48話目:7月■日天星 赤祢の独白①
ゲートをくぐり、久しぶりの日本に帰ってきた。
わずらわしい書類を片付ける時、もう一人の留学生である音無という人と出会った。
失礼な話だが、遠く噂話で聞いていたイメージとは全然違った。
まるでマシンガンのように自分語りをする。
馬鹿なことを言ったり、モラルのない発言であったり、同じ日本人として恥ずかしい幼稚な男子。
こんなのと同じだとは思われたくないとという感想だった。
そんな第一印象はスグに覆されることになる。
適当に話を聞いて相槌だけを打っていようと思ったのに、思わず口を挟みたくなるようなことが何度もあった。
初対面の人間にこちらの情報を渡さないようにと、意識していたのにもかかわらずに。
アレはわざと間違ったことや馬鹿なことを言って、正しい情報やこちらの反応を引き出そうとする<カニンガムの法則>の応用。
気付かれないように外面を剥ぎ取り、内面を暴こうとしていることに気付いた時、ようやく彼が何と呼ばれていたか思い出した。
<混沌の墜とし児>
きっと彼は馬鹿な男子を演じでいるわけではない、それなら簡単に見破れる。
馬鹿な男子という一面すら本物であり、他にも数えきれない本物を裏から使い分けているだけに過ぎないんだ。
異世界に留学し、ダンジョンに関わる人がただの馬鹿な男子なわけなかった。
<黒の遺産>の破壊に関わるような人が、マトモなわけなかった。
そこからは必死に自分で作り出した心の仮面を被って躱し続けた。
ときおり意識外の質問が鋭い矢のように刺さることもあったが、決して悟られないように食いしばって耐え続けた。
幸いにもあちらの書類が先に終わったことで、尋問のような会話劇は終わってくれた。
叶うのなら、もう二度と味わいたくない時間だった……。
全ての手続きが完了し、ようやく帰れるようになった。
自衛隊の人が送迎の手配をすると言ってくれたけど、アタシは歩いて帰ることにした。
だって、あの人達に任せてたら帰れなくなるから。
…………
……………………
………………………………
ある学校の前で立ち止まり、その様相を眺め見る。
目をつぶれば今でも思い出せる。
あれは卒業式だった。
退屈だけど大切な儀式で、まだ式の途中だったのに泣く子もいた。
お父さんとお母さんもいた。
立派になったって喜んでくれていた。
アタシも二人が喜んでくれて、嬉しかった。
一本の小さな枝が突き刺さった。
瞬間―――――神聖だった儀式が、おぞましいものへと変貌した。
溢れ出たモノが皆をバラバラにしていく。
逃げることはできない。
叫び声をあげることもできない。
<ダンジョン耐性>を持たない人に出来ることなんて、何一つなかった。
そんな凄惨なモノを見せつけられたアタシは、必死になって逃げた。
誰かを助けようだなんてこと、考えもしなかった。
何もかもを見捨てて、自分というものを半分投げ捨てて、涙やよだれを垂れ流しながら立ち塞がる弱いモンスターを殺しながら逃げ続けて……。
そうしてアタシは逃げ切る直前に捕まった。
あの<遭難者>に。
その人の手には生首が握られていた。
アタシも知らない誰かの生首。
「あぁ、コレ? ここに<忌み枝>を挿した奴のだよ。要る?」
アタシは必死に首を振り、そのまま逃げようとした。
けれどいくら走っても、まるで時間を巻き戻されたかのように元の場所へと戻された。
理解できないことばかりで何も分からない。
どうすればいいのかも、どうするのが正しいのかも、どうしたら助かるのかも。
その人は周囲を見渡し、満足そうな顔をしていた。
「へぇ、異世界か。こんなところの可能性に出てくるなんてね。ダンジョンってやっぱり面白いや」
怯えて震えることしかできなかったアタシに、その人が尋ねる。
「あっちの大きな建物で死んでた人、知り合い?」
アタシは頷く。
「ふ~ん、大切な人もいたりする?」
再びアタシは頷く。
「じゃあ―――――もし時間を巻き戻せるって言ったら、どうする?」
その悪魔の提案に、アタシは頷いてしまった。
条件自体はそれほど複雑ではなかった。
<ダンジョン耐性>を持つアタシなら異世界のダンジョン学園に留学することができる。
そこで同じように<ダンジョン耐性>を持つ人達を誘い、ここへと連れてくる。
それだけだ。
十何人かの異世界人を連れて来さえすれば、それよりもっと大勢の人が生き返ることができる。
大勢の為に少数が犠牲になることなんて、日常的に起きていること。
それを自分もやるだけ……何も気にすることはないと言い聞かせて、アタシは異世界へと渡った。
あの時見捨ててしまった皆を助ける為に。
なにより、皆から逃げたアタシを正当化させる為に。
傲慢な同級生がいた。
その実力に見合うだけの力を示し、彼女と友達になった。
劣等感をこじらせた同級生がいた。
自分の力で立てる武器を持たせ、彼と友達になった。
他の全員も同じだ。
皆が何かに悩み、苦しんでいた。
その全てに寄り添い、友達になってみせた。
たった一人だけ友達になれなかった人がいたけど、一人くらいならいなくても問題なかった。
全てが順調に進んでいた。
なのに毎日が苦しかった。
いいや、本当は嬉しかった。
新しい友達と一緒に過ごす学園生活が楽しかった。
悲惨な思い出が幸せな思い出に塗りつぶされていく。
ふと、このままでいいんじゃないかと思ってしまった。
そんなこと! 赦されるはずがない!
過去に置き去りにされた人達を忘れてのうのうと生きられるとでも?
異世界の誰かを犠牲にするようなアタシが?
無理だ、できない、忘れられない。
だからアタシは忘れないように、心の中にある赫色の炎へ燃料を焚べるのだ。
忘れないように、戒めるように。
皆を助ける、その日まで走り続けられるように。
だけど期末試験の時に気付いてしまった。
もう無理だ、耐えられないと。
利用して捨てるはずの、見せかけの友達。
それすら無くてはならないものだと気付いたアタシには、もう皆を利用することができなくなっていた。
だからアタシは最後に手紙を書いた。
皆を利用しようとしたことへの謝罪を。
どうしてそんなことをしようとしたのかという理由を。
理解されなくてもいいし、許してもらわなくてもいい。
もう友達だとは思ってもらえないけど……それでも知ってもらいたかった、アタシのエゴを綴った手紙。
もう思い残すことはない。
アタシはようやく、あの日に逃げ出した過去に向き合う為に、地獄の中へと足を踏み入れた。




