55話目:輝ける<開望の光>
「<混沌の墜とし児>!?」
突然のカミングアウトに動揺が走る。
しかし、アカネの方に動きがあった為に全員が一旦言葉を飲み込んだ。
うごめく鎖が宙を彷徨い、周囲の肉の中へと刺し入る。
中から出てきたのは肉のパーツ。
まるで糸に絡めとられた操り人形のようにぎこちない動きで、襲い掛かってきた。
皆が不器用な体当たりを避ける中、一人だけ直撃してしまう。
「ぎゃふん!」
言わずもがな、被害者はヒビキ一人である。
これが本当に<混沌の墜とし児>なのかと疑いの目が向けられていた。
「うぅ、いたい……いたいよぉ……祈手さん、たんこぶできてない? 毒とかの状態異常になってない?」
「いえ、特にそういうのはないようですが……」
「チクショー! よくもやってくれやがったな! 二葉亭四迷!」
去年まで一般人であったことが信じられないほどに、ヒビキの射撃は正確に鎖のついた肉のパーツを撃ち抜いた。
撃ち抜かれた肉のパーツはグズグズと溶け、地面へと落ちる。
「へへっ、こういう奴はまず雑魚から片づけるのがお約束だよなぁ?」
縛るものをなくした鎖は何かを探すようにフラフラと動き、再び肉の中へと潜り込む。
そして他の鎖に繋がれた肉のパーツが、一斉にヒビキへ向いたかと思えば<赫色>の術を一斉発射してきた。
「あかん死ぬぅ!?」
まるでネコに見つかったネズミのように這いまわり、転げまわり、なんとか回避に成功する。
その間に先ほど肉のパーツをなくした鎖は、また別のパーツを繋げていた。
「ふぅ……だいたい分かったわ」
「己の不明についてですか?」
「雑魚の攻撃は痛いだけ、厄介なデバフもなし。雑魚を攻撃すると発狂モードに入るから、本体だけ狙えばOKってこと」
「アナタ真面目にやれるなら最初から真面目にして頂けませんか!?」
彼はこの中で最弱である。
しかし、必ず初見で殺さなければならなかった。
なにせたった一度のやり取りで攻略法を確立させてしまったのだ。
これほど厄介な<探索者>はそういないだろう。
「俺はマジメに本気でふざけてるんだ! まぁ弱点さえ分かればこっちのもん、後は囲んで殴って棒で叩けば勝ちよ!」
周囲に浮遊していた肉のパーツから、赫色の何かが漏れ出ている。
どうやら術を使う溜めの動作に入ったらしい。
「……ごめん、発狂モードって切れないみたい」
赫色の乱反射が体育館を駆け巡り、望まれぬ者達を焦がそうとしてくる。
心なしか、ヒビキへと向かう光線量が他者よりも多かった。
「ウオオオオォォ! 俺が引きつけてるうちに! というか死ぬ前に早く奴をやれえええぇぇ!」
人体の不思議かと思えるような動きで回避しながら、直撃しそうなコースがあればそのパーツを攻撃して破壊。
伊達にここまで生き残ってはいないという立ち回りを見せていた。
とはいえ、他のパーティーメンバーにも攻撃の手が及んでいる。
だが、ヒビキとは違いまるで追い払うかのような攻撃が見受けられた。
そんな中、≪キメラ≫のアタレフだけが躊躇なくアカネへと肉薄した。
赫色の光線が死角から彼へと放たれるが、それすらも織り込み済みであり、避けた先にいたアカネへと直撃する。
鎖が防いだものの鎖は真っ赤に劣化し、≪キメラ≫のアタレフはひび割れた鎖を破壊。
無理やりこじ開けた隙間から彼女の瞳を見つけた。
まるで涙の代わりかのように彼女の瞳から鎖が流れ出てくる。
恐らく鎖をいくら破壊しても、この瞳を壊さない限り無限に出てくると思わせた。
しかし彼は破壊するつもりはない。
そもそも、<羽化>した者を殴って正気にさせられるとは思っていなかった。
ヒビキはまだ半分だと、まだ間に合うと、引っ張り出せと言っていた。
故に、かつて彼女の心象風景へと触れた己の瞳の奥にある光……<開望の光>を輝かせ、直視する。
あの時は暴く為に。
そして今は助ける為に。
今まで誰にも助けられず、助けてこなかったアタレフが、初めて誰かを救う為に身を投げ出した瞬間であった。
光の本流に先にあった場所……それは、今まさに自分達がいたはずの校舎であった。
しかし彼らが見ていた校舎とは雰囲気がまるで違う。
爽やかに教師に挨拶し、登校する学生達。
晴れやかな天気の元、運動に勤しむ学生達。
平和で日常的で、今まで彼が見たことのなかった平穏がそこに実現していた。
その風景に心が飲み込まれそうになるが、顔を叩いて気を取り直す。
今、意識の外では仲間達が必死に戦っている。
一刻も早く赤祢の正気を取り戻さなければならなかった。
校舎に入るも、異物であるはずの誰も彼を咎めない。
