chapter 6 雷撃
『――分かりました。中央よりやや左側を行ってください』
『了解』
泰久の言葉を半ば聞き流し杉の間を疾走する。敵アタッカーが潜伏していそうな場所には、三発ずつを軽快にぶち込みながらとにかく駆ける。
走りながら正確に命中させる事は不可能だが、不正確でも命中することはある。割り切った考えで洋介は弾を撃っていく。
勘を働かせ、運を味方につけ、走りながら殺し、弾丸は全て回避。それが例え人には不可能な動きだとしても、できなければ死ぬ。
神経が焼け切れそうな集中が、左手の藪が僅かに揺れたのを捉え切った。
飛び出す敵は、本人にとっては絶好のタイミングであったかもしれないが――
「――は」
あがったのは間抜けな声だけだ。ちょうど洋介の銃口の前に体を晒す形になり、何の抵抗もできないままその心臓を貫かれる。
神がかった洞察力はしかし、続けて飛び出すもう一人を予測するまでには至らなかった。続けて現れた敵の銃口から逃れるため、右斜め後ろにバックステップしつつ手榴弾のピンを抜いて転がした。
M16から発射された二発が相手の動きを拘束し、そこに手榴弾が転がり、洋介の反応を追い切れなかったアタッカーの前で手榴弾が破裂する。洋介は更に、手榴弾で倒しきれない可能性を考えて敵の身体に三発を撃ち込む。ヒットブザーを聞きつつ、大きく右側に走っていく――。
味方の援護が期待できないのなら強引な戦い方を押し通すしかなかった。これだけ派手にやっていることから、恐らくこちらの位置はバレているだろう。包囲されたくないのなら敵陣まで突っ走ってしまうしかなかった。
敵陣三十メートルほど前で足を止め、近くにあった岩を盾にする。敵陣が目の前とは言え、ここで突っ込むのは暴挙以外の何物でもなかった。最後の理性で踏みとどまって通信機に言葉を投げかける。
「敵陣側、誰かアタッカーは」
『中央に僕がいる』
姿を確認することはできないが、近くに泰久がいるようだ。
『もう出す指令はない――自陣が危ない。……すまない、僕のミスだ』
泰久の声に洋介が三人を失った事を攻める調子はなかった。
『スリーカウントで僕が出る。坂上君は好きなタイミングで来るんだ』
『了解』
『サン、ニ……』
即座に泰久はカウントを始めた。
指揮官が囮になるという異常な光景だが、泰久ならば問題なくこなすだろうと判断して身を屈める。
『イチ』
洋介はただ眼前だけを見つめていた。
『ゼロ』
カウントゼロの瞬間、敵陣から豪雨がトタンを叩くような音が響き渡った。塹壕の真正面に飛び出ればどうなるかという事は想像に易い。六台ほどの軽機関銃の激射の洗礼を受けることになる。
幸鳳学園のディフェンダーたちが使うのは主にミニミと呼ばれるライトマシンガンだった。アサルトライフルより大きく、長い銃身を持つミニミは、M16より弾数も連射力も優れている。それゆえに、アサルトライフルで正面突破するのは非常に難しいことだった。現実的には「不可能」と言っても間違いないだろう。
泰久の突撃からほんの一瞬だけ遅れるようにして洋介は敵陣に躍り出る。
ディフェンダーたちは塹壕から銃口をほんの少し突き出しているだけで、常人なら「一人」を認識するのすら難しい状況で――
(――六人)
坂上洋介は一秒足らずで敵の数を把握した。
安全確保の意味で自分の正面にいるディフェンダーの顔面に向けて三発。塹壕に隠れようとした頭からブザーが鳴るのを聞きながら、泰久を狙うディフェンダーを左側から銃撃する。
そこでやっとディフェンダーたちは泰久に向けていた銃口を洋介の方に向けなおした。体に風穴を開けられるより早く、洋介は土嚢を飛び越えて塹壕に着地する。塹壕内部に敷き詰められたクッション素材が、足に走る衝撃を吸収した。
塹壕内部、眼前に敵。機械的にトリガーを引き、正確に三発――あっさりと倒れる。
「部長」
『生きてます』
あれだけの銃撃を食らいながらも、泰久は未だ生存していた。思考を阻害する野太い声が洋介の耳に突き刺さる。
「らぁ!」
果敢にも敵のディフェンダーの一人がミニミを掴んで、叫びながら洋介の側の塹壕に飛び込んでくる。
だがミニミと弾丸の合計十キロ以上の重量を支えきれず、着地に失敗したところを洋介の三発に貫かれた。洋介はヒット確認もそこそこに方向転換。ブザーを背中で聞きながら、さらに塹壕の中を駆けた。
