろう? 訪ねるなら、それくらいは調べてるよ」
山谷の笑顔は不自然なほどに笑顔であった。
選挙ポスターでさえ見ないほど、にこやかで晴々とした笑顔であった。
「何の用っすか!? 俺もう関係ないっすよねぇ!?」
「もちろんだよ。私ぁただ、頑張ってくれた君にお礼をしたくて、朝食のお誘いに来ただけだよ」
嘘ではない……嘘ではないが、それ以外の目的が九割を占めていた。
「ホテルのバイキングだ。思う存分、食べてくれていいぞ!」
「いや、その……飯はいいかな……眠いんで、寝かせてくれたら……」
「分かった、宿泊予約も取っておこう。おい、君」
山谷が指示を出し、すぐさま側付きの者が連絡して予約をとってしまう。
一歩ずつ、巨人のような歩幅で追い詰めてきた。
こうなれば響に出来ることは一つしかなかった。
「ママー! 押し売りの人がきてるー! ママー! 助けてママー!」
「あらあら、最近はめっきり見なくなったのに。無知な子が配属されたのかしら」
常識をよく知り、それでいてその常識を破壊する音無家の母。
それを召喚した。
しかし――――――。
「あら、山谷さんじゃないですか!」
「あ~……ゲンジさんの娘さん! 嫁がれたって聞いたのに、こんなに綺麗になっててまぁ! いやぁこれは気付きませんでしたわ! ははははは!」
その信じられない光景を見て、響は目を白黒させる。
「え……どゆこと? 裏切ったの? それとも最初から仕組んでたとかそういうの……!?」
「いやいや、流石にそれは考えすぎだよ。君のお爺ちゃん、ゲンジさんと近所の皆さんには、まだ若造だった頃から色々と付き合いがあっただけさ」
そんな初耳な情報を突然聞かされても、響は困る。
というかそういった政治の話は家族でした記憶すらなかった。
「懐かしいわね、お爺ちゃん。山谷さんのこと、アイツぁおれらを利用する気満々の生意気なクソガキだったって言ってた頃を思い出すわぁ」
「!?!?!?!?」
そして山谷の方も衝撃の事実を突然聞かされ、困惑する。
というより、その言葉が本当ならば塩を撒かれてもおかしくないレベルの発言だった。
「でもね、他の政治家は票としか見てない。人を人として見て利用しようとするアイツの方が全然マシだ。だからボンクラでも担いでやってんだって言ってたわよ」
「ははは……ほんと、ゲンジさんには敵いませんなぁ」
人を人のままに見る。
数字や記号ではなく、そこに生きている人として見る。
言葉にすれば簡単だが、それを実現できる者は少ない。
そして山谷はそれを実現し続けていた。
だからこそ一線を引くギリギリの立場を保ち続けられていたのだ。
まぁ本人はもう隠居しようとしていたのだが、先の会議でそれは遥か先へと遠のいてしまった。
人生、何が起こるか分からず、ままならないものである。
「まぁこんな玄関先で長話もなんですし、ご一緒にホテルで朝食でも?」
「あら、いいですわね。あなたー! 山谷さんが、一緒にラブなホテルに行かないかですってー!」
「東京の! 帝国の! ホテルです!」
こうして、親の一声により響はホテルまで拉致されることになる。
一泊で数万もするクラスのホテルで飲んだコーヒーの味は、ミルクを入れても苦かった。
……
…………
………………
それと同時期、異世界側でも大きな動きがあった。
ここは≪ドルイド≫の中でも、代表者となる家格がある者しか利用できない部屋。
そこには五色を代表する者の内、四名の者がテーブルを囲んでいた。
「イェルカの者は欠席となる為、この四名で話し合います。議題は、彼女のご息女の処遇に不満があるとか?」
淡々と話す紫を冠するサゴルのカシェルが気に入らないのか、赤を冠するアドゥマが声を荒げる。
「不満などと、随分と矮小に語るものだな。我ら≪ドルイド≫にとって、家名を名乗ることは種全体に及ぶ決定権だというのに」
「おや、正しく我ら全てに及ぶ事態でした。いえ、世界に関わる問題とも言えますが」
青のテヘレットが一つ咳払いし、質問を投げかける。
「それは結果的に、という話。偶然の産物でしかないでしょう」
