43話目:6月■日テクマの日誌③
かつて一つであった世界は無数の破片となり、散ってしまった。
けれども悠久の時を経て、人々は一つずつその破片を集め、元に戻そうとしていた。
言語もそう。
一番最初の頃は誰が何を言っているかも分からなかった。
けれども、ダンジョンから持ち帰った<黒の遺産>から<統一言語>を手に入れた。
これにより私達は言葉を束ね、人を束ね、力を束ねて復興していくことになったのだ。
だからこそ、慌てて教室に入ってきたウサミミのハヴラさんの言ったことが皆を騒がせたのでした。
「<黒の遺産>が本校で見つかったらしいであります!」
それは冷静沈着である私の心さえも揺さぶるものでした。
なのに、アカネはきょとんとした顔をしておりました。
そうそう、彼女は異世界の方なので知らない事も多いのでしょう。
ならば、先達として教授するのもやぶさかではありません。
私は懇切丁寧に彼女に<黒の遺産>がどれほど素晴らしいものなのかを図解付きで説明いたしました。
「―――――というわけで、文字通り世界を書き換えるほどの力があるかもしれないモノ。それが<黒の遺産>なのですわ!」
いつの間にか教壇に立ち、黒板を使っていたせいか、クラスの皆さんからも拍手を頂きました。
会心の発表に胸を反らしておりましたが、アカネは首を傾げていました。
異世界の方であるが故に、馴染みが薄いせいでしょうか。
「あら、分からないところでもありましたか?」
「ううん、とっても分かりやすかった。ありがとう! ただ……もしかしたら、本校の人が犠牲になっちゃうかもしれないなって思って」
そう言われてハッとした。
「そうですわね……確か同郷の方がいらっしゃるのでしたね。それは心配でしょう」
「顔も名前も知らないけど、心配だよ。でも、それを言ったら他の皆もそうじゃないの?」
アカネがそう語り掛けるも、誰もそれに頷く人はいませんでした。
「そうですわね、私も同郷の方がいます。ライバル視しておりますが、目指すべき目標となる方が。ですが、犠牲になる悲しみよりも、その礎となれたことを誇りに思いたいですわ」
「そういうものなの……?」
「そういうものなのですわ。我々はアナタが思うよりも多くの悲しみを乗り越え、かつて失われたモノを取り戻す為、ここに立っているのですから」
大仰な言い方で照れてしまうが、それを表に出すと余計に恥をかいてしまうので我慢して胸を張る。
「ハァ……随分と立派な演説であるな、テクマ生徒。我々の代表者のような顔をするほど、その皮が厚いようだ」
「ノフェル先生っ!?」
「全員、席に座れ。授業の時間である」
皆が素早く着席して授業が始まるも、どこか上の空な空気に。
無視していたノフェル先生も呆れ果てたようで、授業を中断してしまいました。
「どうやら、この<探索者>と名乗るのもおこがましいヒヨコ達は本校での出来事が気になるようだな。関わる資格も実力もないというのに」
厳しい言葉に思わず皆が背筋を伸ばす。
ただ一人、アカネだけは真っ直ぐに手を伸ばしていた。
「今その手を上げているということは、それだけ有意義な質問なのだろうな。アカネ生徒」
「アタシはまだ<黒の遺産>について全然知らないので、一つだけ気になったことが。<黒の遺産>は、ノフェル先生ほどの実力をもってしても、犠牲が出るものなのでしょうか」
その言葉を聞いたノフェル先生は、不愉快そうに眉をひそめる。
けれども、一喝して口を閉じさせようとはしなかった。
「アレに運や実力は関係ない、天災のようなものだ」
「つまり、対策できるんですか? 人が台風や雷に備えるように、頑張ればなんとかなると!」
「……誤差にしかすぎん。本校には酔狂で教師をやっている英雄様もいるが、厄災が共に封じられていれば多少の犠牲は出るであろう。もし犠牲となる者がいなかったとしたら――――」
「……したら?」
