59話目:山谷の首
さて……目の前の脅威を退けたものの、それだけで話は終わらない。
むしろここからが本番である。
流されるがままであった山谷は、全てが終わったあとに全てを聞かされることに。
胃がさらに捻じ曲がる思いをするハメになった。
そして更なる苦難が来たことを、自衛隊員が告げる。
「失礼します……≪ドルイド≫からの代表者、カシェル様が直接来訪されました」
既に山谷の胃は、雑巾のように絞られた。
それからなんとか体裁を整え、なんとか大人数が収容可能な仮設テントにて会議が始まった。
会議というのは上品な表現であり、実際は言語というナイフを使った刺し合いだ。
改めて関係者各位が集まり、確認の為の情報共有がされる。
何名かの生徒は申し訳なさそうな顔をし、≪キメラ≫のアタレフは自分には関係ないと皮膚に残った鱗を一枚ずつ剥がしていた。
「ねぇ、アタレフくん。行儀が悪いよ」
「行儀だけじゃなくて育ちも悪くてな。それに虫の殻が残ってると変な感じなんだよ」
実際は≪アドム・タニン≫の血による竜の鱗なのだが、それを知らない彼にとってソレは見るのも嫌う虫の殻にしか見えなかった。
余談ではあるが、完全に巻き込まれである響の目は死んでいた。
一刻も早くここから帰りたいという気持ちしかなかった。
そんな中、最初に口火を切ったのは≪ドルイド≫のカシェル卿であった。
「先ずは皆々様が一番気になることから決めてしまいましょう。今回の一件、誰がどのような責任を取るのかについてです」
赤祢がクラスメイト達を騙したこと。
そしてテクマがイェルカの名を独断で利用したこと。
これにより異世界側、現代社会側において多数の人物が迷惑を被ることになった。
無論、死んだはずの八百名以上の犠牲者が甦ったことは功績である。
しかし一人を救ったからといって一人を殺した罪は贖えない。
大勢を巻き込んだのであれば、その罪を償わなければならないのだ。
この議題について、最初に声をあげたのは教師ノフェルであった。
「此度の一件、吾輩の監督不行き届きが原因。全ての責任は吾輩にあるかと」
赤祢もテクマも彼の生徒である。
だからこそ、その責は教え導く役目を負った教師にあると考えていた。
「あら、生徒の行動の全てに対して、教師が責任を負うものではありません。それに<星堕>のノフェル殿は、むしろ暴走する子を止めようと無理を押して救援に駆けつけられましたでしょう」
「ふむ……<黒の遺産>が破壊された際、かの英雄はその身一身で責任を負ったはずであるが?」
「あれはエトルリア様が実行されたからです。今回の一件の発端、ノフェル殿には一切の関与がないことは周知の事実でございます」
そう、かつて響が<黒の遺産>を破壊した際には共犯といった流れで<不朽の英雄>エトルリアその罪を背負った。
しかし教師ノフェルは今回の一件で活躍はしても失態は一切ない。
もしもこの場に山谷と彼だけがいたならば密約でどうにかなったかもしれなかったが、カシェル卿が絡んだ時点で不可能となってしまった。
今の山谷は、とにかくこの場を穏便に済ませること。
つまりは自分に責任が及ばないようにすることしか考えていなかった。
そんな彼を後押しするかのような意見が、カシェル卿の口から話された。
「そもそも……情報に何か行き違いがあったように思えるのです」
「い、行き違いといいますと……?」
「我々は日本へ<忌み枝>のダンジョンを攻略すべく、遠征隊を組んでおりましたが……それが少しばかり早まってしまったようなのです」
それは終業式の頃、関係者でもある赤祢の知る情報であった。
「つまり……此度の一件、学生が暴走したわけではなく、少しばかり手順を飛ばしてしまった遠征隊が先行してしまった問題だと……?」
「ええ、このような失態をおかし、誠に申し訳ございません。こちらに関しては改めて謝罪と、お詫びに良いお話をすることをお約束いたします」
これは山谷にとって望んでいた中でもっとも良い結果である。
自身には一切の過失がなく、相手だけに責任が負わせられる。
だが、あまりにも都合が良い……良すぎる話だ。
