58話目:純粋なる不純物の顕現
「さ~て、今の君たちがどれだけ楽しませてくれるのか見せてくれよ」
<時間簒奪者>の合図と共に<黒の獣>が猛々しい尾を振るう。
赤が火、緑は生命、色はその種類によって起因するモノが違う。
だが黒は全く違う、全ての始まりではなく終わりを象徴する。
簡単に言えば黒は全てを混ぜ合わせた破壊色であり、物事を終わらせる意味を持つ。
つまり触れたものを終わらせる特性を持ち……簡単に言えば、防御が不可能なのである。
「お前達、下がっていろ。巻き込まれたいのならば止めんがな」
ならば眼前に迫る破壊に対して、<星堕>のノフェルの対処は……圧倒的な物量。
<鉱術>で生み出した主柱のような槍を、光すら捻じ曲げる理を持つ<深海術>でコーティングし、豪速で放つ。
<色術>ではないので多少の耐性はあるものの、それが内部まで突き刺さるだけではほぼ効果はない。
しかし、このコーティングが剥がされ槍が破壊された時こそが本領である。
中に凝縮された緑色の力が内部から炸裂し、黒の獣の構成要素を汚染、弾けさせる。
一滴のインクが清水を汚水に変えるように、コップどころかプールごとぶちまけられた緑によって、黒は一瞬で塗り潰されてしまった
「へぇ、いまってそういうのもあるんだ。面白いね! こうするのかな?」
そう言って<時間簒奪者>は黒玉を生み出し、それを見様見真似の<深海術>でコーティング。
それを無造作に投げつけた。
破壊すれば中の破壊をもたらす黒が奔流する。
<星堕>のノフェルは極小の<緑の館>で包み、それを<鉱術>によって遥か空の彼方へと追放。
宇宙に漂うデブリが一つ消滅し、なんとか難を逃れた。
たった一つの失着が己の命のみならず、生徒すらも失う状況。
今まで一度も経験したことのない重圧を受けながらも、彼は悠然と脅威に立ち阻んでいた。
その一方で、アカネ達は自らの無力さを痛感する。
この惨状の原因は間違いなく自分達のものであり、その後始末を教師に押し付けていたからだ。
無論、<星堕>のノフェルはそう感じていない。
むしろ独断であろう、とここまで戦い抜いたことを評価していた。
けれども、アカネはこのままではいけないと考えていた。
確かに自分たちの恩師は桁外れに強い。
自分達という足手まといがいながら、神ですら追放することしかできなかった<時間簒奪者>と対等に戦えているのだから。
しかしそれは今だけであり、このまま時間が経過すれば押し切られる可能性がある。
あちらと違って、<星堕>のノフェルには守らなければならない弱点を抱えており、それを守るためのリソースを常に吐き出させられているのだから。
そう……彼一人であるならば、ここで足を止めて全ての攻撃を相殺しなければならない理由はないのだ。
だからこそアカネは必死に考える。
信じて待つだけなら誰でもできる。
今ここで何かを変えることができるのは、この場にいる自分達だけなのだから。
そうしている内に<時間簒奪者>によって再び<黒の獣>が呼び出されてしまう。
<色術>の黒さえも実現できない自分には到底届かない高み。
四色の術を扱えるといっても、黒まで到達はできない。
―――――ならば、皆の力を合わせればどうか?
