47話目:7月■日<終>業式
期末試験が終わった後、一学期において優秀な成績を修めた者を称える表彰式が開かれた。
上位は教師ノフェルのクラスで独占され、素直に称賛する者は惜しみなき拍手を、辛酸を舐めた者は義務的な拍手を送った。
そして翌日、その結果に納得できない者が声を荒げていた。
「納得いきませんわー!」
≪ドルイド≫のテクマが朝食を頬張りながら声を上げ、そんな彼女を≪レギオス≫のエヴェドがなだめる。
「もしかして、表彰式のことですか?」
「もちろんです!」
成績一位と二位は同点。
元々の成績もあったが、期末試験でのダンジョン攻略において多大な活躍をしたアカネと≪ドルイド≫のテクマの二人であった。
一位を取れなかったことを悔しく思いながらも、アカネならばと≪ドルイド≫のテクマも納得はしていた。
しかし……。
「テクマ生徒。吾輩からの減点の声がないおかげで、いつもよりも楽であると言っていたようだな」
「そっ、それは……!」
「中々に度胸があるな。クラスメイトの緊張を解いたことで加点を認める」
わずか一点の加点。
けれどもその一点で≪ドルイド≫のテクマは土壇場で一位となり、アカネは二位となってしまった。
「私は実力で認められたいのであって、あんなお情けで一位になっても嬉しくありませんわ!」
「ははは……なら、二学期はもっと頑張らないといけないね」
一位というゴールを実現したが、彼女の意欲は前よりも増している。
教師ノフェルの思惑通りといったところか。
「そういえば、いつも一緒にいるアカネさんはどうしたの?」
「まだお部屋で寝ております。期末試験が予想以上に大変で、休まる暇もなかったのでしょうがありませんわ」
それを聞き、≪レギオズ≫のエヴェドがふと思案する。
テクマのことを認めてないわけではないが、本来ならばアカネが一位だと思っている。
点数に反映されていないが、パーティーの編成や攻略作戦はかなりの貢献に値している。
既に成績は発表され結果は覆せずとも、何かで報われてほしいと考えていた。
「そうだ。皆で祝勝会とかしてみない?」
「一学期が終わった程度で、ですか?」
「そうでもしないと、アカネさんを労うこともできないからさ」
≪ドルイド≫のテクマが知る限りでも、アカネは自身の欲求をほとんど表に出さない。
そして自分の為に何かをされることを避けているようにも感じていた。
だからこういった催し物で少しでも彼女を労えるのであれば、反対する理由はなかった。
「いいですわね! では、あの子が起きてくる前に皆さんを集めて準備いたしましょう!」
そう言って≪ドルイド≫のテクマは元気よく走り去っていった。
遠くからそれを見ていた≪キメラ≫のアタレフは気付かぬフリをして去ろうとするも、≪レギオズ≫のエヴェドはその手を掴み引き留めた。
「今の話が聞こえてたなら話は早いよね。キミにも参加してほしいんだ」
そんな頼みに、≪キメラ≫のアタレフは嫌そうな顔をして断る。
「オレがいたら空気がマズくなるだろ。放っとけよ」
「いいや、キミが参加しなかったら優しいアカネさんはきっと気にしてしまう」
「ハッ、結局アイツの為か。別にオレがいない程度、気にも留めねぇよ」
無理やり引きはがそうとするも、≪レギオズ≫のエヴェドは両手を使ってでもしがみついていた。
「いったい何をそんなムキになって……!」
「六位、それが僕の成績だ。だけどキミは僕よりも点数が低かったのに、期末試験で五位にまで昇りつめた……」
「だから目障りって話なんだろ? 文句があるならオレじゃなくて教師の奴らに――――」
そこまで言いかけて、しがみつく男の眼に気付いた。
軽蔑でも侮蔑もない、彼の純粋で真っ直ぐな視線に。
そんな眼で見てきたのは、これまで片手で数えられるくらいしかいなかった。
