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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
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chapter 5 初陣

「ようヨッケ。さっそく一人取ったぜ」

 幸一郎が自慢げな表情でそう言った。正直なところ偵察にはあるまじき独断専行だったが、始めてで討ち取れたことそのものは大きな成果である。

「おめでとう」

「……ごめんなさい、遅れました」

 対する美穂の方はしょんぼりとしている。恐らく、幸一郎に振り回されたのが原因だろう。

「いえいえ。お気になさらず……とりあえず、もう少し離れよう」

 洋介は追い払うような手振りをしながらそう伝える。理解できないといった顔で後退していく二人に強い視線を送り、ある程度の距離をおいたところで無線機に言葉を投げかけた。

『グレネードとか手榴弾でまとめてやられるとまずいんだ』

「なるほ」

 幸太郎はそこで言葉を切ると、自分も無線機に向けて話しかける。

『なるほどな』

 十メートルも離れていれば、無線機で話す方が声量は小さくて済む。スパイっぽいな、とかいうことを呟く幸一郎を美穂がたしなめる。他愛もない会話に微苦笑を浮かべていると、程なくして無線機から第三者の声が漏れてきた。

『ヨッケ君、後ろにいるよ。合流を確認しました』

 梓から二度目の連絡が入る。今いる場所は人目につきにくいと判断して後ろの方に目を向けるが、やはり姿は見えなかった。これからこの二人と梓とで洋介が進む道を開き、洋介を敵ディフェンダーにぶつける作戦だった。右手側の駿がこちらへ来ていないことを祈りつつ作戦を開始する。

「合流しました。敵陣へ向かいます」

 泰久にそう告げてから、幸太郎と美穂が先行する形で森の中に分け入っていく。十メートルほどの距離を置いて洋介がその後に続いた。

 しばらく進んだ先に木々が密集している場所が現れた。洋介は無線で指示を出して一年生の二人の進行を止めさせた。

「いるかもしれない」

 前方にはなだらかな斜面が広がり、草丈の低い植物が杉を縫うようにして這い回っている。自分が隠れたいと思う場所は、相手にとってもそうだろう――シンプルだが十分な根拠を持った推測を立てた上で、洋介は息を殺して歩調を落とした。

 まだ三十メートルほどの距離があるが、あの影に隠れているとするならこれ以上の前進は危険だと判断する。

 無線機でスナイパーの梓に注意を促した。アタッカーが飛び出てきた瞬間にスナイパーが撃ち取るというのが一番理想的な展開だった。もちろん突っ込んで撃破する自信はあるが、敵ディフェンダーを一掃するという役目を背負っている以上、途中の乱戦に巻き込まれてヒット判定を取られるなんてヘマをすることはできない。

「行くぞ」 

 わざわざ宣言してから、幸太郎が草むらに向かって手榴弾を投擲する。

 読み通り、三十メートルほど先で大きく草が揺れる。予想以上に早い反応だった。洋介は即座に草陰に向けてM16を三発叩き込んだが、アタッカー二人の挙動が遅れた。手榴弾の破裂音が響くが、ブザーは鳴らない。ゴーグル越しの世界には粉塵が舞い、視界が一瞬悪くなった。

 続く銃声。恐らくはM16でなく梓のスナイパーライフルによるものだろう。応戦とばかりに敵の銃声が鳴り響き、交戦が始まった。

 洋介は杉を背にして表情を曇らせる。手榴弾を回避した敵にM16を撃つ余裕は十分にあったが、やはり新入生の二人にそれは難しいらしい。そう考えて彼らのほうに目をやれば、二人は草陰に隠れて数発を撃ち、また戻るという動きを繰り返している。非合理的に見えるようでもっとも堅実な戦闘スタイルだった。アタッカーには牽制の銃弾を撃つか、揺さぶるために手榴弾を投げるか、特攻するかの三択しかない。

 梓もスナイパーライフルを撃っているようではあるが、ヒットアンドアウェーを繰り返す敵になかなか命中しない。

 洋介ならば飛び出して敵を片付けることは可能だったが、今はその好機ではないと考え、牽制の数発を撃つに留めておいた。だが、痺れを切らしたのか――洋介の後方にいた幸一郎が追加の手榴弾を投げつけ、更にM16で追撃を仕掛ける。しかし、数秒後に爆音が響いたのは敵側ではなく味方側での事だった。

 どうやら手榴弾を投げ返されたらしく、隠れそこねた美穂の左腕からヒット判定を示すブザーが鳴った。腕のランプに灯った色はヒットを示す赤色だ。

 腕にヒット判定が出たときは、もうその腕では銃を握ってはいけない。動かせばそれはつまり、サブウェポンのハンドガンに頼らざるを得なくなるということだ。

「あ」

「下がってろ!」

 幸太郎が叫びながらM16の下部に取り付けられたグレネードを射出した。

 撃ち取ったことと反撃されたこと――その処理に追いつけなかった敵に生まれた一瞬の隙。洋介は歯で手榴弾のピンを抜いて、一拍置いて放り投げ、それと同時に木陰から飛び出した。