それを察してかどうかは分からないが、赤祢がおずおずと手を上げた。
「その場合、アタシはどうなるんでしょうか」
「異世界人の口車に乗せられてその世界へ向かったという事実はなくなりますので、我々から貴女に対して何かを求めるということはありません」
「じゃあ……テクマさんはどうなりますか」
一瞬だが、鋭い冷気が周囲を通り抜けた。
「イェルカの名を私的に利用したことは許されません。家紋と名を剥奪し、追放することが最も穏当な処罰になるでしょう」
「しかし、先ほどアタシに騙されてこっちに来たという事実がなくなったと――――」
「なくなったのは、貴女が騙したという箇所です。こちらに来た事実そのものは遠征隊の件を含めるので、消えません。そして遠征隊として来たのであれば、その際に起こった問題もその者の罪となります」
つまり、テクマがイェルカの名を利用した罪だけは絶対に見逃さないということである。
「――――とはいえ、私もそのような処罰は望んでおりません。何か情状酌量の余地があればいいのですが……たとえば、≪キメラ≫にそそのかされ、そのような蛮行をとってしまったとか」
カシェル卿と他の皆の視線が≪キメラ≫のアタレフへと向けられる。
それを受け、彼は諦めたかのような溜息をついた。
何かがあれば自分が悪くなる、はけ口にされる。
いつもと変わらない扱いで慣れていた。
しかし、それを許せるようなテクマではなかった。
「お、お待ちください! 彼は我々の為に命を懸け―――――」
テクマの息が詰まり、口が止まる。
カシェル卿から発せられる重圧が、それ以上の言葉を許さなかった。
「誰が頑張った、努力したという事は聞いていません。貴女にこの件に口を挟むだけの権利があるとお思いなのですか?」
≪ドルイド≫という種族は厳しいようで、身内判定にはだだ甘である。
故に他種族を犠牲にして身内が助かるなら、容赦なくその手段を行使するだろう。
これは所有物時代だった頃の名残でもあり、どの種族からも助けられなかったことに起因していた。
反論などできるはずもない……以前までの、彼女であったならば。
今は違う。
共に戦い、命を預け合った友を見捨てられるはずがない。
だから彼女は圧倒的に立場が上のカシェル卿の重圧を跳ね除け、とんでもないことを口走ってしまった。
「け、権利ならばあります! 彼は……その……私の婚約者なのですから!!」
「「「……………ええええぇぇぇぇ!?!?」」」
クラスメイト全員が思わず席を立ちあがり声をあげる。
そして肝心のアタレフは魂が抜けたかのように呆然としていた。
「……初耳ですが?」
「そ、それは、その、今まで言う機会がなく! ですが真実です! ひ、必要とあれば! この場で、せ、せせ、接吻してみせてもよいですわ!」
そこでようやくアタレフが正気を取り戻して反論した。
「おい待て! なに言ってんだ!? 冗談もホドホドにしろ!」
「じ、冗談なんかではありませんわ! 私は本気ですわよ!? 今、ここで証明してもいいんですのよ!!」
テクマが顔を真っ赤にして顔を近づけるも、アタレフが必死に抑える。
クラスメイトは信じられないものを見る目をし、赤祢は少し嬉しそうに口に手を当て、響は舌打ちした。
響は激怒した。
響には恋愛が分からぬ。
突如として目の前で繰り広げられた青春を除かなければならないと決意した。
「……婚約の段階でそこまでしなくても結構です」
真っ赤になりながら必死になっているテクマとは対照的に、カシェル卿の反応は冷ややかであった。
流石にこの空気はマズイと判断し、山谷が間に入った。
「まぁまぁ! 一旦! 取りあえず一旦、休憩といたしましょう! トイレを我慢している方もいらっしゃるでしょうし!」
そう言って一先ずは会議が中断された。
山谷は一抹の不安を抱えながら、トイレの個室に入る。
大きなため息をつき休んでいると、隣に誰かが入ってきて、同じように大きなため息をついていた。
「随分とお疲れのようで。大丈夫ですかな?」
「へ? あぁ、あの会議大丈夫かなって。ヤベー気がプンプンするんすよねぇ」
