45話目:7月■日ノフェルの手記①
教師などという、吾輩に最も向いていないであろう役につけられてから三か月。
非効率な職務そのものには慣れたであろう。
しかし問題は山積みである。
生徒というものは課題というエサを与えるだけで育つ雛ではない。
どうエサを取るか、どう咀嚼するかを教えねばならない。
それを逐一教えたとして血肉となるかは定かではなく、望んだ通りに育つとも限らない。
なんとも面倒で厄介な仕事か。
このような非効率な雑事に身を投じる先人達には哀れみすら覚えてしまう。
あの英雄もこのように頭を悩ませているのであろうか。
だとすれば、一つだけ共感できるものが見つかったというものだ。
無論、あちらは吾輩のことなど覚えてはおらぬだろうが。
さて、吾輩も哀れなる先人の一人になったことだ。
次の課題を与えるとしよう。
次の日、己でも嫌気がさすようなダンジョンへと生徒達を送り出した。
流石にヒントとして、時間制限を過ぎれば<遭難者>となることを伝えたが、何人が気付くであろうか。
よしんば理解できたとしても、克服や突破ができるかは別の問題であるが。
そういえば≪ヘイズ≫のアカネ生徒は、他の教諭や生徒から期待の新星とまで呼ばれていたな。
このダンジョンをどう突破するのか、見物である。
………
………………………
………………………………
既に半日が経過した頃、ようやく一つのパーティーがダンジョンから戻ってきた。
「ハヴラ生徒のパーティー、減点」
<鉱術>で生み出した下僕に生徒を運ばせて、次から次へと出てくる生徒に減点を言い渡す。
このダンジョンは最も命の危険がない<ダンジョンの挿枝>から誕生したもの。
ただし、最も恐ろしいダンジョンとも言われている。
何故か?
ここに出現するトラップ、モンスター全てが<探索者>を絡めとるような仕組みになっているからだ。
モンスターの一撃で悶絶したところに、別のモンスターがその<探索者>を拉致。
慌てて追う<探索者>もトラップにより無力化、拘束されて力を奪われ続ける。
なんともまぁ趣味の悪いダンジョンであろうか。
「減点、減点、減点、減点」
それでもこうやって戻ってくるだけ、マシだろう。
無駄に頑張り<遭難者>になるくらいならば潔く自死すべきだ。
死ぬべき時に死ねなかった者の生は、見るにも耐えないくすんだ色にしかならぬからな。
こうしてほとんどの生徒達が減点されながらも戻ってきたことは予測通り。
残りは≪ヘイズ≫のアカネ、≪ドルイド≫のテクマ、≪レギオズ≫のエヴェド、≪キメラ≫のアタレフ生徒の四人だ。
何もできず哀れにもがいているのか、それでもまだ大地を踏みしめているのか確かめてみるとしよう。
ダンジョンにはレベル制限があるが、吾輩にはあまり関係ない。
今のレベルならば指二本で問題ないと判断し、右手から外してダンジョンへと潜り込ませる。
石人たる≪ゲンマ≫の吾輩ならではの方法だ。
意識も感覚も共有されている為、ダンジョンの中でも戦闘に支障はない。
そうしてダンジョンの奥へ奥へと進むと、生徒達を見つけることに成功した。
それと同時に、こちらを察知したアタレフ生徒が襲い掛かる。
指二本とはいえ、生徒に敗北するならば教職を辞すべきであろう。
吾輩は即座に<鉱術>で生み出した土くれの柱で、叩きのめした。
「ふむ、反応は悪くない。ただ、未知に対して咄嗟に攻撃するならば思考して動きたまえ」
「その声……ノフェル先生なんですか!?」
驚くアカネ生徒の頭上から毒蟲が飛び掛かるのを察知した為、<緑の大槌>で叩き潰す。
「アカネ生徒、注意力散漫のため減点だ」
「すみません……でも、本当に先生なんですね。指だけって、どうやって……?」
「減点、それは今思考に割くべき問題ではない。さて、パーティーの現状を確認するとしよう」
≪ドルイド≫のテクマ生徒は荒い呼吸でアカネ生徒に寄りかかっている。
≪レギオズ≫のエヴェド生徒は槍を杖にし、息も絶え絶えといった状態。
≪キメラ≫のアタレフ生徒は傷口から体液が漏れ出ており、多少の疲労が見える。
≪ヘイズ≫のアカネ生徒は比較的に無事、仲間を盾にして温存したのであれば加点の余地あり。
「では、この体たらくについて説明してもらおうか」
その後は予想通りの話であった。
油断していたテクマが最初に罠にかかり、襲い掛かるモンスターから守る為にエヴェドが庇う。
そうしてお互いに庇い合い、消耗し、徐々に追い詰められていったといったところだ。
アカネとアタレフは<遭難者>になる可能性を考え、己の身を守ることを優先したと。
「ここまでいい、予測の範疇である。吾輩が聞きたいのは、なぜその足手まといを連れてダンジョンを進んでいるのかということだ」
アカネとアタレフはまだいい。
しかしテクマとエヴェド、この二人はもう駄目だ。
盾にすらならん足枷だ。
