54話目:終着点の先へと
さて、校舎というダンジョンを進みながら兎耳のハヴラはアンタッチャブルなヒビキに尋ねる。
「あの、<混沌の墜とし児>について知っていますか?」
「ヒュッ…………」
予想外の質問にヒビキの呼吸が一瞬止まった。
その名前が出てくる時は、大抵ロクでもない事態が約束されているからだ。
「本校の方でもの凄い成績を修めた超優秀な方らしいのですが、<黒の遺産>の破壊に関与してたとか! いやはや、支離滅裂な過激で極端なテロリストでも行わない大逆大罪の所業……同じ異世界人のヒビキ殿なら何か知っているのではないかと思いまして!」
「ッスゥー……知らない……っすねぇ……でも、ほら……何かやむを得ない事情とか……あったんじゃないかなって……気がするなぁ……?」
必死に目を逸らし、声色を変えているが疑いの目はますます厳しくなった。
「……その反応、何か知ってるでありますね? まさか―――――」
「誓って殺しはやってません!!」
「実はご友人で、庇われているのでありますな!」
「…………そう! そうなのよ! アイツはあんなことするような男じゃない……俺は信じたいんだ、絶対に何か裏があるんだって!」
「ふむふむ、<混沌の墜とし児>殿は男性なのでありますね」
「……四捨五入したら、まぁ」
「何を捨てて何を入れたのでありますか!?」
ヒビキを知る者がいたならば、なんと白々しい演技なのかと石を投げたことだろう。
もちろん初めて遭遇してしまった兎耳のハヴラ達も不審な目を向けていたが、目の前の人物がソレだとは夢にも思わなかった。
なにせアカネですら死亡した初ダンジョン実習において、その噂の男は見事に生還してみせたのだ。
頭の中で、それはもう超優秀な者であるに違いないという刷り込みが発生していた。
「お二人とも、あまりはしゃがないように。こちらの部屋に入りますわよ」
「え~っと、職員室か。まずいな……むやみやたらに引き出しを開けないように気を付けてくれ」
「やはりトラップが……」
「ああ、もの凄いドスケベな表紙の本が出てくる。きっと正気を保てないはずだ」
「……念のためにお聞きしますが、どうしてそんな物が教職に就かれる方の引き出しに入っているのですか?」
「ほら、あれだよ。きっと子供に手を出さない為にそういうので我慢してるんだよ。ウチの前の学校の先生の引き出しにも、それはもうエグいのが入ってたし。まぁ俺らが没収されただけなんだけど」
「原因はアナタではありませんかっ!」
「違う! これは世の男子生徒すべての罪だ!」
「主語が大きすぎます!」
そんな風に騒ぐ二人を余所に、他の者達は勝手に職員室へと入る。
もちろんトラップなどはなく、中はかつての学園生活のままとなっていた。
かつての日常は失われ、今はその面影を残すだけの場所に<探索者>は一抹のやるせなさを感じた。
「さーてと! ここの先生達は何を隠してたのかなー!?」
そしてそれをブチ壊すのがヒビキであった。
「ヒビキくん、もう少しおとなしくしてくれると嬉しいな……」
「何を腑抜けたことを! もしかしたら超役立つアイテムがあるかもしれないじゃない!」
「だからって空き巣みたいな真似をするのはどうかと思うけど」
「今までさんざんダンジョンで同じことしてたんだし、今さらじゃ――――おっ?」
ふと、ある教師の机の上のモノが目に入った。
「え~と、卒業証書? 名前は……天星 赤祢だってさ」
机の上には習字道具が残っている。
どうやら最後の名前のところだけは担任が清書しているようであった。
「……だから、なのでしょうか。ここを卒業できなかった……だから、あの子はまだここに囚われているのかもしれません……」
≪ドルイド≫のテクマが静かに語る。
誰も一言も発さなかったが、その言葉に同意していた。
そしてヒビキは卒業証書を服の中にしまった。
「ちょっと待ちなさい! なんでそれを持って行こうとしているんですの!? 元に戻しなさい!」
「やだ! ぼくの! これぼくの!」
テクマが無理やり奪おうとし、ヒビキが懸命に抵抗する。
自然、それは衣服を無理やり脱がそうとしているようにしか見えず……。
