52話目:予測不可能の邂逅
さて……クラスがまとまった後の話は早かった。
≪ドルイド≫のテクマが先導し、学園側にイェルカの家名を告げて日本へ向かう<枝>を確保する。
無論、学園の管理側でも不審な点を看破はしていたが止められなかった。
何故なら、イェルカの名の持つ力が絶大であるからだ。
たった一家の決断であろうとも宣戦布告が成立するだけの力。
イェルカの家名を阻むのであれば、それは≪ドルイド≫という種族への敵対と成りうるのだから。
こうして彼女達は無事に異世界へと……日本へと渡ることができた。
もちろん服についてはあらかじめ<可不可の理律>を超える為の処理が施された衣服を拝借した為、全裸で渡航するという恥辱は避けられた。
ただし、衣服と違い装備は別である。
異世界側へ武器などを持ち込むということは、相応の準備や根回し、決まりなどを通過しなければならない。
今の状況ではそんなものを用意できる時間などあるはずもなく、彼女達は無手で渡ることになった。
「失礼、止まってください! そのまま、その場で! 動かないで!」
事前情報がないままにゲートから出てきた彼女達を自衛隊が止まれとジェスチャーをしながら取り囲む。
銃口こそは向けていないが、いつでも発砲できる準備だけはしていた。
なにせ過去に一度、大規模なダンジョンテロが発生したのだ。
他国に比べれば、まだ穏便な対応だろう。
そんな彼らに怯むことなく、≪ドルイド≫のテクマは毅然とした態度を崩さなかった。
「私は≪ドルイド≫のテクマ・イェルカ。イェルカの名に於いて、アマボシ・アカネを追い、この地へ参上した! これを阻むことはイェルカを阻むものと心得なさい!」
<統一言語>を周囲に適用させる奇跡を扱い、宣言する。
ここは異世界、イェルカの名を知らない者の方が多い。
それでも現場の人間を騒然とさせた。
彼女の立ち振る舞いから並々ならぬ威圧感と高貴さ、<統一言語>を扱うだけの力量から、立場のある人間だと錯覚したからであった。
「……失礼しました、テクマのイェルカ様。ですが確認なども行いたいので、どうか今しばらくだけ、お時間を頂ければと……」
「いいでしょう。先ずはそちらの要求を飲みます」
そしてこの事態が現地に派遣されている政治家……山谷へと届く。
異世界との橋渡しは大事な役目。
この大任を務めることで様々な権力や利権をも握ると言われていた。
実際は違った。
一つのミスで首が飛ぶような危険な役目。
文字通り世界を相手取るような実力を持ち合わせている者などおらず、ただただ生贄の首として座らされる椅子でしかなかった。
夜中ではあるものの、山谷はすぐさま支度して向かおうとした……しかし、それよりも早く事態は進行していた。
『すみません! これ以上、こちら側で留めておくことが難しい状況です!』
「まだ五分と経っていないというのにか!?」
早足では間に合わないと判断し、山谷はなりふり構わず現場へと走る。
仮設テントの前は、既に自衛隊と異世界側が一触即発の状態となっていた。
「我らは既にそちらの要求を飲んだ。だというのに、そちらはこれ以上の譲歩を求めるというのですか?」
「いえ、あれは要求ではなく必要な要請でありまして――――」
「多数で取り囲み、一方的に行動を制限させるアレを要求ではないと!」
これはマズイと山谷が両者の間に身体を割り込ませて話に入る!
「ま、ま、まぁまぁ! ここは一旦落ち着いてくだされ!」
「……アナタが責任者のヤマタニ殿ですか? 私はテクマ・イェルカ。イェルカの名に於いて、アマボシ・アカネ追ってこの地へ参りました」
異世界側から寄越された資料の中にあった名前であることを、山谷は思い出した。
≪ドルイド≫は比較的温厚な種族であり、よほどのことがなければ外交で失敗することはない。
ただし、最も力を持つ五家の名にだけは細心の注意を払う必要がある。
その中でもイェルカの家名は比較的に穏便である為、注意度は低かったのだが……。
そのイェルカの家名を持つ者がやってきたことで、山谷は胃が90度ほど捻じれた気がした。
穏便であるはずの家が強硬してまでやってきたのだ。
穏便と言われている家であってもこれほどなのか、それとも穏便である家であってもこれほどまでに許されない事態が起きてしまったのか。
事態の真相を知らぬ山谷には判別できなかった。
とはいえ、彼も法治国家の運営を担う一人の政治家だ。
たった一人とはいえ、守るべき国民をむざむざと渡すわけにはいかないという自負があった。
「イェルカの名にお尋ねいたします。我が国民たる天星 赤祢は、何をされたのでしょうか?」
「この手紙によれば、彼女は我らを謀ったとのこと。この真偽を追及し、イェルカの名を貶したのであれば相応の対応を行います。他国で罪を犯したならば、その国の司法に委ねるのはそちらの国でも同じはず」
証拠となる手紙を見て、山谷が唸る。
異世界人を騙して利用したことだけではなく<遭難者>のことも記されており、どう考えても自分の手に負える規模ではなかった。
山谷は再び胃が90度捻じれたような気がした。