「気持ちは分かりますぞ。しかしイェルカの名については我々が考えたところでどうすることもできますまい」
「いや、そっちじゃなくて……上の人についてっすよ」
その言葉を聞き、山谷は自身の中にあった不安について尋ねる。
「このままあちらの言うことを聞いては、逆に首輪をつけられるという話ですかな?」
「そうそう。言うこと聞かなきゃバラして責任問題をなすりつけたりできますし、おすし」
「いやいや、そんな必要もない。隠蔽していたという事実が流れるだけで、市民は一斉にバッシングして関係者のクビが飛びますとも。実際にどっちが悪いかなどお構いなしでね」
「うわぁ~……めんどくさぁい……」
つまり、今回の一件が起きた時点で既に山谷の首には刃が当てられているようなものなのだ。
何か問題が起きれば飛ばして、新しいのにスゲ換える。
その時が来たというだけの話だ。
「それで……そちらはどうするのがいいと思いますかな?」
「え~? それなら逆に全部の責任をおっ被るのがいいんじゃないっすかねぇ」
「ほぉ、その心は?」
「どうせクビが飛ぶなら、次に繋げられる方がいいんじゃねぇかなと」
いざその時になって必死に自分は悪くないと主張したところで誰も聞く耳を持たない。
それどころか往生際が悪いと見なされ、二度と表舞台に上ることはできなくなるだろう。
そうなるくらいなら、むしろ未来ある若者のために泥を被ったという事実を得る。
そうすれば、クビを切られた後にも義の心を持つ人であると見られる。
その人気があれば、再び返り咲く可能性もあるというもの。
「まぁ、なるようにしかならんでしょうな」
「そうっすねぇ~」
山谷の覚悟は決まった。
どうせ政治家として死ぬならば、最後になるかもしれないこの花道を堂々と歩いてやろうじゃないかというやる気がムンムンと湧いてきた。
「ありがとう、音無くん。おかげで楽しくなりそうだよ」
「え……ふぁっ!?」
山谷はポーカーフェイスを外し、不敵な笑みを浮かべながらトイレから出ていった。
それから数分後、会議の再開と共に恐ろしい発言を出した。
「テクマさん、アタレフさん。我が国に亡命する気はありませんか?」
「へ!? ど、どういうことですの!?」
「いやなに。先ほど追放されるとかどうとかいうお話がありましたからな。せっかく我が国の脅威の一つを退けた方がそうなるのは忍びない。ですから、こちらで保護しようかというお話ですとも」
それを聞いたカシェル卿が机に手をつき、思わず立ち上がりそうになる。
それでもなんとか踏みとどまり、冷静な顔で意見した。
「我々の問題に口を挟むおつもりですか?」
「いやいや、そんな水臭い! 我々は手を取り合い、共に問題解決に向かう為に話し合おうとしているのではありませんか! そちらの手に余るならば、こちらが手を差し出すのがスジでしょう」
「ヤマタニ殿に、そのような権限はなかったはずですが」
「ええ、そうですとも。ですから、これは私の独断によって行われますな」
両者の間になんともいえぬ緊迫感が漂う。
一部の生徒は冷や汗を流すほどの重圧を感じていたが、山谷はむしろ涼しい顔をしていた。
「そもそも、この会議は来るべき未来をどうするかを決めるべき場。誰が悪いか、責任はどうかなど……それに比べればなんともくだらない! 特に子供に強いるだなんて馬鹿げてるとしか思えませんなぁ」
「少数に無理を強いて、大を生かす。上に立つ人間であるならば、当然の心構えでは?」
「ええ、それを否定するほど私も青くはありません。ですがね? それは手段の一つでしかありゃしませんよ。最後の最後に選ぶならともかく……最初から選ぶやつぁ、政治を語る資格をもっちゃいない」
「それは、誰に向けた御言葉でしょうか?」
「はははは! いやはや、お恥ずかしながらオッサンの自分語りというやつですよ」
かつて山谷は日本を変えようと政治家を志したことがあった。
日本を変えられぬならばシステムを。
システムを変えられなければ人を。
長く、長く生き続け……いつしか何も変えないようにしていた。
「ですがそのオッサンにも譲れんもんがあります。ガキぃ差し出して自分のイスを守るなんざみっともない真似、死んでも御免ですわ!」
