56話目:縛るにあらず、繋がるが故に
突然の破裂音に、その音のもとへと視線があつまる。
ヒビキの手元にある銃。
銃口からは硝煙が漂っており、撃ったばかりだというのが分かる。
その銃口の先にいたアカネが、自分の胸に手をやる。
しかし傷口などは見当たらず、代わりに背後で何かが倒れる音がした。
「え……<時間簒奪者>……!?」
慌てて全員が飛び退いて距離をとる。
しばらくの沈黙のあと、倒れた身体がピクリと動いた。
「うぎゃー! やられたぁー! ま、まさかこんなところで――――あれ? 台詞、合ってるよね?」
再度ヒビキが二度発砲し、<時間簒奪者>の顔に穴を開ける。
しかし、まるで時間が飛んだかのように元の顔へと復元されてしまう。
「こんチクショウめ!」
ヒビキが悪態をつきながら適当な肉片を投げつけて服を汚すも、それすらも元に戻ってしまった。
「そういう台詞は悪者役のぼくが言うはずなんだけどね。まぁいいや!」
服を汚され、顔に穴を開けられたというのに意にも解さず、<時間簒奪者>は時間を飛ばしてアカネの前へと来た。
「スゴいね、君! まさかあの状態から戻れるなんて思いもしなかったよ。いやーほんと素晴らしい! 偉い!」
無造作に距離を詰められ、急に頭を撫でられる。
あまりにも突拍子のない行動に、アカネも反射的に<色術>を放つ。
赤色よりも輝ける赫色の爪が<時間簒奪者>を切り裂くも、血すら出る前に元に戻ってしまう。
「君のこと、急に好きになってきたよ。どう? ぼくと一緒にこない? ここにいる奴らの可能性があれば、ぼくもここから出られるからさ」
「……アタシは、アナタのことが大嫌いになりました。帰ってください」
殺すつもりではなかった攻撃だったが、それでも<時間簒奪者>の持つ復元能力は異常なものであった。
攻撃が効かないわけではない。
身体は傷つくしいくらでも攻撃を加えられる。
だが死なない、致命傷に至らない。
アカネの頭の中に様々な攻撃法が浮かぶが、どれも決定打に欠けていた。
一方で、ヒビキは既にここからどう逃げるかを考えていた。
例えば攻撃が当たる瞬間に時間が止まり回避される、無効化されるというのであればまだ何とかなった。
それは逆に言えば有効な攻撃を当てるこそさえできればいいのだから。
しかし、この<時間簒奪者>は脳天と顔に弾丸をブチ込まれたというのにピンピンしている。
それどころか、ヒビキに対して敵意を抱いていなければ気にもしていない。
完全なる徒労であり、無駄な行為であるということだ。
「う~ん、そっか。そいつらが邪魔なんだ。じゃあ片づけてもらおっかな」
<時間簒奪者>が指を鳴らした瞬間、床に万遍なく広がっていた肉が盛り上がり、獣の形を模した怪物が立ち上がった。
「時間を奪ってたけど、もういいや。やっちゃっていいよ」
それに応えるかのように、肉の獣が咆哮する。
このまま受け身であれば負ける、アカネはそう確信した。
「ごめん、皆……力を貸して!」
アカネは紫の瞳が開き、幾重もの鎖が這い出てくる。
紫の鎖は<時間簒奪者>ではなく、まるで枷のように仲間達の首へと巻き付いた。
これこそが一度は人を乗り越え、<羽化>をも克服した彼女だけの力。
この鎖は縛る為ではなく繋ぐ為のもの。
≪キメラ≫のアタレフと共に前衛のパーティーメンバーが距離を詰めて肉の獣へと攻撃を加える。
さらに前衛のパーティーメンバーから、本来使えるはずのない<色術>と<鉱術>による波状攻撃が行われる。
トドメといわんばかりに≪レギオズ≫のエヴェドによる渾身の投槍がメンバーの背中に迫るも、紙一重で回避し、肉の獣の心臓へと突き刺さった。
これこそが紫の鎖による力。
繋がった鎖が互いの意志をタイムラグなしで交信させる。
さらに<羽化>寸前だった時のように、自分の術を他者を通じて放つこともできる。
これを統率しているのがアカネ。
全員の意志を自身に集約させて、最適な動きを直接身体に伝達させる。
全てを計算し、まるで操り人形のように身体を動かし戦わせる。
しかし人形とは違う点は、彼らには確固とした意志があり、それはアカネに委ねられているということだ。
今まさに、皆が一つとなって戦っているのであった。
「うおー! がんばえー! がんばえー!」
……余談ではあるが、ヒビキはこの鎖に繋がれてはいない。
クラスメイトではないし、出会って間もないので仕方がない。
そもそも、アカネはどうして彼がここにいるのかも知らないのだから。
さて……巨体の敵を戦う際は死角からの攻撃で前衛が崩れることが多い。
