36話目:4月■日テクマの日誌①
険しいニス山々に囲まれたここにあるは、ダンジョン総合学園。
大陸の郊外にある学園では自由な校風をウリにしているが、この分校では違う。
<探索者>となるべく厳しい授業と訓練を受け、その高い実力は国に雇われることが約束されている。
功績は確かに本校の方が高く、同胞であるエメト嬢達はそちらに向かった。
けれども、私は違う。
この厳しく困難が伴う分校において、エメト嬢の期待を上回るだけの成績をおさめてみせるのだ。
その為に、私は学園に入る前から入念に己を鍛えてきた。
それこそエメト嬢に負けぬほど過酷な訓練だ。
先ずは使えないクラスメイトを先導し、私の実力を見せつける。
そしてこのクラスにおいて一番となり、多大なる実績を稼ぐ。
周囲の人間は、その為の踏み台でしかない。
そう……砂漠のダンジョンに入るまでは、そう思っていた。
間断なく襲い掛かるモンスターの群れ。
不意に発動するトラップ。
最初に一人が死に、次にパニックになった者が死んだ。
私は足手まといのように身体を震わせ、ただ歩くことしかできなかった。
それも≪ヘイズ≫と呼ばれる弱い異世界人の背中を見ながら……!
「大丈夫だよ。前は任せてね」
二人の死に直面しながらも、その女子はなんでもないかのように言ってのける。
本当ならば私がやるべきことだったのに、今は自分を落ち着かせることで精いっぱいだった。
プライドなんかかなぐり捨てて、ただひたすらに後を追う。
わずかに残った自尊心を握りしめ、必死に足を動かすことしかできなかった。
「そういえば、あなたはなんだか慣れてる感じがするね。ダンジョンに入るの初めてじゃなかったりする?」
「……いいえ、入るのは初めてですわ。そういうアナタは……まるで何度も入ったことがあるほどに落ち着てますが」
「ううん、アタシの世界にダンジョンはなかったよ。だから、こういうダンジョンは初めてかな」
もしも今の言葉が本当なら、彼女はカミール……完璧なるモノだろう。
私達よりも遥かに強く、天性の才能に恵まれた人物を、我々はそう呼ぶ。
だからだろうか。
いつ死ぬか分からないダンジョンの中にいながら、彼女はまるで散歩しているかのような雰囲気でこちらに話している。
そのおかげもあってか、気持ちが落ち着いた私も戦闘に参加する。
前衛はまだ無理だが、後ろから<色術>を使うくらいはしなければ、恥ずかしくて生きていけない。
「ねぇ。あなたが使ってる<赤の爪>って、アタシも使えるかな?」
「さぁ、分かりませんわ。いくらアナタがカミールであろうとも、色には適正がありますもの」
「それならさ、教えてもらってもいいかな?」
「……ハァ!? アナタねぇ、ダンジョンの中にいることを忘れてますの!?」
「ダンジョンの中だからこそ、かな? ここでアタシが<色術>を覚えて、それでダンジョンをクリアしたら、かっこよくない?」
あっけらかんというその顔は楽観的だと言わざるをえなかった。
だけど……その自信に満ちた表情は、小さくなっていた私の闘争心に火を点けるのに十分だった。
「いいでしょう。まだ家名は名乗れませんが、このテクマが、いかに<色術>の習得が難しいかを教授してさしあげます!」
会話をしている内に、緊張や恐怖は霧散した。
皆を先導する人物というのは、こういう人なのかと思ってしまった。
そうしてわずかな授業であったが、彼女は三色の<色術>が扱えるようになった。
まだ初歩的な術だけど、流石はカミールといったところね。
「どれだけ扱えるか分からないけれど、これで少しはダンジョンのボスに勝つ目が出てきましたわね」
「ボス? それを倒したらいいの?」
「アナタ、そんなことも知らないで学園に来たんですの!?」
「うん。何も知らないから、学びにきたの」
「ハァ~……呆れましたわ。けど、その姿勢は立派ですわね。才能に溺れず、向上心がある方は好ましいですわ」
才能がない私は努力に縋るしかなかった。
だからだろうか、才能があるエメト嬢に対抗意識を持っていたのは。
だからだろうか、才能があっても、懸命に努力しようとする彼女に自分を重ねてしまうのは。
努力をすれば報われるということを、彼女を使って証明したいだけではないのか……?
そんなことを考えていたら、急に手を握られた。
「大丈夫、大丈夫。だからそんな暗い顔しないの。ねっ?」
「ちょっ……気安く触らないでくださいませっ!」
驚いて飛び退いてしまったが、手にはまだ彼女の温もりを残っている。
そのおかげか、嫌な考えをスグに振り払うことができた。
「ハァ……何の根拠もない慰めの言葉で気が楽になるなんて、私も単純ですわね」
「コスパがいいってことだね。良いことだよ!」
「安い女ですわねぇ」
最初に感じていた恐怖はどこへ行ったのか。
今では、ダンジョンの中であろうとも平常心を保てるようになっていた。
「さて、この先にボスがいますわ。覚悟はよろしくて?」
「うん、もちろん! 一緒に帰ろうね!」
そうして私達は、最初のダンジョンアタックで、たったの二名でボスに挑んだ。
結果は……言うまでもなく散々なものだった。
知識も、レベルも、装備も、メンバーも足りないのだから仕方がない。
けれども、それで納得できるほど私は卑屈にはなれなかった。
様々な後悔の念を抱きつつ、私と彼女は治療室へと運ばれる。
「アハハハ、死んじゃったね」
「アハハじゃないですわ! もっと悔しがったらどうですの!?」
「悔しいけどさ、またやり直せるじゃん。次があるって幸せなことだよ、テクマさん?」
「ハァ~……こんなところで足止めをされるわけにはいかなかったというのに……」
「そんなことないよ。全力を尽くして出た結果から学ぶことはいっぱいあるんだから! 学びの機会を得たって考えようよ」
「そうですわね。今度は私に<青の牙>を当てないようにしてほしいですわね」
「うっ……ご、ごめんね、テクマさん。まだ慣れてなくて……」
「謝るより先に、言う事があるんじゃありませんこと?」
そう。
一番最初に言うべきこと、やるべきことをこの子はしていない。
それをするまでは、私はこの子を認めるわけにはいかない。
「え……何かあった?」
「私は名乗ったというのに、アナタの名前を受け取っておりませんわ」
「あ……あぁ~! アタシ、天星 赤祢。よろしくね!」
「えぇ、アカネさん。よろしくお願いされますわ」
これが私と彼女の出会い。
異国の地において、初めて出来た私の友人。




