41話目:6月■日アタレフの記録①
この学園に来て二か月、おおよそ生活にも慣れてきた。
そして、オレという≪キメラ≫の扱われ方にも。
本校ではダンジョンで持ち帰った物は換金し、装備や生活の質の向上、仕送りなどに使われるらしい。
分校では持ち帰ったものはポイントに変換され、等分に分配される。
ポイントは多いほど食事などのランクが上がり、借りられる装備の質も高まる。
ひと昔は女が身体を使ってポイントを荒稼ぎしていたこともあるらしいが、オレの代ではそういうのは見かけない。
教師が<星堕>のノフェルということもあり、健全なクラスだ。
せいぜい、パーティーがポイントを持ち帰る為にオレが捨て駒にされているくらいだ。
戦利品さえ持ち帰ればポイントは分配される。
だから誰かの犠牲を前提にしてしまえば、持ち帰る確率も高まるというわけだ。
もちろんオレは自分で捨て駒になるほど殊勝な人間じゃない。
どちらかといえば、世界そのものがオレのような奴を使い潰そうとしているだけだ。
いわば身体……血……人種の問題だ。
オレには爪と牙がある。
だが≪ライカンズ≫ではない。
オレには小さな角がある。
だが≪ホーンズ≫ではない。
いわゆる≪キメラ≫、混血だ。
どちらの特性を持ち、どちらでもない人種である。
とはいえ、この程度でぞんざいに扱われ、嫌われる理由はない。
オレには小さな羽がある。
だが希少な妖精の血を引く≪ピーシーズ≫ではない。
恐らくだが、どこかで≪ビット≫……いわゆる虫野郎の血が混じったのだろう。
≪ビット≫というのは嫌われている種族の中では、まだマシな部類だ。
だがそれは最悪よりはマシというだけであり、好かれる理由には程遠い。
たった一滴の穢れた血が、他の血もまとめて台無しにしやがった。
オレは混血、害虫のような≪キメラ≫。
道端で踏み潰されるのも、捨て駒にされるのも、そう変わりはない。
あの日もそう思いながら、ダンジョンの中で死にかけてた。
だというのに、あのアカネとかいう≪ヘイズ≫がオレを助けに戻ってきた。
もしや先行した奴がやられたのかと思ったが、一足先に脱出したらしい。
なら戻ってくる理由なんざどこにもない。
いったい、何が目的で戻ってきたのかを尋ねれば―――――
「勇気ある男子を見捨てられないよ。ほら、一緒に帰ろう!」
―――――だとさ。
どうやら≪ヘイズ≫はこの世界での差別について無知らしい。
だから薄汚れた≪キメラ≫だろうと、綺麗なお手々を差し出したんだろう。
もちろんオレはそんな手を振り払ったさ。
生還したところで何の意味もない、それどころか余計なひんしゅくを買うだけだ。
だというのに、あいつは無理やりをオレ引きずって脱出した。
そんで心配して駆け寄るクラスメイトから、いかにオレが穢らわしいのかを言われたが、まるで気にしなかった。
それどころか衆人環視の中で「皆の為に一人で戦い続けるなんて、勇敢だね!」とかほざきやがった。
――――――ははっ、反吐が出る。
お気楽な≪ヘイズ≫と違って、オレは見捨てられるのが、一人で戦うのが当たり前なんだよ。
なにが皆の為だ、クソくらえ。
それからというもの、何故か≪ヘイズ≫の女はよく挨拶したり声をかけてくる。
甘ったれな≪キメラ≫ならコロっと懐柔されただろうが、オレは違う。
いくら鈍感な奴だろうと、周囲から腫物扱いするものにわざと近づいてくる奴には二種類しかいない。
優しい自分に陶酔したい奴。
騙して利用しようとする奴。
この二種類だ、この二種類しか存在しない。
前者なら適当にあしらえばいい。
だが後者の場合はちと面倒である。
なので、脅して兎耳のハヴラに調べさせた。
脅したといっても危害を加えるわけじゃない。
ただ少し、ほんの少し仲良くするフリをするだけだ。
それだけでそいつはオレの仲間のように見られ、学園中からハブられるだろうからな。
結果は……まぁ分かってたことだが見事に取り込まれた。
今じゃ発情期みたいに尻尾とケツを振って≪ヘイズ≫の後を追ってやがる。