その内の何人かがこの学園というのは、彼にとっても予想外だったことだろう。
「アタレフくん。期末試験であれほどの成績を残せたのはキミの活躍も大きい。キミが無理をしてくれたおかげで、皆が上位の成績を残せました」
期末試験において≪キメラ≫のアタレフはほとんどのパーティーに参加した。
選考偵察パーティーに参加し、そのまま脱出せずに本攻略パーティーに合流。
たった一人でダンジョンに取り残されるという、誰よりも負担の多い役割を完璧にこなしてみせた。
「別にお前らに褒められたくてやったんじゃねぇよ」
「それでも、僕は労いたいんだ。アカネさんも、キミも。頑張ったのに見向きもされないなんて、悲しいよ」
「……恵まれた奴の意見だな」
≪キメラ≫のアタレフにとって見向きされるということは、迫害されることと同義であった。
どう頑張ろうが、結果を出そうが、目立った時点で石を投げられる。
しかしそれを嘆きはしない、そういう生だと納得していたから。
「ハァ~……分かったよ、参加してやる。せいぜい空気を壊さないように、すみっこで小さくなっててやる」
「そうかっ! いや良かった! じゃあ僕は他の皆も呼んで準備してくるよ!」
そう言って走り去る彼を、≪キメラ≫のアタレフは呆れた顔をしながら見送ることしかできなかった。
…………
………………
……………………
「せーのっ!」
『一学期、お疲れ様でしたー!』
皆が盃を掲げて乾杯する。
今まで教師ノフェルの目があったせいでおおやけに騒ぐこともできなかったが、夏休みに入った今となっては自由。
皆が日頃の鬱憤を晴らすかのように、楽しくはしゃいでいた。
そんな中でも、≪ドルイド≫のテクマとアカネは変わりなかった。
「いいですか! 今回はお情けで一位になりましたが、二学期は文句のつけようもない成績でアナタに勝ってみせますわよ!」
「あはは、最初から文句なんてつけないよ。テクマさんが頑張ってるのは、ずっと見てたんだから納得だよ」
「むぅ……それをいうなら私もですわよ! 異世界から独りで来られて寂しいでしょうに、アカネさんはずっと頑張ってらっしゃったではないですか」
どちらもお互いを認めているからこそ謙遜しあい、話の決着が膠着してしまった。
「あ、そういえば……」
ふと、アカネが周囲を見渡してみると≪キメラ≫のアタレフが部屋の隅の方で盃を傾けているのが見えた。
そんな彼に≪レギオズ≫のエヴェドは目を輝かせながら一方的に話しかけており、鬱陶しそうな顔をしていた。
「良かった、参加してくれたんだ」
「あぁ、≪キメラ≫の……私はあの方が苦手ですわ」
「ん……やっぱり種別として認められない感じなの?」
「いえ、彼も期末試験で大変良い成績を残されてましたので認めてはいます。ただ―――――」
「ただ?」
「その……体臭が、苦手でして……」
≪ドルイド≫という種族には純血などの役割が課せられていた奴隷……いや、所有物時代があった。
多数の種族を巻き込んだ解放戦線において自由を勝ち取ったものの、純真・純血としての刷り込みが強すぎたが故に、混ざりモノが苦手となる意識があった。
事実、鼻のいい≪ライカンズ≫が彼の体臭を揶揄することはあっても、本気で臭いとは思っていない。
≪ドルイド≫だけが苦手意識を持っているだけである。
「そうですわ! 私達は点数を取ることが目的ではございません。その先にある<探索者>としてどう大成するかを見据えねばなりません!」
「まだ一年生なのに?」
「早ければ早いほど良いですわ。途中でその目標が無理だと分かった時、別の道を選ぶ猶予がありますもの」
しっかりと将来を見据えている発言に、一部の生徒は少し気まずそうに顔を逸らしてしまった。
「もちろん、私は種族を代表する<探索者>となることが目標ですわ! それで……アカネさんはどんな将来を……夢を目指しているのですか?」