しかし、今それを変えた。
かつて持っていた情熱は腐り溶けていが、まだ明かりが灯るだけの形を保っていた。
「さぁ、最初から話し合いましょうや。過去の穴をねちっこく探すのではなく、この先に残す為の未来をどうするかを!」
こうして政治家・山谷は一国……いや、一つの種族とぶつかりあった。
時にはおどけ、時にはなだめすかし……そして脅すことで舌戦を繰り広げる。
いつか役に立つだろうと磨いていたソレは、今となっては錆びだらけである。
だが、その錆が生み出す光がまるで真剣さながらの輝きを放っていた。
この異世界感における会議は夜明けまで繰り広げられ、決着した。
曖昧な灰色を許さず、スッパリと罪と責任に対して白と黒に切り分けられた。
日本側に不利な案件なども組み込まれたが、大した問題ではなかった。
初めは次の選挙や活動の為に必死に頭と舌を働かせていた。
しかし、舌戦のさなかに気付いてしまったのだ。
どうしてこんな面倒なことを進んでやらねばならぬのだと。
どうせ自分はすぐに職を辞してここから居なくなるというのに。
せいぜい次の奴に苦しんでもらおう、自分のように。
そう覚悟をした彼は、とてつもなく強かであった。
少なくとも、カシェル卿が最初に想定した流れを完全に断ち切り、今回の一件については完全にカタをつけてしまった。
それどころかこれから先を生きる若者への未来に、確かなる軌跡も生み出した。
満足だった。
山谷はこれで引退しても一切の悔いはなかった。
「……此度の一件、これにて決着でよろしいでしょうか?」
「ええ! いやはや、長時間にわたりお疲れ様でしたな。向こうへ帰りましたら、ごゆっくりとお休みくださいませ」
そう言う山谷であったが、むしろ内心では今から田舎でのんびり暮らすスローライフを想像して心を躍らせていた。
貯金を崩し、小さな家かアパートで気ままに暮らす。
なんと素晴らしい余生であろうか!
「失敬。今回の一件にて、一つだけ条件を加えさせてもらいます」
「はあ? いったい今更なにを―――――」
「サゴルの名に於いて。今回の取り決めが完全に執行されるまで、やり取りは必ずヤマタニ殿が立つこと。代理は認めません。以上」
そう言って、カシェル卿は表情を変えぬまま席を立つ。
「―――――――は?」
山谷の顔が崩れる。
それもそうだろう。
山谷は一足先に辞職し、田舎に逃げ帰るつもりだった。
だというのに、あちらは必ずヤマタニを出せという注文をつけてきた。
しかも、それを破るならば宣戦布告も辞さないという伝家の宝刀すら抜いて。
つまるところ……彼は逃げ切れなかったのだ。
「な……なぜ……どう、して……」
それもそのはず。
責任から真正面から逃げずに真正面から受け止める。
いざとなればその席を失ってでも我を通す。
それでいて相手側に一方的に不利になるような展開にせず、しっかりと話も通じる相手。
これほどの好条件な窓口など、他には存在しないといっても過言ではないのだから。
とはいえ、あまり損をさせれば彼が降ろされる可能性がある。
故に彼にも花を持たせ、共に利益を共有し、命尽きるその日まで面倒を投げつけようという算段なのだ。
こういった相手を見つけられただけでも、カシェル卿は得られる物が多かったと満足していた。
そして部屋から出る前、同族のテクマに向き直る。
「婚約の話。あれは口からの出まかせ、嘘ではないのでしょうね?」
怒られると思い背筋をピンと伸ばしていたテクマだったが、しっかりとカシェル卿を見据えて言う。
「無論ですわ! 一度口にしたからには、その言葉に責任を持ちます!」
「よろしい。貴女の母君には、イェルカの名を利用したことも含めてこちらから口添えしておきましょう」
カシェル卿はアタレフの机の上にある彼の鱗を凝視したあと、満足そうに頷いてから部屋を出ていった。
これにて、今回の一件は幕を閉じることになる。
これから先の未来、罪と責任を果たす為の旅路が待ち受けていることだろう。
その道筋は未だ暗くとも、ほのかな星光が照らしており、道先は明るかった。