皆の中にある色を集め、それを混ぜて黒とする。
今までやったことのない試みであるが、理論上は可能である。
皆の持つ魂の色を集めて混ぜ合わせる。
しかし、まだ足りない。
そこでここまで戦闘への関与が少なかったヒビキにも協力してもらうことにした。
「えっと、ヒビキ……くん? ごめんなさい、今から鎖で繋ぎます。魂を……色の力を貸してください!」
「へ? よく分かんないけど、危険じゃないなら!」
ヒビキも現状を打開する方法を考えていた。
しかし、それを実現するにはあらゆる力が足りていなかった。
例えこの試みが失敗するとしても、断る理由がなかった。
こうしてアカネは皆の魂と色を束ねた。
誤算があったとするならば――――――その色に混ざりモノ……否、純粋すぎるが故の不純物が入り込んだことだった。
「今こそ五色を混ぜ合わせ、一つの到達点……黒へと至る。産まれ出でよ、破壊の権化! <■■の獣>! ―――――――え?」
ソレは混ぜてはならぬモノであった。
ソレは色という範疇に収まらなかった。
ソレは顕現させてはならぬモノであり、ソレは<消失時代>を発生させた原因の一つであった。
最上級である黒と白……その先を夢見て、神と人類が見つけてしまった色。
否、ソレが見つけてしまったのだ……神と人類、そして世界を。
権限したソレを見てしまった。
アカネ達も、<星堕>のノフェルも、<時間簒奪者>すらも。
目を奪われた、意志を奪われた、経過する時間すらも奪われた。
停滞する時空間において、ソレはあらゆるモノに浸透し侵略しようとした。
抵抗はできない。
抗う意味すら存在できない。
何色でもないその不純物の塊は獣を形取り、世界へと這い出ようとしていた。
まさに今、再び世界が消滅するかどうかという瀬戸際において……圧倒的なソレの存在感を無視してヒビキが駆ける。
<時間簒奪者>への攻撃は意味はない。
しかしアレは未だ<遭難者>であり、ダンジョンの中でしか存在できないモノ。
故に、彼が向かった先は……穿ち突き刺されたままとなっていた骨の獣であった。
ダンジョンを踏破すれば、ダンジョンは消える。
どれだけ強かろうと、ダンジョンが消えてしまえば<時間簒奪者>はこちらへ干渉することができなくなる。
だからこそ彼はひたすらのそのチャンスのみを狙い、そのほかの全てを無視していた。
虫の息である骨の獣すらも■■に目を奪われ、動かない。
彼は眼前で残った弾を全て骨の獣の頭蓋に叩き込み粉々にしてみせた。
しかしダンジョン化は解けず、<忌み枝>は出てこない。
「クソったれ! あっちもかよ!」
獣は肉と骨の二対一体。
紫の鎖に縛られていた肉の獣は、未だ生きていたのだ。
しかしヒビキに武器はもうない。
術も使えなければ、唯一使える<奏術>すら役に立たない。
無駄だと分かりながらも、拳で捨て身の一撃を叩き込むも一切のダメージがない。
今まさに、彼の頭上には出てはならぬモノが出てこようとしているが、彼はそれに気付かない。
否……彼の他にも、気付かなかった―――――気付こうとしない者がいた。
「オオオオオォォォ!」
≪レギオズ≫のエヴェドが渾身の投擲で、肉の獣の顔面に槍が突き刺さる。
かつて彼から意識を逸らしたことで<時間簒奪者>の接近を許してしまった。
もう二度とそんな失敗はおこさないと、常に気を張っていたことで、■■からの侵食から逃れていた。
だが肉の獣の絶命にはまだ至っていない。
エヴェドが槍にしがみつき、さらに奥深くまで突き刺そうとする。
しかし圧倒的に力が足りない。
量産された種である≪レギオズ≫では、文字通り力不足であった。
それでも諦めることなどできるはずがない。
<鉱術>で槍を手元に引き寄せ、今度は全体重をかけて突き刺す。
槍の半ばまで突き刺さるも、そこまでであった。
肉の獣の中にわずかだけ残った心臓には届かなかった。
刹那、エヴェドに繋がる鎖から意志が流れ込む。
それと同時に≪キメラ≫のアタレフが槍の一番後ろへと拳を叩き込む。
凄まじい衝撃が加わるも、穂先はまだ心臓に至らない。
≪キメラ≫のアタレフが深く息を吸い、意識を集中させる。
≪キメラ≫の身体というものは歪なものである。
普段は意識して抑えているが、それを失くせば身体がどうなるか分からなかった。
だが、彼はあえてその抑えを消すどころか……肉体の制限を解除した。
混ざりモノの血流を全身に駆け巡らせ、異形の肉体を解き放つ。
筋肉は肥大化し、今まで隠していた複腕の羽が広がる。
そして皮膚には鱗が生え、口からは赫色の光が爛々と漏れ出ていた。
第一種、アドム・タニンの血。
<消失時代>よりも前に存在していたとされる鱗を持つ者。