今まで踏み込むことのなかったアカネへの内面。
これを聞ければ少しは彼女のことを理解できると思い、問う。
どんな答えが来ても、それを正面から受け取る覚悟をしていた。
「そうだね……アタシの世界にダンジョンが発生したのって知ってる?」
「ええ、それが切っ掛けでこちらの世界へ留学することになったのですよね」
「うん。アタシの目標……それは、まだアタシの世界に残ってる危険なダンジョンを消すことなの」
「危険な……あぁ<忌み枝のダンジョン>! だからアナタはダンジョンについて調べていましたのね!」
≪ドルイド≫のテクマの中にあった疑問のピースがピタリと正解にはまった。
ひた向きに努力することも、他の生徒よりも授業に真剣なことも、全ては自分の世界の為であったのだと。
それならば理解できるし、共感もできる。
「もぅ、それならそうと早く仰ってくださいまし。私もお手伝いいたしますわよ」
その言葉を皮切りに、他のクラスメイト達も続く。
「「「ワタシも手伝います! 僕も! 私だって!」」」
一名を除き、皆が己の意志でアマネの夢に協力すると表明する。
別世界の来訪者は、こちらの世界にて認められた。
彼女がクラスメイトに信頼されるよう、努力していた日々は無駄ではなかった。
彼女の求めたものが、ようやく手に入ったのだ。
それを実感したからか、彼女の目からポロポロと大粒の涙が溢れんばかりに流れ出す。
「ちょ、ちょっとアカネさん!?」
「ご、ごめんね皆……あはは……なんだろ、止まらないや……」
今まで皆を支え、頼りにしていた彼女が初めて見せる弱々しい姿。
皆がどうしたものかと慌てている中、≪キメラ≫のアタレフが彼女の顔へ上着を投げつけ、そのまま部屋から出て行ってしまった。
泣く女の顔をマジマジと見るものではないという気遣いだと察した男子達はわざとらしく顔を逸らし、女子達は慰めようと彼女の頭や背中を必死に撫でた。
「あの、あれですわよね? 感極まってつい涙が出てしまった感じですわよね?」
「グスッ……うん、ごめんね。スグに止まると思うから」
「いいんですのよ、今日くらいは好きなだけ泣いても。お約束いたしますわ、必ずアナタの願いを叶えてみせると」
「うん……ありがとう、テクマさん。でも、アタシ達が卒業する頃にはもうダンジョンは残ってないかも。夏休み頃に、こっちの世界の人で遠征隊を組むって聞いてたから」
それを聞き何人かのクラスメイトは残念そうに肩を落としたが、テクマは逆に胸を張った。
「それは……良いことですが、少し残念ですわね。そうですわ! 私がかけあって、まだダンジョンが残っている内に遠征隊に加わるように便宜をはかりましょう」
「そ、そこまでしなくてもいいよ!?」
「いいえ、やらせてくだしませ。アナタはまだ私の家名を知らないでしょうが、これでもちょっとしたものでしてよ。どうか――――アナタの夢を、友達の願いを叶えさせてくださいまし」
その言葉で再びアカネの涙が決壊する。
慌てふためく≪ドルイド≫のテクマを、クラスの皆が和やかに見守っていた。
それとは対照的に、部屋から出ていった≪キメラ≫のアタレフは浮かない表情をしていた。
元の世界のダンジョンを消す為に留学し、熱心に学園生活に馴染もうとしていた。
分からなくはない。
しかし、どうしても納得できないことがあった。
それは彼女の深層心理にまで瞳を覗かせた彼だけが知ること。
何故、表層心理を過剰なまでに包装して本心を隠していたのか。
何故、深層心理にある赫色に死体の山が埋もれていたのか。
何故……幼い彼女の心が、赫色の業火に思い出という名の薪を焚べていたのか。
その真相が判明する時はすぐにやってきた。
元の世界へ帰省した主なきの机の上……そこあった手紙に、その答えが載っていた。




