22話目:優雅なる一日
音無 響の一日は早い。
ドタドタとうるさい寮の足音を聞き、目が覚める。
異世界には目覚まし時計がない為、こういったことで時間が分かるのだ。
「もう朝かぁ~……」
眠たい目をこすりながら背を伸ばし、再びシーツの中へ潜り込む。
二度寝である。
目覚めが早いからといって、朝から活動するとは限らないのだ。
そして気ままに目覚めた頃には既に昼前。
夜更かしをしていた生徒も起きてくる時間で、その足音で気だるく彼も身体を起こす。
「……人はどうして起きなければならないのだろう。眠ったままでもいいじゃないか。奴隷に自由意志など必要ないように……By.ピタゴラス」
もちろん、ピタゴラスはそんなことを言っていない。
適当に名言っぽい台詞に適当な偉人の名前をつけているだけである。
適当に準備をしたあとは颯爽と食堂へ向かう。
ちなみに食事についてはマメにメモを残していたりする。
<異世界食べ歩き奇行>という本を出そうと画策しているからだ。
なお、奇行の字は誤字ではない。
「誰かああぁぁぁ! パーティー組んでえええぇぇ!!」
食べ終わったら適当な学園生たちのパーティーに潜り込もうとする。
寄生させてもらえないと生きていけないキリギリスの悲しき宿命である。
なお、課題が発表されたせいでクラスメイト達はさっさとダンジョンに潜っていっている。
こんな時間に起きた奴と組む奴は、よほど図太い神経を持っているか、よほど優秀な者だろう。
「………………ハァ」
そんな彼の横を、≪ドルイド≫のグループが通る。
見れば一人足りず、どうやらダンジョン内でやられてしまったようだ。
「………………チラッ」
「………………」
いつもの彼あれば秒でそのパーティーに強引に入り込むだろう。
しかし≪ドルイド≫の厄介さと鼻持ちならぬという子供のような感想のせいで、素直に入れてくれと頼むことはできない。
妥協点として「あっちから頼むんなら入ってやろっかなー?(チラッ」という考えである。
なのでひたすら近くで見つめているが、ひたすらに無視されている。
≪ドルイド≫のリーダーである彼女としては足手まといを入れる理由はない。
ただの足手まといではない、学園一の足手まといといっても過言ではないほどに弱い男だ。
だというのに、その男は最初の課題を自分たちのグループの次に達成した。
あまつさえ、他のクラスメイト達を手伝うほどの余裕を見せた。
さらに<黒の遺産>が破壊された一件にも関係し、昨日までは周回遅れだと思っていたレベル差が、今や自分とほぼ同じ……下手をすれば超えるほどにまで上がっている。
その異常性は彼女の心に深い影がさすのに十分であった。
優秀であるならば理解できる。
才能があるならば納得できる。
実力がなくともコネや家督によるものならば飲み込める。
だがその男には、そのどれもがない。
楽器を片手にヘラヘラと笑う軽薄で無害そうな男。
ただ人に媚びへつらうことしかできない男が、成績や評価において自分の背にピッタリと張り付いてくる。
それは畏怖であり、恐怖であり……追いつかれてはならないという脅迫観を植え付けるの十分なものであった。
ただ、彼女はその異質なものから目を逸らすほど臆病ではない。
両の眼で直視するだけの勇敢さと誇りを持ち合わせている。
……とはいえ、彼女から彼を誘う事はない。
家門の高さ故に。
そして劣った者を入れる不利益を他のメンバーに押し付けるわけにはいかないが故に。
せめて、彼がパーティーに入れてくれと言えば慈悲としてその嘆願を受け入れられるのだが。
「………………チラチラッ」
「………………」
まぁ……無理な話であった。
≪ドルイド≫の彼女達は彼を無視し続け、食事を終えて出て行ってしまった。
(なぁ、なんでアイツ≪ドルイド≫の奴らの横で仲間面してたのに置いてかれたんだ?)
(知らん……<混沌の墜とし児>の考えることを考えてはいけない。お前も墜ちるぞ)
また一つ、彼に関する不可解な噂が増える一幕であった。
さて、ダンジョンに潜れないならどうするか?