なにせ身体が大きいせいで、ただの横薙ぎであってもどの範囲まで下がればいいのか、どこか安全なのかが分からない。
後衛が声をかけたところで耳から情報が入ってから脳にいき、そこから思考して回避行動に移っていては遅すぎる。
だからこそ前衛にタンクとしての役割が求められることが多い。
回避よりも簡単で、対応できる幅がとても広いからだ。
だが紫の鎖に繋がれている彼らはそれを凌駕する。
なにせ自分の後ろにも目がついているようなものであり、一切のタイムラグを考慮せず情報が来るのだ。
ただ力任せに腕や複腕を振るう肉の獣の攻撃など、当たるはずもなかった。
だが、アカネには漠然とした不安があった。
「おー、いいぞー! やれやれー! 弱点はもっと後ろにもあるぞー!」
けしかけた肉の獣が劣勢であるというのに、<時間簒奪者>の顔に焦りはない。
それどころかヤジを飛ばす始末である。
そしてその理由はすぐに分かった。
「う~ん、動き悪くなってきたね。じゃあ戻そっか!」
<時間簒奪者>が軽く手を振るう。
その隙を狙い、ヒビキが再度<時間簒奪者>へ銃撃を行うも、肉の獣と一緒に全ての傷が元通りになってしまった。
いくら時間を操れるといっても万能だとは思えない。
故に肉の獣の時間を戻している間は<時間簒奪者>には適用されないと踏んでいたのだが、一切の効果がなかった。
「さぁ、次はもっと派手にいこう。ほ~ら、がんばれ♪ がんばれ~♪」
戦闘が再び振出しに戻るも、アカネ達は諦めずに戦う。
同じように戦い、同じように傷つけ……同じように戻される。
徒労だ。
何をやったところで、時間には抗えないとつきつけられているかのような戦い。
それでも皆が前を向いて戦えているのは、アカネの気持ちが皆に伝わっていたからだろう。
一方で、ヒビキは切り札を切るべきかを思案する。
恐らく賭けであり、もしも露呈すれば泰然自若としている<時間簒奪者>すら止めに来ると確信している。
故に絶対に失敗は許されず、もう一つの案……見捨てて逃げるという手も考えていた。
逃げて、生き延びて、異世界最強を連れてくる。
もっとも太い勝ち筋だが、あまりにも時間がかかる。
ここからゲートまでの距離、そこから本校に繋げるまでに必要な説得の時間、そして本校で英雄アトルリアに事情を話してここまで来る時間。
この作戦をとるならば、もっと最初の段階で逃げるべきだったと後悔するが、すでに手遅れである。
既に何度目の復活だろうか。
前衛の傷を後衛に回し、祈り手に治癒させる。
体力すらも限界まで前衛に共有させているのに、それでも追いつかないほど疲労と負傷が重なる。
こうなれば時間を戻せない状況を作り出すしかないとアカネが考える。
先ほどまでとは違い、前衛を固めずあえてバラバラに移動させる。
周囲から削るようにダメージを与え、暴れさせ、消耗させる。
「よし……いまっ!」
アカネの合図と同時に紫の鎖が実体化する。
肉の獣が周囲に張り巡らされた鎖に絡めとられ、前衛のメンバーが全力で締め上げる。
時間はいつも、倒された後に戻される。
ならば常にダメージを与え続ける状況、時間を戻しても進み続ける状況にしてしまえば防げると考えたのだ。
肉が締め上げられ、生々しい音が響き渡る。
鎖を千切ろうと抵抗するも、暴れれば暴れるほどに鎖が肉へと食い込む。
やがて肉は裂け、骨までが見えるようになった。
肉の獣は天を仰ぎ、まるで皮を剥かれる果物のように皮膚が剥がれていき―――――脱皮した。
「―――――え?」
肉を脱ぎ棄て、骨の獣と化した。
自由となった骨の獣がアカネへと狙いを定める。
前衛は散っており、とうていカバーには間に合わない。
このままアカネが死ねば、そのダメージと痛覚のフィードバックが全員に向かう恐れがあった。
アカネは皆を繋ぐ鎖を外し―――――死を、受け入れた。
「アカネぇ!!」
≪ドルイド≫のテクマが必死に手を伸ばすも、届かない。
既に体力も尽き、庇うどころか歩くことすらままならない。
誰も彼女を助けられない。
アカネは最後に大きく息を吸い……疲れたように、吐き出した。
「アカネ生徒、減点。命を失う前に諦めるは、落第ものであるぞ」
直後、体育館を突き抜けるほどの轟雷と共に何者かが降りてくる。
それと同時に降り注ぐ銀色の支柱が、骨の獣を地面に縫い付けた。
それを興奮した様子で見ていた<時間簒奪者>が、ワクワクとした声で問いかける。
「うわー、やるじゃん! 君ってば何者なの!?」
「コハヴ・ノフェル。今はただの教師である。悪いが吾輩の生徒達だ、連れ帰らせてもらうぞ」




