44話目:6月■日テクマの日誌④
倒れてしまった私ですが、授業を休むわけにはいかないので、なんとか手を借りて教室まで行けました。
もちろん、教室中は<黒の遺産>についての話題で持ちきりです。
あまり気にしていないのはアカネと……≪キメラ≫の方くらいでしょうか。
そういえばアカネと≪キメラ≫の御方、一緒にダンジョンに入ってから雰囲気がおかしいような?
ただならぬ空気というと語弊がありますが、何か特別な間柄のような空気を感じてしまいます。
まさか、前のダンジョンで何かあったとか……!?
「ダメですわよ、アカネさん! 社会規範から外れるものに憧れる心理は理解いたしますが、それでも踏み外してはならないものがありましてよ!」
「え? 何のこと?」
「アナタには私がいるじゃないですか! 寂しいなら寂しいと仰ってくだされば、もう少し構ってさしあげるというのに……」
「ううん、寂しくはないよ。クラスの皆も異世界人のアタシと仲良くしてくれるし、テクマさんも付きっ切りで色々教えてくれるからね」
それはアナタが心配で目が離せないからで……!
と思っていたらノフェル先生が教室に入ってきましたので、皆スグに静かになりました。
「さて、授業を始める前に珍しく伝達事項がある。昨日、<黒の遺産>が回収された。しかし、これが破壊され問題となっている」
皆がざわめくも、すでに知っている内容ではあるのでそこまでのもではなかった。
「破壊した者の名前はエトルリア。数々の恩恵と遺産をもたらした英雄が、その手で歴史に残るであろう異形を破壊したことで、様々なところで議題が紛糾しているようだが……諸君には一切関係のない話だ。授業に集中するように」
エトルリアという名前が出た瞬間に皆に動揺が走る……もちろん、私も。
<黒の遺産>からもたらされる恩恵は、文字通り世界を変えるものすらある。
歴史の転換期をこの目で見られるかと思えば、それがフイされ……しかもその張本人が数々の偉業を成し遂げた英雄様ともなれば、どう反応していいのか分からないものあった。
文字通り、頭の処理が追い付かず呆けることしかできません。
そんな中で、アカネが再び挙手をしてしまう。
「先生! それで、犠牲者はどれほど出たのですか?」
「ふむ……同郷の者がいるのであったな。ならば一応関係はあるか。犠牲者は無しだ。どうやら我々の思慮の埒外の力が作用していたようだな」
それを聞き、アカネはほっと一息つく。
私もエメト嬢や他の同胞の無事に胸をなでおろすが、それよりも英雄エトルリア様の凶行の方が気になってしまいます。
いったいどんな理由があったのでしょうか……私には想像もつかない何かがあったのでしょうか。
「あぁ、それと<黒の遺産>の厄災に見舞われた際、そこから難を逃れたのはエトルリア殿と≪ヘイズ≫の男子生徒だけだったらしいな」
それを聞き、再び教室中が騒がしくなる。
上級生ですら巻き込まれたというのに、どうやって厄災から逃れたのか?
英雄エトルリア様との関係は何なのか?
情報が公開されたというのに、気になることがさらに増えてしまう。
「そしてその≪ヘイズ≫こそが、<黒の遺産>の破壊に関与していた可能性があるとか……。同じ≪ヘイズ≫であるアカネ生徒は、このような問題を起こさぬといいな?」
そうして先生は皆が放心しているのを放置し、授業を進めていくのでした。
そして授業終了後、何人かの生徒が問題の≪ヘイズ≫……ではなく、異世界の方のことを聞きにアカネの所へとやってきた。
けれども以前に言った通り、アカネはその生徒について何も知らない。
なので話せることは何もなかった。
代わりに、彼女の世界についての話を聞かせてもらった。
こちらの話題については彼女の同郷の方よりも拝聴する方が多かった様子。
それもそうでしょう。
<黒の遺産>の破壊に関係しているかもしれない方の話など、あまり好ましいものでもありませんので。
そういう私も、彼女の世界については興味がありました。
中でも食については一家言ある国で育った為、色々とお詳しいことが分かりました。
「はぁ~……こちらの世界の料理もアカネさんの世界に伝われば、おかしなことになりそうですわね」
「あはは、そうかもね。でも、絶対に美味しいと思うよ」
「期待しないで待っていますわ。それにしても、そうやって食に余裕がある世界というのは良いですわね。アカネさんの育ちの良さからも分かりますが、きっと素敵な世界なのでしょうね」
――――――ほんの一瞬、わずかなひと時ではあるが、彼女の顔が変わった気がした。
本当にヒドい表情で……けれども瞬き一つの間にその顔は見えなくなっていました。
……疲れてしまっているのかしら、私?
そのあといつものように授業を終えて、いつものように資料室で勉強して戻る。
いつもと違ったのは、アカネが尋ねてきた言葉。
「ねぇ、テクマさん。ダンジョンで人が死ぬことってあるのかな?」
「そんなことありませんわよ。本当に死んだら……あぁ、一つだけ例外がありますが、私達には関係のないお話ですわよ」
「その例外って何か聞いても大丈夫?」
奇妙なことを聞くものだと思いながらも、答えてあげることにする。
「私達が使う<ダンジョンの挿枝>はご存じですね? 成長する<ダンジョンの挿枝>は稀に<忌み枝>となってしまうことがあるそうです」
「その<忌み枝>を挿して出てきたダンジョンだと死ぬの?」
「そうらしいですわ。貧困の<探索者>はこういった危険なダンジョンに潜り命を繋ぐらしいですが、我々は国に雇われる正式な<探索者>となりますので、関係ありませんわ」
そこでふと、彼女が借りている本が目についた。
どれもダンジョンの資料であったり、個人の調査記録であったりする。
最初は異世界の方ですから、そういった知識を積極的に蓄えているのかと思いましたが、そうではないとしたら……?
そういえば、私は彼女はどうして<探索者>になろうとしているのかを聞いた記憶がない。
わざわざ言うまでのことではないと思っていたけれども、平和な異世界から<探索者>になる為に留学するだなんて、いったいどんな理由が……。
アカネ……アナタは何を調べようとしているの?
そして、何が欲しくて<探索者>になろうとしているの……?