「それは全知も及ばぬ、神ならざるモノの仕業であろうな」
そう言い、ノフェル先生は再び授業を再開した。
アカネにはああいったが、私だって犠牲が出ることを望んでいません。
とはいえ、ノフェル先生は全知ですら関与できないと仰っていました。
そうなると、どなたに祈ればいいのでしょう……ノスフェル神様でしょうか。
そんなことを考えながらも時間は過ぎていく。
全ての授業を終え、そのあと資料室で勉強。
アカネも一緒なおかげで、とても捗りました。
自分一人だけでは、こうはいかなかったでしょう。
誰かと共に価値を高め合える今に、感謝しなくてはなりません。
そうしていくつか本を借りて寮に戻る途中、ノフェル先生に出会ってしまった。
「ふむ、こんな時間まで勉強かね。時間だけを浪費するような勉学で褒められるのは、幼子の時だけであるぞ」
「はい。なのでこの時間と知識を無駄にしないよう、知が自分の血肉になるよう努力します」
「努力だけなら無能にもできる。是非とも結果も伴ってほしいものだな」
「はい!」
いつものノフェル先生の嫌味に、いつも通りに対応するアカネ。
一周回って、この二人の相性は良いのではないかと思えてきましたわ。
「ふむ、勤勉な学徒に一つ教えよう。本校との連絡が途絶えた。あそこに居るであろうキミ達の同郷の士は、絶望的であろうな」
それを聞いたアカネは何かを我慢するかのように食いしばる。
しかし、すぐに顔をあげてノフェル先生に向き合った。
「まだ分かりません。もしかしたら、助ける方法があるかもしれません」
「そうかね? そのような方法があったとしても、<探索者>と名乗ることもおこがましい実力では、関わることもできまい。諦め給え。キミの過去と同様、未熟者に出来ることなど何一つない」
そう言い残し、ノフェル先生は去っていった。
気分が優れなさそうなアカネをなんとか励まそうと、声をかける。
「大丈夫よ、アカネさん。本校には<不朽の英雄>と呼ばれるエトルリア様もいらっしゃいます。まだ諦めるには早いですわ」
なにせ最上級である黒と白の<色術>を同時に行使し、ダンジョン中を文字通り殲滅しながら進める方ですもの。
他にも与太話にしか思えないような伝説を残された方。
―――――そんな方がいらっしゃったにも拘わらず、連絡が取れなくなった。
だからこそ、絶望的な状況だと理解できてしまった。
そんな私の気弱な気持ちを察してしまったのか、アカネは逆に微笑み返してくれた。
「うん、そうだね。信じないとね。アタシ達にできるのは、それくらいなんだから」
「ええ、信じましょう。祈る力は無力ではありません。きっとノスフェル神様がなんとかしてくださいますわ」
「ノスフェル神様って、どんな神様なの?」
「世界に一番最初に夜明けをもたらしたとされる御方ですわ。ええ、<黒の遺産>という夜を、きっと晴らしてくださいますわ」
そうして翌日……私はこの言葉を少しだけ後悔してしまった。
「うわー! 大変、大変であります!」
まだ朝も早いというのに、ウサミミのハヴラさんが騒いでいました。
「朝から騒々しい。みっともないですわよ」
「テクマさん! 大変! 大変であります! 聞き耳を立てていたら、本校の方と連絡が取れるようになったと!」
「あら! 良い報せではないですか!」
「けど、けど……<黒の遺産>が…………壊されちゃったって!」
「…………は?」
思わず全身の血の気が引いて、卒倒しかけてしまう。
<黒の遺産>……その恩恵は、歴史書に残るほどのものばかりだ。
しかしそれが破壊されたということは……歴史に残る偉業を抹消したのと同然であり、許されない大罪。
嗚呼、ノスフェル神様……まさか私が祈ったせいで、こんなことになってしまわれたのでしょうか……?
呪うことはできずとも、それでも信仰心が揺らぐほどにショックを受けた私は、そのまま倒れこんでしまった。