「イヤー! テクマさんのえっちぃー! あたいを脱がせてどうするつもりなの!?」
「人聞きの悪いことを仰らないでください! 彼女の思い出をそっとしたいだけですわ!」
「そんなこと言って、ここで忘れられない思い出をあたいに刻み込むつもりでしょ!?」
そんなことを言いながらもみくちゃになっている間に、卒業証書はヒビキのズボンの中へと入ってしまった。
「……おい、どうした。脱がさねぇのか?」
「い、いえ……流石にそこは……」
「いいからさっきみたいに手ぇ突っ込んでみろよ! なぁ!」
もしも政治家の山谷がこの光景を見たならば、卒倒したことだろう。
なにせ自国の国民が、他国の要人にセクハラをしているのだ……下手をしなくとも宣戦布告案件である。
幸いにも彼女達は問題を大きくする気はないので、なんとかギリギリ皮一枚で助かっている。
それを理解してこういった行動をとっているのであれば、彼は本当に厄介な人物と言えるだろう。
そんな彼を≪レギオズ≫のエヴェドが眺めている。
監視しなくてもいいのではないかと思いながらも、仲間の言葉を信じて。
ただ、流石にそろそろ信頼に関係なく決意が揺らぎそうにはなっていた。
テクマと揉み合いになってる最中に一瞬だけ向けられた、彼の視線に気付かなければ。
「あれ、皆さん! ちょっと静かに!」
兎耳のハヴラの声に従い、全員が黙る。
「ん……これは……鎖の音? あっちの方から聞こえるであります!」
彼女が指さした方向には体育館があった。
「あー、アカネちんって卒業式にダンジョンに巻き込まれたんだっけ?」
「ええ、手紙にはそう書かれていましたわ」
一応、ある程度の情報も聞かされていたヒビキが少し考え込む。
そして一つの選択肢を示した。
「よし、皆ここで帰ろう!」
「あなたという人は! 少しはマジメに――――」
「いや、マジで言ってんだけど」
今までとは打って変わって、真剣な口調で話し始めた。
「今まで出てきた敵は全部死体のパーツだった。そんでアカネさんのパーツがなかったってことは十中八九生きてる。そして鎖の音を出せるのも生きてるアカネさんの可能性が高い」
「……そうですわね」
「で、なんで鎖の音なんか鳴らしてんだろうね? 誰か知ってる?」
全員が押し黙る。
彼女が今どうなっているかを知っていたならば、きっと今すぐにでも体育館へ突入したことだろう。
「うん。誰も知らない。だから確実に救助する為に外に出て、高レベルの<探索者>を連れてこようって話。<忌み枝>のダンジョンならどんだけ強い人でも入れるからね!」
「そうは言いますが、アナタにそのツテがあるのですか?」
「ああ! ワイが知る中でもっとも強い<探索者>や!」
ヒビキの知る<探索者>、それこそあの世界において最強の<不朽の英雄>アトルリアだ。
なにせ過去に複数の<忌み枝>のダンジョンを日帰りで複数踏破してパワーレベリングをしたほどだ。
<遭難者>であろうとも彼女に勝てる者は存在しなかった。
「ではお尋ねしますが、その方は絶対にアカネさんを助けられるのですか?」
「あー…………それは、ちょっと……まぁ、賭けになるかもぉ……?」
テクマの言葉の意味は、アカネを助けることよりも他のことを優先し、彼女を犠牲にするのではないかということ。
一方でヒビキの考えとしては教師アトルリアが強すぎるという懸念だ。
なにせ過去のパワーレベリングにおいて、雑魚敵どころかボスすらも一度も見かけずに殲滅した規格外の怪物である。
うっかり範囲攻撃でアカネごと滅する可能性は十分に考えられた。
「残念ながら、いくら強くとも彼女を確実に助けられないならば頼るわけにはいきません」
「はいはーい! それならそっちで強い人を連れて来ればいいんじゃないですかー!?」
「無理ですね……我々はかなり無茶をしてこちらへやって来ました。全ての責は私が負いますが、そうなればアカネさんの救助どころではなくなります」
「救助どころじゃないって、何あんのさ」
「家門も名も、≪ドルイド≫という種の証明も剥奪。そのまま追放され、流浪の果てには醜く朽ち果てることでしょう」