「先輩!」
通信機から声はない。恐らくは撃たれたのだろう。
懺悔と感謝はコンマ一秒で済ます。敗者の為に捧げられる花は、勝利と栄光の月桂樹を除いて他にない。
M16のマガジンを交換しながら更に左サイドの方へと走る。
顔を出そうとした瞬間、奥の塹壕のディフェンダーのミニミが自分の方に向けられようとしているのを察知する。塹壕に倒れこむようにしてギリギリのところでそれを掻い潜ると、背後からライフルの発砲音が響いて敵ディフェンダーからの銃声が止んだ。
誰かは分からないが、味方スナイパーの一人がここまで到達したらしかった。森の中のスナイパーへの恐怖か、銃声が響いた方向へとディフェンダーが一斉に射撃が始める。
洋介は塹壕から飛び出した。スナイパーに気を取られていたディフェンダーが、急に現れた洋介の方向へと銃口を向けようとするが、脳天への三発の銃弾の前に崩れ落ちた。地面に設置して使っているミニミの銃口はディフェンダーの思うようには動かない。
二列奥の塹壕のディフェンダーに、三発。射撃がミニミの横腹を貫いた。敵そのものは塹壕に伏せてしまったものの、ミニミ自体は壊せたようだ。だがディフェンダーは間髪入れずに武器をM16に切り替えて攻撃を続けてくる。
互いに塹壕に身を隠しながらの泥仕合。左右から敵が来たら洋介は反応できないだろう。塹壕から出たいが、敵のM16が吐き散らす弾がそれを制する。
弾丸を節約しながらディフェンダーへと牽制を続けるが、M16の残弾が心もとなかった。いつリロードしたのか覚えていないが、もう弾倉には二十一発しかない。敵一人を仕留めるには十分でも、ディフェンダーは少なく見積もってもまだ三人はいる。
だから走った。今度は逆サイドへ疾走する。
時間稼ぎをやられれば自陣が危ないことは理解していた。ならば、最短で敵を潰すまでだと、半ば本能的にそう判断する。
尋常ではない跳躍力で一メートル五十センチの塹壕を飛び越える。着地と同時に右サイドのディフェンダーに手榴弾を放り投げた。豪速の手榴弾が彗星のような勢いで敵ディフェンダーを襲って、粉塵が巻き上がる。全身に被弾したであろうディフェンダーからブザーが鳴り響いた。
鍛え上げた肩を使うことで『ギリギリのタイミングまで手榴弾を投げない』という選択を自由に取ることができる。意図したタイミングで頭上爆破を引き起こし、常人の二倍か三倍の距離を飛ぶ洋介の手榴弾はグレネードランチャーの弾と変わらない。
もはや誰も洋介の動きを追えていなかった。
残ったディフェンダーの一人が、洋介に銃口を向けようとしたが、そのときには全てが遅かった。M16の本体下部に設置されたM203グレネード・ランチャーから、キレのいいカーブを描いてグレネード弾が射出され、敵の頭上で炸裂する。
洋介が敵陣に辿り着いてから、わずか一分にも満たなかった悲劇が、今幕を降ろそうとしていた。
全力疾走でフラッグの方まで走る。途中の塹壕を飛び越えながら、敵の旗へと手を伸ばす。
――第六感からの警鐘に全力で後ろに引き下がった。
鋭い銃声。体の前に前に突き出していたM16からブザーが鳴った。
「っつあ!」
思わず意味不明な叫び声をあげながら、冷静な心を取り戻す。
塹壕に降りる瞬間に確認したが、敵の姿は無い。ならば射主はスナイパーだろうか。自分を撃った敵がいるであろう方向へグレネードを射出するが――
「よぉ」
気軽な挨拶の後に続いた短機関銃の射撃を、後退することで回避。やはり自分を撃ってきたのは駿であったということを確認する。
駿はスナイパーライフルではなくサブマシンガンを構えていた。近接戦でスナイパーライフルが役立たずであることを考えた結果であろう、素早い判断力に感服する。
洋介はガンベルトからリボルバー、M60を引き抜き発砲、すぐさま後退する。
塹壕は円形を描いている。つまり「後ろに下がる」ことで側面の壁を盾にできるということだ。
駿が退くのを見た瞬間、洋介は塹壕の淵に手をかけて飛び上がった。空中にいる洋介の方へ短機関銃を向けてきた駿が、笑みの表情を消す。
M60が空中で火を噴き、駿の額を撃ちぬいた。
大仰だがリアルな演技をしながら倒れてみせる駿を尻目に、洋介は旗を掴み取った。
「フラッグ取得しました」