まるで幽霊になったかのような気分で校舎を歩く。
平和な授業風景、教師に怒られている生徒、和気あいあいと廊下で笑い合う生徒達。
もしもこの世界で産まれていたならば、自分もこの中にいたのだろうかと考え……すぐに頭から振り払った。
ここの空気が彼自身へ何かしらの影響を与えているのか、まるで取り込もうとしているかのようにも感じられた。
そんな中、彼は遂に見つけ出した。
教室で友達と一緒に談笑しており、それがアタレフの心をいらつかせた。
乱暴に扉を開け、赤祢へと詰め寄る。
「面倒かけさせやがって……帰る時間だぞ」
赤祢の手を掴み、無理やり立たせる。
しかし、彼女は怖がりながらも抵抗した。
「だ、誰ですかアナタ……いきなり何なんですか……!?」
赤祢の心はこの校舎という殻に閉じこもっている。
これが一人だけの力による殻であればアタレフだけでも破壊できるが、そうではなかった。
この心象風景は犠牲者全ての心を繋げて作り上げた空間。
彼女の鎖が人々を繋ぎ、思いを継ぎ接ぎさせ、歪みながらも完成させた楽園。
だから、彼女をここから連れ出そうとするアタレフは赤祢以外からすれば敵であった。
周囲にいた女子生徒がアタレフにしがみつく。
「逃げな、赤祢!」
その言葉がスイッチになったかのように、彼女が走って逃げだした。
「チィッ……待ちやがれ!」
しがみつく女子生徒達を無理やり引きはがし、後を追う。
今はただの女子学生である赤祢の足ならばすぐさま追いつけるはずが、一向に追いつけない。
見れば、彼と彼女の心の距離を表すかのように廊下が不自然なまでに伸びていく。
さらに教室からは亡者の群れかと思わせるような生徒や教師達が、出てきては彼にしがみつき妨害してくきた。
まるで、どれだけだけ走ろうとも絶対に追いつけはしないと思わせるかのような状況だった。
だが、そんなことでは諦めない。
この程度、困難と呼ぶまでもない理不尽を浴びるほどに味わってきたのだから。
走り、しがみつかれ、引き剥がし、ひたすらに追い、更には窓からも飛び降り彼女を追う。
そうしてようやく屋上にまで追いつめることに成功したのであった。
「ゼェ、ハァ……ようやく追い詰めたぞ……おら、帰るぞ」
今度は怖がられないよう、無理やり掴むのではなく手を差し出す。
それでも彼女の目には、その手が恐怖の対象に映っていた。
「なんですかいきなり……あなた誰なんですか? アタシをどこに連れてく気なんですか!?」
「……オレが誰かなんて、どうでもいい。だが、お前をダチのところへ連れていく。それだけだ」
「友達? それならここにいます! みんな、みんないます! 帰ってください!」
その叫びに呼応したかのように、屋上の扉から一斉に生徒や教師達が出てきてた。
まるで津波のようなその群れに対抗できず、アタレフはそのまま取り押さえられてしまった。
「今ここでお前が駄々こねてる間も、外で仲良しごっこの奴らが戦ってる。そいつらが死んでも、いいってのか?」
アタレフが赤祢に接触してから、明らかに彼女の動きが鈍った。
何をしているのかは分からないが、何かをしているということを察知した皆が彼を守ろうと、引き剥がそうとする鎖を必死に抑えつけていた。
「そんなの知らない! 頼んでない!」
「あぁ、そうだな……頼んでもないのに勝手にやる、命知らずのバカ共だよ……」
「死にたくないなら帰ればいいじゃないですか! なんでそんな無茶なことしてるんですか!?」
「――――――お前が、大事な友達だからなんだってよ」
その一言に思わず赤祢の瞳から涙が零れ落ちそうになる。
それでも何かを絞り出すかのように、赤祢の口から言葉が漏れ出る。
「アタシの友達ならここにいます……みんな、みんなここにいます……」
「もう……全員死んじまったよ」
「ええ、そうですよ! その通りです! だからアタシはここにいるんです!」
堰を切ったかのように、赤祢の感情が奔流する。
「あの日、アタシは逃げるべきじゃなかった! 助かるべきじゃなかった! みんなと一緒に……ここで死ぬべきだったんですよ!」
思い切り叫んだせいで肩で息をする。
そして懇願するかのような声色で、語り掛けた。
「だから……アナタもその人達と一緒に逃げてください……アタシなんかに構わないで、生きてくださいよ……」
「いいや、無理だね。そんなんで諦められるほど良い子じゃねぇよ、あいつらは」
「なんで……どうして、そこまでして……?」
「…………大切な、友達だからだろ」
赤祢が声を押し殺し、むせび泣く。