既にイェルカの名を使った彼女は、その覚悟ができている。
だが、アカネを救えなくなる事態になることだけは許容できなかった。
そんな彼女に何かを重ねてしまったのか、ヒビキはわざとらしくため息をはいた。
「あぁ~~~もぉ~~~~! これだから≪ドルイド≫の連中はさぁ!? テクマちんは比較的マシな方だったのにさぁ!」
「申し訳ありません。これまで付いてきて下さり、感謝しております。アナタだけでも逃げ、我々が死んだならばその事を報告して――――」
「一人じゃ逃げれねぇつってんだろ! このだらずがぁ!」
体育館は比較的に外に近い位置にある。
覚悟を決めれば逃げられない距離ではないが、それでも彼は逃げないということを宣言した。
「あぁもう分かったよ! ついてくよ! いざって時は見捨てるからな!」
「ええ、それで十分ですわ。アナタに感謝を、ヒビキさん」
心底嫌そうな顔をするヒビキとは対照的に、≪ドルイド≫のテクマの表情は自信に満ち足りたものであった。
そして全員が覚悟を決めて体育館に突入し……思わず顔をしかめてしまった。
地面一面に広がる肉の一色。
中央にある山には鎖まみれとなった人型の何かが鎮座していた。
このダンジョンの主ではないかと全員が身構える中、兎耳のハヴラだけが身体を震わせて皆の服を引っ張り止めようとしていた。
「う、ウソ……ウソであります……だって、だってアレから……アカネ殿の心音が聞こえるであります……!」
あらゆる過去と思い出に縛られ、動けなくなったその末路。
それが今の彼女の姿であった。
「まさか……もう、ダンジョンに飲みこまれて……」
≪ドルイド≫のテクマが愕然とし、膝から崩れ落ちる。
すんでのところで≪レギオズ≫のエヴェドが支え、彼女を励まそうとする。
「どうしたって言うんですか! アカネさんはまだ生きているんでしょう? それならまだ――――」
その言葉を否定するように≪ドルイド≫のテクマは力なく首を横へ振った。
「無理です……ダンジョンに飲みこまれた者は……<羽化>してしまったならば、もう……もう帰って来れないのです……!」
旅の終わり。
ただ一心に、友を救うという願いだけを胸秘めて歩き続けた旅路はここで終わる。
救うべき者を救えず、ただ失った者を直視させるだけの終着点。
ただし、この男がいなかったのであればの話だ。
「あっ、ドッコイショー!」
「キャーーーーーーー!?」
ヒビキが思い切りドルイド≫のテクマのスカートを脱がし、拳の応酬を叩き込まれてしまった。
「いきなり何すんだよコノヤロー!」
「こここ、こっちの台詞ですわ! いきなり何しやがりますですの!?」
「そりゃ勝手に付き合わされたってのに、勝手に諦められたら手も出るわ! 助けるんじゃなかったんかい!」
「ですから……それはもう無理だと―――――」
「まだ半分しか<羽化>してねぇだろ!? なら引っ張り戻せよ! まだ間に合うだろ」
「…………は? 専門家でもないアナタに何が分かると―――――」
「ナメんなよ! こちとら<羽化>した奴にぶっ殺されて、目の前で先輩が<羽化>して、なんなら同級生が<羽化>したから無理やり元に戻してブチ殺してやったわ!」
あまりの内容に呆然とする皆を無視してヒビキが叫ぶ。
「あ! でも<忌み枝>のダンジョンだと殺したら死ぬか!? じゃあ死なない程度に正気に戻るまでぶちのめそうぜ! 諦めるのは死んでからだ!」
その言葉に賛成したのか、≪キメラ≫のアタレフが前に出る。
「そういや、アイツはクソ生意気だったな。今の状態なら合法的にブン殴れるってわけだ」
「おう! こんな機会、早々にねぇからな! 合法DV彼氏パンチするなら今ぞ!」
その様相はあまりにも正気からかけ離れており、狂気的にしか見えなかった。
しかし狂気に染まらねば、この終着点から先へは進めないのだ。
「アナタ……いったい、何者なんですの……?」
未だ正気から抜け出せぬ≪ドルイド≫のテクマが、力ない声で尋ねる。
「音無 響! 吟遊詩人! 絶賛彼女募集中で! 超絶不本意ながらも! <混沌の墜とし児>と呼ばれちまった、可哀相な一般男子だよ!!」