ちょっとだけ話してみたが、青臭い自慢話や称賛ばかりで一方的に捲し立てるだけ。
逆に言えば、オレのことは話していないということは分かった。
もはやクラスで≪ヘイズ≫に取り込まれていないのはオレくらいのもんだ。
だからこそ、オレは先んじて手を打つことにした。
簡単な話だ。
『大事な話がある。他の人には聞かれたくない。だから次の実習、二人でダンジョンに潜らないか』
―――――というお誘いを、コッソリとしただけである。
誰彼構わず悩みを聞いては寄り添う奴である。
ならば、この誘いに乗ってこないはずはない。
正直なところ、この目論見が外れてくれないかと思った。
そうすればオレだけ関わらず、高みの見物としゃれこめるからだ。
だが、どこぞの神はそれが嫌だったらしい。
ダンジョンの実習がちょうど組まれ、すぐさま≪ヘイズ≫がオレを誘い、そのままダンジョンへと入る。
驚くほど早い展開に、思わず舌打ちがでたくらいだ。
とはいえ、誰かが後追いでダンジョンに入ってくる可能性もある。
邪魔はされたくないので、ダンジョンの奥まった場所へと進み……≪ヘイズ≫を取り押さえた。
小さな悲鳴をあげられたが、何の意味もない。
殺されるとでも思ったのだろうか?
それこそ何の意味もない。
ダンジョンの外に放り出されて、それで終わりだ。
オレは目を逸らされぬよう、顔を近づけ……俺の瞳の奥をこじ開けた。
上位の存在は相手の表層心理を読むことができるらしい。
オレもそれが使えればもっと楽に生きられたかもしれないが、それより便利なものが備わっていた。
調べて分かったが、これは<開望の光>と呼ばれるものらしい。
瞳の奥にあるこの光は、表層心理よりもさらに深くへと触れられるようになるとか。
どこで何の血が混ざったか分からない≪キメラ≫だが、これだけは感謝している。
心を覗いている間は無防備なので、さっさと調べて終わらせよう。
先ずオレが光の先で見たモノは、童話のようなお菓子の国だった。
どろどろとした甘臭さが鼻につき、吐き気すら催すほどだ。
こんなにもお目出度い頭なら、オレなんぞに構うのにも納得いきそうだ。
けれどもオレは、その国が大きな包み紙で包装されているのを見逃さなかった。
安っぽいアメのように、見た目だけは豪華な包装紙。
さて、包装紙の中にあるものは何かな?
秘密を暴くのは少しだけ楽しい。
自分を綺麗に見せるやつほど、中身とのギャップが違いすぎて笑えるからだ。
空虚で空っぽな小さい小さいアメのような自尊心でもあるのか。
それとも虫が湧くような腐った性根でも隠されているのか。
オレは好奇心に胸を弾ませながら、包装紙を破り中を覗いた。
赤
赤・赤・赤・赤
赤・赤・赫・赤・赤・赤・赤・赫・赤・赤・赫・赤・赤・赤・赤・赫・赤・赫・赤
赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫・赫
眩いばかりに、目が潰れそうなほどに、魂が焼けるかと錯覚するほどの赤。
それは炎であり、灼熱であり、灰すら燃やさんとする赫色だった。
こんなものを隠していたのかと、よくも隠せたものだと驚嘆する。
狂人の心を覗いたこともあったが、ここまでのものは初めてだ。
狂っているのか?
いや、狂っていたならば包み紙ごと燃やすこの赫色を隠せるわけがない。
そこで一呼吸し、心を落ち着かせる。
理解しようとすれば、俺の魂ごと焼かれるからだ。
ふと、視界の端に違和感を覚えた。
そこへ焦点を向けると…………小さな、小さな子供がいた。
必死に何かを運んでは、赫色の中へと放り込んでいる。
木製の枠に飾られたソレは、思い出だ。
楽しい思い出、哀しい思い出、昔の思い出、まだ色褪せていない思い出。
それらを燃料にするかのように、赫色の中へと焚べている。
そうしてオレは見てしまった。
煌々と燃える赫色の中には―――――――数えきれないほどの、おびただしい死体の山があることを。