「……テクマさんはまだこちらの指示で<色術>が使えます。エヴェドくんも――――」
「アカネ生徒、減点だ」
言い訳を最後まで聞くことなく、吾輩は足手まといとなる二人を<鉱術>で作り出した大鎌で首を刎ねた。
「当ててやろう。あの二人を殺したことで恨まれるのが怖かった、だから殺せなかった。ならばアタレフに頼めばいいが、それすらできないならほど甘いならば、減点するしかあるまい」
彼女は何かを言おうと口を開くも、すぐに閉じた。
何を言ったところで言い訳にしかならないことを理解したようだ。
「……先生、オレには減点はないんすか?」
「ない。役立たずが足手まといに気を使っている間、お前が周囲を警戒しなければならなかったからな。そこまで求めるほど、期待してはおらん」
不審なものを見つけた瞬間に攻撃動作に移れたところからも、及第点だ。
「さて……別のダンジョンにいた者共も皆、治療室へと運ばれていった。残りはお前達だ」
「待ってください!」
「……なんだね? まさか、今になって死ぬのが怖いとでも言うつもりか?」
「いいえ。先生は足手まといを連れてダンジョンを進むつもりかと仰いました……今、もうその足手まといはいません。二人で進ませてください!」
どうやらまだ心が折れていないらしい。
なるほど、こういった所に惹かれるが故に他の生徒や教師から注目されているのだろう。
「<遭難者>になることが怖くないのかね?」
「このまま減点されたままの方が怖いですね。少しは加点してもらわないと」
「ふむ……よかろう。己の無力さを痛感する機会に恵まれたな」
「ありがとうございます! それで、アタレフくんに聞きたいことがあるんだけど――――」
先ずは互いにこのダンジョンで気付いたこと、対処すべき優先度を確認しあった。
こんな場所でやるべきことではないが、恐らく吾輩がいるが故にこの場は安全だと判断したのであろう。
吾輩を巻き込んでおきながら利用するその面の皮については、多少評価してやってもいい。
しっかりと相談し、休憩した後の行動は早かった。
敵の拘束攻撃も全てに対応するのではなく、片手や片足程度なら放置。
敵がこちらを無力化させていることに特化しているということは、片手で対処できる程度ということでもある。
なので処理すべき優先度さえ間違えなければ問題ない。
他にも既に複数の状態異常におかされているアタレフを突っ込ませ、消耗してきたら回復する。
何度も同じ症状を回復するよりも効率的だ。
そして初見のものがあれば最初に全力の<色術>で対処する。
近づくことすらリスクになるのであれば、これが最適解と言えるだろう。
途中、危ぶまれるところもあったが、最小の怪我とリスクで切り抜ける。
アタレフには遠慮がないこともあり、効率的に戦い、リスクも管理できているようだ。
ではどうして今より余力のある四人パーティーの時にあそこまで追いつめられていたのか?
恐らく遠慮が出てしまう相手がいると本来の力を発揮できないのだろう。
皆が仲間になろうと群がるというのに、肝心の本人はそのせいで力を発揮できないとは皮肉なものだ。
仲間を道具として見られたならば、少しは楽であったろうに。
……と、そんなことを考えている間にも二人の生徒はダンジョンの主の間へと到達した。
そこには巨大な大蛙が鎮座していた。
このダンジョンの主に相応しく、毒に麻痺に拘束技。
文字通り生殺しにする手管が何十通りもある害悪なものである。
「先生! あれを倒したら加点ありますかね?」
「ああ、考えておこう」
肩で息をしながらも勢いがある。
もしかしたならば、あの大蛙を倒せるかもしれぬな。
そんな二人を、吾輩は<鉱術>による槍で頭を撃ち抜いた。
……いや、アタレフだけは驚異的な勘で躱したか。
なまじ横着するものではないと己を戒め、次は百の槍を持って全身を射抜いた。
さて……こうして最後の二人もダンジョンに戻ってきた。
最後に教訓を伝え、授業を終えるとしよう。
「吾輩がいるから何とかなるという甘えが見えた。あの消耗状態でダンジョンの主に挑むべきではない。アカネ生徒、減点。」
何か言いたそうな顔をしていたが、構わず治療室に運ぶ。
「アタレフ生徒、吾輩を潜在的な脅威として注意できていたな。しかし、それならば同行者にも伝えるべきだった。減点である」
こちらも不服そうな顔をしていたが、無視して治療室へと運ぶ。
ほどなくして指も戻り、全てのダンジョンは閉じられた。
一息つき、色あせた昔を思い出す。
もしも吾輩にも、同じように指導する教師がいたならば結末は違っただろうか。
あの英雄に、あのような顔をさせる事はなかっただろうか。
……これでは仮定ではなく、妄想だ。
何の生産性もない思考に費やす無駄など、吾輩には残されていないというのに。
いつしか全ての無駄を排した時には、また色が戻るのであろうか。