「ええ、結果が全てです。何も生み出せず、巣の中で名だけを抱えて閉じこもるよりも、健全でしょう」
パキンと、空間に亀裂が走ったような錯覚を覚えた。
しかし誰もそれを気にせず、青のテヘレットが議題を進める。
「他にも、あのご息女の婚約について。相手が≪キメラ≫だという話を聞きましたが……正気ですか?」
「ええ、正気です。表向き≪キメラ≫という情報も、こちらから流しました」
「納得のいく説明を」
「その≪キメラ≫の血には、伝説と言える第一種族の≪アドム・タニン≫の血が混ざっております。これを他種族に知られぬよう、したまでです」
≪アドム・タニン≫の名を聞いた赤のアドゥマが驚く。
「それは真か!? 証拠はあるのだろうな!」
「ええ、ここに」
そう言って紫のカシェル卿が袖口から一枚の鱗を出す。
日本で回収した彼の鱗でった。
「これは……確かに既存の種族のものとは違うもの。だが本当に≪アドム・タニン≫のものなのか?」
「私は誰よりも英雄エトルリアと話してきました。彼女の話の内容と精査して、間違いなく本物かと」
第一種族、それは古であり伝説。
<消失時代>よりも前、繁栄をほしいがままにした種族。
今の時代でもわずかにだが残っているが、未だダンジョンの可能性の中に埋もれた種族も多い。
もしも本当に≪アドム・タニン≫の血があるのであれば……彼の功績で得られたモノの正式な後継者として、多くのモノを手中に収めることができるだろう。
「さて……皆様、納得されましたか?」
紫のカシェルが尋ねる。
赤のアドゥマも、青のテヘレットも、一言も喋らない黄のツァホヴァーも反論しない。
「では、これにて五色の会議を終えます」
全ての議題を片付け、彼女達はテーブルの上にあったものもしっかりと片づける。
代わりに、酒と供物が載せられた。
「それでは英雄エトルリアに奉納する前に毒見する……という体裁で、日本国から頂いたこちらのものを味わいましょうか」
「「「異議なし」」」
全員の意見が一致し、すぐさま酒の蓋が開けられる。
全員が思うがままにグラスに注ぎ、飲み、並べられたチーズを黙って頬張る。
そして一瓶が空いた頃になって、ようやくカシェル卿が口を開いた。
「あー、美味い! 本当に美味いこれ! 一先ずチーズでと思ったら色々用意されましてね。固いもの、炙るもの、溶けるもの……どのチーズも濃厚で素晴らしい!」
それに対し、青のテヘレットはグビグビと酒を呷る。
「こちらのお酒、酸味が少ないですわね。いやでも中々にクセがあって新しい感覚ですわ~!」
「まったく、少しはサゴルの奴を労ったらどうだ……あぁ、でも美味いなぁこれ! 次もこれ頼んでくれよ!」
先ほどまでの緊迫した空気は何処へ行ったのか……赤のアドゥマも大口で笑っていた。
そんな彼女達をたしなめるように、黄のツァホヴァーが口を開く。
「もう、皆さんはしたない……あ、この溶けるチーズに別のチーズをからめると新味覚! 凄い、凄い! これローテーションするだけで飽きずに全部いけますねぇ!」
厳格な≪ドルイド≫による会議場など何処へ行ってしまったのか。
もはや場末の酒場のようになってしまった。
「そうそう! あの<星堕>のノフェルもいたんでしたっけ? どんな男でした!?」
「もうお堅いところじゃありません。全身カチカチ、陶器かって思うくらい堅い人! あれを落とせる女はいないでしょうねぇ」
「けど~? そんな男が~? 自分にだけ優しくしてくれたら~?」
「くぅっ、たまりませんねぇ! デレデレじゃなくていい! ほんのわずか、自分にだけ分かる優しさ! そういうの、ずっと味がして良いですわ!」
もはや最初の空気など一握りすら残らず霧散してしまい、ただの飲み会と化していた。
「…………おぬしら、何をしとるんじゃ」
そしてその飲み会にやってきた客が一人。
<不朽の英雄>エトルリアが入ってきた。
「……コホン。日本から頂きましたモノに危険がないか、調べておりました」
「いや、もう取り繕っても手遅れだろう」