そう、授業である。
<探索者>として必要な技能や知識、それらを磨く学問の扉は常に開かれている。
例えば宝箱の鍵開けには定期的に参加している。
他にも意外かもしれないが色術、鉱術、秘術に信仰による術などの授業にも参加している。
自分が使えないということはよく分かっているが、どういう術があるのか、どういう効果なのかというのを知る為だ。
その甲斐もあり、ダンジョンにおいて術を使えるメンバーに対して的確に指示を出せている。
最近は「素人質問で恐縮なのですが」と本当に素人として質問するのだが、かなり際どい内容や悪用できそうな方法を質問して教師陣を困らせるのがトレンド。
別の意味で教師に注目されている生徒ということだ。
そういった授業を受けたかと思えば、戦闘訓練を行う授業にも参加したりする。
無論、実際に戦うと危険なので見学だが。
ぶつかりあう肉体にほとばしる汗……それは目の保養になることだろう。
ただし、真剣な戦闘訓練ともなれば喘ぎ声ではなく汚い苦悶の声やうめき声ばかりが聞こえるが。
「ヤァ、ヒビキくん! 珍しいところで会ったね。よかったら一緒にどうだい?」
「すんません、ヨーゼフパイセン。俺まだ死にたくねぇっす」
「心配ないさ、まだ一年生のキミを相手に本気を出すわけがないだろ」
「……さっき二年生の人を二階まで吹っ飛ばしてたように見えたんすが」
「あぁ、明日には治ってるよ。心配いらないさ!」
「……三階まで吹き飛びそうなんで許してください」
素手で≪ホーンズ≫の巨体を吹き飛ばす相手である、ちょっと力加減を間違えれば首だけが飛んでいく可能性もあるだろう。
ちなみにヨーゼフの種族は響と同じである。
正確には異世界人は≪ヘイズ≫という呼び名があるが、蔑称となるので使う者は少ない。
さて、戦闘訓練に参加しないのであれば彼は何をしているのか?
「フンフンフフ~ン♪」
楽器は弾かないものの、軽くハミングをしながらタイミングを覚えていた。
種族や性別、戦い方によってリズムというものは違う。
だが共通する点も必ずあるものだ。
そのリズムに合わせて演奏をすることで、少しでも戦いやすくする為の見学である。
なお、相手のリズムを完全に把握できるということは、相手の攻撃や動きのタイミングが把握されているということでもある。
さらにリズムを外させてしまえば、相手にとって戦いにくいこと仕方がないであろう。
ダンジョンの敵を想定しているのであれば無用の知識である。
彼がこれを活用することはまだない。
そうして夕飯前、ダンジョンや授業などで疲れた相手にトドメを刺しに食堂などに向かう。
「ん~チュッ! ジュッ! レヴィさぁ~ん♪ つれないじゃないっすかぁ~?」
「ヒビキ!? いいところに来た! この女をなんとかしろ! 駆除でも構わん! オレが許すッ!」
かつて地雷女に誘爆されたレヴィであったが、今度は自走式の地雷が飛んできたらしい。
「……すいません、そのヒビキ……っていうの? どこの国の言葉っすかね?」
「その反応そのものがッ! お前が異世界人でヒビキである証明だろうがァー!!」
行けば確実に巻き込まれる。
しかもあの規模の地雷は何度でも爆発する、何度でもだ。
恩よりも被害が大きくなると悟った響は脱兎の如く逃げ出した。
「どこへ行こうというのだァ!? お前の死に場所はここだ!!」
しかし回り込まれた。
肉体もレベルも違いすぎるので仕方がない。
そのレヴィですら恐れおののく自走式地雷……そのスペックは更に恐ろしいものだろう。
「あっ! アラブスのパイセン! 助けて! 殺されるぅ!」
「ゲッ!?」
「あらぁ♪ これまたイカツイ顔だけどイケメンじゃーん! ん~、どうやって食べちゃおっかな、えへへへへぇ♪」
どうせ巻き込まれるならば少しでも被害を少なくする為に生贄を。
こうして夜が更けるまでドンチャン騒ぎが続き……結果、睡眠時間が減った為に朝起きる時間が遅くなるのであった。
「うぅ……なんで俺ばっかりこんな目に……同郷の人、どうしてるんだろ……」
なお、彼以外にも別のダンジョン学園に通っている生徒はいる。
その生徒は術の素質もあり、クラスメイト達とも打ち解け、順風満帆の学園生活を送っている。
期待の新星と称されてもおかしくない人物であった。
「なんだろう……今めっちゃムカついた。取りあえず、俺より幸せな奴は俺と同じくらい不幸になれって祈っておこう」
ちなみに、その生徒にも複雑な事情が込み入っており、響がそれに巻き込まれることはまだ知らない。