 幸太郎のグレネードに一秒遅れて手榴弾が炸裂する。続けざまに二回の爆撃を食らった敵は、しかしヒットには至っていない。そんなことはお構いなしに洋介が突っ込んだ。まさに地面に伏せようとした敵をM16の三発で沈黙させる。ブザーの音だけでヒット確認を済ませると、奧に逃げたもう一人の方を追って体を加速させた。パートナーを失い、後退を始めているその姿は――杉林の中に、確かにいた。

 しかし二者の距離は洋介の予想以上に離れていた。焦ってトリガーを引こうとした洋介より速く、背後からスナイパーライフルの銃声が一発。それと同時に眼前の少年が撃ち抜かれたことを知った。洋介は梓が逃げようとした敵の背中を撃ち抜いたのだと理解する。

「ナイスショット」

『ありがとね』

 洋介は胸を撫で下ろした。あのまま自分が撃っていても当てることはできなかっただろう。

「二人撃破」

 地面に屈み、無線機に戦績を報告する。了解、という返事を聞いた洋介が、少し荒くなった呼吸を落ち着けていると、アタッカーの二人が近づいてきた。

「すまん、ヨッケ……」

「あの、ごめんなさい」

 結局一人のヒットも取ることもできず、ただ被害を出しただけの幸太郎と美穂が、しょぼくれた様子で洋介に謝罪の言葉を伸べる。洋介はふと、中学生時代に所属していたクラブ・チーム、《ヴァルハラ》で自分の背中を預けていた相棒の顔を思い出す。当時は相棒一人で大丈夫だった護衛が、今はいつも二人――そこまで考えて自分の愚かさを呪った。無い物ねだりをしたところで仕方がない。

「いや、気にするなよ。攻めるチャンスはできたしね……下がって」

 そう言われて、二人は慌てて洋介との間合いを取り直した。

 洋介は決して二人を責めることはしなかった。代わりに、始めて一ヶ月と経っていない割には二人ともよく動けているな、と人事のような感想を抱く。

『……どうしよう』

 通信機から美穂の縋るような声が聞こえてきた。泰久の作戦通りに行くのならば美穂を自陣に戻らせるべきだが、果たしてこの状態の美穂を戻らせたところでディフェンダーとして活躍出来るだろうかと疑問に思う。何より、護衛を一人失うことが辛かった。

「できればこのまま一緒に来て欲しい」

『戻っても仕方ないよなあ』

「俺もそう思う。片手撃ちができるなら、それで援護してもらえるとありがたい」

『うん。大丈夫だと思う』

 美穂はハンドガンを抜いて二人に見せるように握った。

『そうだな。じゃあ、ヨッケの援護の続きをするぜ』

「ああ」

 本来ならこんな風に会話をしている余裕は無い。銃声を聞きつけた敵が寄ってくる可能性が十分にあったからだ。

「それじゃあ」 

 進もうか、と続けようとした時。


 ――鮮やかなヘッドショット。幸太郎のヒットを示すブザーが鳴った。


 洋介は身を跳ね上げて疾走を開始する

 音は全く聞こえなかった。精度のいいサイレンサーに加え、長距離から狙撃していることはまず間違いない。

 今の敵チームの中でそれが可能なのはただ一人――鮫島駿だろう。

 自分は何をしていたのだろうか――洋介は話し込んでいた自分を呪った。自分が隠れるように言っていれば或いはヒットされることはなかったのではないだろうか。

 半ば自暴自棄になりながら洋介は走る。

 スナイパーに一度狙われたら後はとにかく逃げるしかないことは良く知っていた。岩陰や草陰に隠れたところで、今度はその場所から出られなくなるのが目に見えているからだ。撃たれた方角が分かればまだしも、周囲はほとんど森だ。なぜ狙えるのか理解できないような状況で敵の位置の分析など出来るはずもない。

 駿の目論見の正確な意図は分からないものの、狙撃は成功したと言っていいだろう。現に洋介はプレッシャーに押され、足を止めるという選択肢を選び難い状況に立たされていた。

 このままでは負ける。何もできないまま、駿に貫かれるだけ――

 切迫した状況に身を置きながら、洋介は体温の上昇を感じていた。ダークイーグル戦で冷え切っていた心が轟々と燃え上がる。

 血液を凍らせて機械のようにやれれば理想。それが無理なら、沸騰させて感情のまま引き千切れ。

 ここは戦場だと、英雄から雑兵まで等しく死ぬキリングフィールドだと。

 ――それは果たして、誰から聞いた台詞だっただろうか。

 銃の確かな重みを感じたときに視界が揺らめいた。ラスベガスで撃ったM16の硝煙の臭いが立ち込めている。景色は灰と赤に染まり、洋介の前に広がる世界が表情を変える。

 洋介は脳内でライトガンのルールを噛み砕く。要するにこのゲームは実銃とかわらない。弾にあたったら即死か、そうでないのなら傷つき失血してやがて死ぬだけ。いたってシンプルな暴力の形だ。

 今の彼は確かな戦場を感じている。

 血と硝煙。焼け付くような炎の香り。たち上る煙、山を築く死体、木や地面に刻まれる弾痕――本来なら見えないはずのものを洋介は捉えていた。

『どうかしましたか?』

『味方が全滅しました』

 衝撃的な言葉が口から滑り出る。確認は取っていないが、もうどちらでも構わないと思っていた。

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