「……そうですね! まぁまぁ、ひとまず一杯飲んでいきましょう! その為に無理を言ってその場で加工してここまで持ち込んだのですから!」
困った子供を見るような目をしながら、エトルリアが酒を口に含む。
直後、まるでうずくまる様に地面に倒れてしまった。
「うっ……こ、これは……この酒……は……!」
倒れた彼女に誰も手を貸さず、どうなるかを見守る。
そして――――――
「酔える! 酔えるぞ! この酒ならば酔えるぞ!」
「おぉ、やりましたね! これでエトルリア様も一緒に楽しめます!」
様々な耐性を獲得するエトルリアだが、それは酒による酔いも同様であった。
酔いたい時があっても酔えない苦しみを少しでも和らげる為、≪ドルイド≫の彼女達は様々な酒を取り寄せていたのだ。
無論、この酒もすぐに耐性を獲得して酔えなくなるだろう。
だが、たとえ一時でも酔って忘れたいものがあることを知っている。
そもそも、酒とはそういうものだろうと割り切っていた。
さて……そんなこんなで始まった酒盛り。
皆々が盛り上がる中、エトルリアが紫のカシェルに声をかける。
「どうした、浮かん顔をして。いつもならはしゃいで踊っとるだろうに」
「いえ……これからのことを考えると、素直に酔えないものでして」
「あぁ、異世界側で蜘蛛の巣のようにダンジョンが繋がった問題か。心配ならワエ様が出てもいいんだぞ?」
「そうもいきません。もしも<時間簒奪者>が出てきた場合、あまりにも相性が悪すぎます」
どんな攻撃であろうとも復活して耐性を獲得するエトルリアであろうとも、耐性を獲得する前まで時間を戻されてはどうしようもない。
その時間干渉にすら耐性を獲得する可能性もあるが……失敗すれば、異世界側の絶対的な切り札を失うことを意味する。
何かあっても英雄がなんとかしてくれる。
逆に言えば英雄が落ちた時、世界が滅ぶかもしれない。
それを何とかしようと、紫のカシェルは奔走していた。
「まぁ<枝折>については<星堕>のノフェル殿とも打ち合わせます。各ダンジョンを分断する形で攻略していけば、最強の一本ではなく、恐ろしく強い数本の枝になるに留まるでしょう」
過去、異世界側は似たような事例で失敗したことがあった。
その際、その世界は完全にダンジョンに飲みこまれることになり、<侵略世界>となってしまった。
今もなお復讐の炎を撒き散らし、干渉してくる者達。
もはや敵対世界を滅ぼしても消えることのない残り火。
頭が痛く、忘れたくなる問題であった。
「ところで話は変わるが、イェルカの所の子が婚約したというのに、おぬしらの相手はまだ見つからんのか?」
宴会場の空気が一気に冷え、真っ白な冬が到来した。
「まぁ飲みましょう。今は飲んで忘れましょう」
「然り! そんな無理をして婚姻を結んだとて、お互いに不幸な結末になるばかり!」
「いや、無理はせんでもいいが努力はせんとマズイぞ?」
全員が黙り、一口酒を飲む。
そして再び騒ぎ始めた。
どうやら一口で記憶の彼方に投げ捨てたようであった。
そしてそんな幸せな時間にも、終わりは訪れる。
「皆様、私が倒れている間……随分と楽しまれていたようですわね?」
その場にいた全員が、音もなく扉を開けてきた緑のイェルカへと視線を向けた。
「……こうなったら最終暴力装置、黄のツァホヴァー! 出番であるぞ!」
しかし、彼女は既にいなかった。
誰よりも先に緑のイェルカの接近に察知し、この場から逃走していたのだ。
「おのれー! 裏切ったなー!」
「だまらっしゃい! これがいい歳をした淑女の振る舞いですか!? こんなに飲み散らかして……誰の目もないからといって、ハメを外しすぎですわ!」
緑の叱責が止まることを知らない。
こうなっては数時間は彼女の説教を聞くしかないことを知る者達は、黙ってその刑罰を受けることにした。
逃げた黄のツァホヴァーは、屋上で一人酒瓶を傾ける。
≪ドルイド≫最強である自分の出番が近いことを悟り、今を記憶する。
この先の犠牲を、己が命一つでどこまで減らせるかを考えながら、今だけは笑いながら酒に酔っていた。