第一種は偉業を成した個人の名が、種族の名と成ったもの。
かつてアドム・タニンの血は<消失時代>によって失われたとされていた。
しかし、誰もが知らぬ中でもその血は脈々と受け継がれていた。
たとえ誰にも知られずとも、迫害されようとも、その血潮の熱さだけは途絶えることがなかった。
変貌した己の肉体を省みることなどなく、彼は最後の力を込めて拳を槍へと叩き込む。
最後の足掻きか、凝縮された肉が槍の進みを遅くする。
ここまでやっても届かないのか―――――諦めようとする彼の前に≪レギオズ≫のエヴェドの背があった。
「諦めちゃダメだ! まだ……まだいけるはずだろう!?」
漏れ出る赫色によってエヴェドは顔が灼けている。
だというのに、彼は槍を掴み一歩でも前へと進もうとする。
ヒビキも槍を掴み、その一歩を踏み出そうとする。
脆弱で、貧弱で、弱々しくて後ろにいた奴らが前に出ている。
まるで守られているかのようなその光景に反逆すべく、アタレフも最後の一歩を踏み出した。
心臓へと届いた。
赫色が槍を伝導し、穂先まで伝わる。
穂先の赫色が心臓まで伝わり……爆ぜた。
あまりの衝撃に槍の柄すら粉々に砕け散る。
そしてそれと同じように、肉の獣の肉体もバラバラとなってしまった。
主を失ったダンジョンはその形を失い、時空間と共に再び可能性の海へと戻されていく。
留まる為の世界が崩れたことで、不純物のソレも、いつの間にか消えてしまっていた。
それと同時に、全員の意識が戻る。
いつの間にかダンジョンが崩壊していることに気付き、<時間簒奪者>は残念そうに溜息をはいた。
「あぁ~、しまったなぁ。ダンジョンの主の方を狙われちゃったかぁ。ぼくが気付けなかっただなんて、やるじゃん」
不純物の記憶はなく、何事もなかったかのように話す。
しかし、記憶の奥底にソレはこべりついていた。
だからだろうか、何かとてつもないことが起きたことだけは理解していた。
「ダンジョンなくなっちゃったし、ぼくはまた可能性の海に逆戻りか。アカネちゃん、来たくなったらいつでも来ていいからね」
まるで門限が来たから帰るかのような口調で、アカネにそう告げる。
「あぁ、あとそっちの生意気そうなの。顔、覚えたからね。次は殺すから」
まったく同じ口調で、ヒビキへ殺人予告を下した。
「へっ、もう二度と会わねぇよ! 無数の可能性の中で俺に出会える可能性なんて、万に一つもねぇからなぁ!」
「いいや、会うよ。絶対に、必ず。再びアカネや君と会ってみせる。ぼくにはその力があるんだ」
その言葉には確固たる力があり、虚勢とは思えないほどの圧があった。
ヒビキは自分の行いを、少しだけ後悔した。
「あ、そうそう。そっちの先生さん? 楽しかったから一つだけ良いこと教えたげる。ここのダンジョンは別の場所と繋がっててね」
「……なに?」
「接ぎ木の技術って知ってる? ダンジョン同士を合わせることで、ダンジョン踏破で成長する枝が、もう一方に繋がって成長するやつ」
それを聞き、<星堕>のノフェルは明確に不機嫌そうな顔をした。
「それは禁忌であり、知る者は限られているはずだが」
「ぼくのいた頃はそうじゃなかっただけ。それで、ここの枝は地中の小さな洞窟?みたいのがあって、それで海の向こうのダンジョンにも繋がってて、それどころか世界中で繋がってるみたいだよ」
地中の洞窟……いわば海底ケーブルのことである。
つまり<時間簒奪者>の言葉が正しければ、世界中のダンジョンが繋がっており、ダンジョンを踏破するほどに他のダンジョンが成長していくのだ。
「それを吾輩に聞かせ、どうしたいのだ?」
「え? ワクワクしない? 全部のダンジョンが壊れて、最後まで成長した枝……どんなものになるんだろう! 楽しみで仕方がないよ!」
そんなものが出来上がれば、一つの世界が滅ぶだけではすまない。
下手をすればダンジョンとなった世界が、他の世界へと根を伸ばし、そこでダンジョンを生み出し成長しようとするだろう。
「古き時代の老人によるふざけた戯言だな。そんなもの、許すわけがなかろう」
「許す、許されないで存在を消すことはできないよ」
ケラケラと挑発するように笑う<時間簒奪者>を、<星堕>のノフェルは睨みつけることしかできなかった。
「おっと、そろそろ時間みたい。完全に時間を掌握できてないと、ままならないね。じゃ、まったね~♪」
そう言って神話の時代のトリックスター、<時間簒奪者>はダンジョンの残滓と共に消えていった。
予想外にもたらされた情報は深刻であり、世界存亡に関わるものである。
それでも今だけは、目の前の脅威を退けたことに祝福を捧げられるべきであろう。