「……事情は把握いたしました。なんにせよ、一旦協議のお時間を頂戴できればと」
「つまり……彼女を引き渡す気がないと?」
「いいえ、そんなことはありません。関係者各位との話し合いを行い、しかるべき手続きと対応をお約束いたします」
なぁなぁの言葉でなんとか時間を稼ごうとしたが、逆にそれが付け込まれる理由となってしまった。
「では、我々の行動を阻む理由はもうなくなったということでよろしいですね」
「いえ! お待ちを!」
「しかるべき対応を行うというならば、彼女を連れてこなければなりません。しかし、彼女は母校のダンジョンへと向かいました。<ダンジョン耐性>のない貴方がたでは連れ戻すことはできません。ならば我々が動く。至極当然のお話だと思われますが」
それを聞いた山谷の顔と胃が歪む。
<ダンジョン耐性>を持つ者を留学させ、ゆくゆくはダンジョンへの対策とする予定だった。
しかし、今はまだだ。
ダンジョンに関係していることは、今も異世界側に要求・要請することでしか解決できないのだから。
「し、しかし……まだ彼女が母校のダンジョンに向かったと確定したわけでは――――」
そんな折、運悪く山谷の小型のイヤホンへ不運な報せが届いた。
『失礼、緊急の案件です。関係者の彼から、天星 赤祢が母校へ入っていくのを目撃したとの情報提供が』
思わず歪みそうになる顔を、必死に取り繕う。
知られてはマズイという一心から、彼は表情を凍らせた。
しかし、それは何の意味を持たなかった。
兎耳のハヴラがテクマ・イェルカへソッっと耳打ちした。
「確定したようですね。では、スグに向かいましょう」
思わずイヤホンに手をやらなかったのは、彼の優秀さと度胸によるものだろう。
しかし、それでも僅かな隙をも聞き逃さない彼女達の必死さが上回った。
最終的に山谷は彼女達の要求の一部を飲むことになる。
天星 赤祢が潜伏しているであろう学校への送迎をすること。
代わりに半数以上の人員をこちらに残すこと。
人質というよりかは、監視と何か起きた際の備え。
なにせこれから向かう場所は死の危険性がある<忌み枝>のダンジョン。
もしもという事態が起きた際、あくまで彼女達が自身の判断で向かったということを証言する人員が必要なのだ。
こうして日本側から見れば圧倒された、生徒達からすればギリギリの状態で交渉がまとまった。
…………
……………………
………………………………
現地に到着し、≪ドルイド≫のテクマは友人の母校を見上げる。
かつては大勢の学生の未来があったが、その全てが過去となってしまった。
そして今、大切な友も過去になろうとしている。
それだけは防がなくてはならないと考えていた。
そんな彼女の背を≪レギオズ≫のエヴェドが叩いてみせた。
「何もダンジョンを踏破しなきゃいけないわけじゃない。アカネさんを連れ戻しさえすればいいんだ、気負いすぎると潰れてしまうよ」
「ふぅ……そうですわね。あの子を連れ戻す……それだけに集中しませんと」
軽く頭を振り、意識を<探索者>へと切り替えた。
「ハヴラさん、アナタの耳でアカネさんの居場所は分かりますか?」
「う~む……アカネ殿かどうかは分かりませぬが、怪しいところが一点……鍵盤楽器の音が聴こえてきます」
楽器を演奏しているということは、生きている誰かがいるということ。
そしてダンジョンの中ということを加味すれば、それがアカネである可能性が高かった。
「他に何の手がかりもありません。向かってみましょう」
そう言って、緊張した面持ちでダンジョンの中を進んでいく。
モンスターは出ず、注意深く歩いているもトラップもない。
だからこそ≪ドルイド≫のテクマは、彼女が音楽を得意としていないという話を思い出した。
ならばこの音を奏でているのは誰なのか?
その答えを確かめるべく、彼女達は音楽室の扉を開けて中へ突入した。
中にはたった一人の男が、日常の一コマのようにピアノを弾いていた。
死が隣り合わせである<忌み枝>のダンジョンにおいて、それは異常さの極みを醸し出していた。
彼女達が呆気に取られている間に演奏は終わり、その男は侵入者へと向き直る。
ここでようやく彼の正体について一つの可能性が思い浮かんだ。
アカネを誑かした元凶<遭難者>、その人であると。
「フフ、待ってたよ」
その男はゆっくりと立ち上がり、大仰に手を広げて無造作に彼女達に近づく。
あまりにも隙だらけでありながらも、自信に満ち溢れたその歩みは、超越者に相応しい立ち振る舞いであった。
そんな中、唯一気圧されていない≪キメラ≫のアタレフが皆の前に出て、問いかける。
「誰だ、お前は」
答えは決まっている。
生きている人間がこんな場所にいるわけがない。
アカネでないならもう残された選択肢は僅かしかない。
男は出来の悪い作り笑顔を浮かべて、こう答えた。
「助けて……助けてクレメンス……」
彼こそが唯一の例外であり、予測不能な変数。
<混沌の墜とし児>と呼ばれ、<黒の遺産>をも破壊せしめた厄災の男児。
音無 響、その人であった。