大切だから生きていてほしいのに、大切になってしまったから縛り付けてしまっている。
因果の鎖が、道連れを増やそうと彼女の周囲に絡みつく。
もはや誰も逃れられず、その全てを巻き込み滅びようとしていた。
ふと……アタレフを取り押さえていた者達が急に動き出した。
赤祢が何かをしたわけではない。
その人の列は、何か目的があるかのようにどこかへと動き出す。
気になった赤祢とアタレフは、その列の後を追った。
一緒に進むにつれ、何か音楽が聞こえてきた。
卒業式の曲、そして飽きるほどに聞いた校歌。
ゴールとなる体育館では皆が着席し、彼女を待っていた。
赤祢が顔を引きつらせて後ずさりするも、後ろにいたアタレフにぶつかってしまう。
こんな時、なんと言ってやればいいのかが彼には分らなかった。
励ませばいいのか、叱ればいいのか、優しくすればいいのか……。
だから、心の赴くままに言葉を紡いだ。
「見ろ……皆が、お前を待ってるぞ」
「っ!?」
その言葉に押し出されたかのように、赤祢は歩みを進めて自分の席へと座る。
あの日、中断されてしまった卒業式が再開された。
校長が一人一人の生徒の名前を呼び、卒業証書を渡す。
たったそれだけの行事だというのに、赤祢は死を宣告される死刑囚のような気持ちであった。
自分の名前だけは呼ばれないでほしい。
そう思いながらも無慈悲に式は進行していく。
震える赤祢の背を、アタレフはただ見守る。
「三年C組、天星 赤祢」
「は、はいっ!」
思わず反射で上ずった声を出してしまう。
心の準備はできていない。
しかし、返事をしたからには立ち上がらねばならない。
赤祢は緊張した様子で立ち上がり、登壇する。
「天星 赤祢。あなたは三年間、この学校で立派に学びました。卒業、おめでとうございます」
「ご……ごめ"ん"な"ざい"……あ"だじ……あ"だじ……!」
赤祢は顔中が涙でぐしゃぐしゃになりながら、震える手で卒業証書を受け取る。
ただ申し訳なく、悲しい気持ちでいっぱいで、謝罪の言葉すら満足に告げられない。
「天星さん。違いますよ」
「あ"………あ"っ…………」
校長の優しい声で、気付いた。
彼女は振り返り、その場に列する皆に向き直った。
「おどうざん……おがあざん……ぞれに、みんな……! 今までずっと……ずっと、ずっど……本当に、ありがとうございました……っ!!」
これまで復讐の為に思い出を赫色に投げ出していた。
見ることもツライ幸せな思いを赫色に塗りつぶし、ずっと復讐へと逃げてきた。
しかし、過去が消えることはない。
燃やしたはずの思い出も消えず、ただ彼女の心の奥底へと累積していた。
赤祢はようやく今まで投げ捨てていた過去と思い出、その全てと直面し……その全てを受け入れた。
赤祢は真っ直ぐに体育館の出口へと歩き出す。
卒業式に参列した皆が拍手する。
クラスの皆が、同学年の皆が、後輩の皆が拍手をして送り出す。
赤祢は最後にもう一度だけ振り返り、頭を下げた。
顔を上げた彼女にはもう過去への未練はなく、真っ直ぐな瞳で歩むべき道を見据えていた。
さて、意識の外では今まさに鎖が食い込み絶体絶命のピンチに陥ってる者達がいた。
それでも彼女を救うと、何の根拠もなく信じて委ねた思い。
≪キメラ≫のアタレフはそれに応えてみせた。
鎖が赫と青の混じった紫へと変色する。
そして紫の鎖は瞳の中へと吸い込まれていき、その全てが消えてしまった。
既にアカネを縛る鎖はない。
彼女の身体は自由となり、唯一その紫色の瞳だけが鎖の面影を残していた。
元に戻ったアカネに異常がないか、無言で身体をまさぐる≪ドルイド≫のテクマ。
「――――――アカネさん?」
「う、うん……」
「ほんとの、ほんとに、アカネさん?」
「えっと、ただいま……」
何の異常もないことが分かったテクマは……おおよそ、予想できないほどに破顔して泣き喚いた。
「う"わ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ん"! ア"ガネ"ざん"! 本当に心配じま"じだの"よ"ぉ"!」
「あはは、ごめん……ごめんねテクマさん。本当に、本当に……ごめん……ごめんね、みんな……いっぱい、心配かけちゃってぇ……!」
つられてアカネも泣きだし、他のクラスメイト達も一緒になって泣き喚いた。
聞こえてくる言葉は謝罪と、良かったという言葉だけ。
≪キメラ≫のアタレフと≪レギオズ≫のエヴェドは混ざらず、その光景を眺めている。
二種類の破裂音が聞こえた。
パン、パンと。




