chapter 4 沈黙
幸鳳学園には、保有している山を区切って作られた幾つものライトガン用フィールドが存在していた。今回の東京大会は縦も横も五百メートル区画の「山」で行われると言う発表があったので、それにあわせて森のフィールドを区切ってある。
フィールドの中央と四隅に電柱のような柱が立っており、頂点には丸いミラーボールのような球体が設置されている。ハイスペックの演算装置と、ホログラムの投影装置を兼ねていた。プレイヤーが持っている銃の位置と方角から弾の出る方向を算定し、ライトガン・ゴーグル越しの世界に弾丸や爆風を投影する。
従来、軍用として開発が進められていたライトガンの原型は赤外線を撃ち合うというものだった。精度こそ素晴らしかったものの、「弾丸が見えない」という欠点に加え、もう一つ大きな負の要素――「物体を貫通しない」というものがあった。
しかし次世代ライトガンシステム――ARLGシステムと呼ばれるそれは、その双方の欠点を補う形で完成していた。あらかじめ草木や岩、あるいは人工物の位置情報の全てを三次元映像として取り込んでいるため、弾丸ごとに算出された貫通能力を元に弾は空間内の物体を突き破る。これによって高威力の弾丸は実銃さながらに木々や土嚢を貫通し、どう再現するか議論を呼んだグレネードランチャーもホログラムの弾丸と爆発エフェクトが付与されることになった。
洋介は積み上げられた土嚢の上に腰を下ろす。お互いの陣地には、フィールドで差はあれ三列ほどの塹壕が掘ってあり、塹壕の前には土嚢で壁が作ってある。深さ百五十センチほどの塹壕は、立った姿勢で射撃をするために十分なスペースが設けられていた。
そしてその塹壕と土嚢に守られるようにして、自陣の一番奥に設置されている旗が「フラッグ」と呼ばれるものだった。ライトガンでもっともポピュラーなルールである「フラッグ戦」は要するに先に相手のフラッグを取った方が勝ちだった。もっとも敵が一人でも残っている状態でフラッグをつかみ取れることなどまずないため、殆どの試合ではどちらかのチームの十五人がヒット判定を取られて退場することになる。
『ディフェンス。大野君、久本君、須藤君、林さん。準備はいいですか』
無線機から指揮官である泰久の声がして、呼ばれた四人が順番に返事をしていった。
『洋介くん、準備はいいですか』
その言葉で自分の装備を見返す。迷彩服と同じ色のポーチに弾倉が入っていることを確認した。
「大丈夫です」
洋介は静かに返答をすると、M16の銃把を力強く握った。
『十五対十五、三十分間のフラッグ戦を開始します。それでは、スタート!』
文香の凛とした声に続き、試合開始を告げる銃声がフィールドに響き渡った。
洋介はスタートと同時にフィールドを真っ直ぐに突っ走っていったが、五十メートルも行ったところですぐにそのスピードを落として乱立する杉を縫うようにゆっくりと進んで行く。森とは言ってもこの辺りは細い杉ばかりで、体を隠すのに適しているとは言い難い。なので、スナイパーからの狙撃を避けるためになるべく身を屈め、背丈の低い草に紛れるようにして行動する必要があった。
高い貫通力を誇るスナイパーライフルの前では杉の一本二本程度では盾にもならない。位置を知られたら全力疾走するという無謀な選択肢しか残されておらず、もちろん走っていれば敵のアタッカーに見つかる可能性が高くなる。
洋介の役目は「敵の情報が分かってから進んで相手の旗を取る」というものであった。なので無茶をして早退というわけにはいかず、しばらくは斥候からの情報を待たなければならない。
だが、それが――非常に難しい。
三百六十度どこから撃ってくるか分からない敵に警戒し、また無線機に耳を傾けて十五人の味方の場所を常に掌握していなければならなかった。
岩陰にいようが木陰にいようが手榴弾を投げられればそれまでである。相手の攻撃をかわしきれる場所というのはフィールドにはまず存在せず、あったところでそういう場所は「自分から攻撃もできず索敵もままならない」のが常である。
「…………」
百メートルほど先の草が動いた気がして、洋介は足を止めてM16を構える。数秒の後、どうやらただの風だったらしいと判断する。
『鍋島君退場。射手は恐らく鮫島』
無線機から聞こえてくる泰久の声に胃が痛む思いがした。始まってまだ二分と立っていないのにも関わらず、先行したアタッカーがさっそく駿に討ち取られていた。
体に装着された装置が人間の形を三次元情報としてリアルタイムで送信し続けている。電波の速度より速く動けでもしない限り、ホログラムの弾丸を回避することは不可能である。自分の体にホログラムの弾丸が命中することを「ヒット」といい、部位ごとに設定された体力が減算されていく。負傷を表現しているようなシステムは今でも批判対象にされているが、少なくとも洋介はその生々しさを気に入っていた。
腕を撃たれたのなら片腕で。足を撃たれたのなら這いながら勝利を目指す。それがライトガンだ。
「エリアはどこでしょう」
念のため、洋介は無線機の先の泰久に問いかける。
『D9ではないかと』
「了解」
頭の中に碁盤の目状に区画された地図を描きながら、そろそろとフィールドを進んでいく。
前衛がやられた以上、援護の意味も含めて自分もある程度敵陣の方へ寄らなければならない。低い草に頭をうずめつつ、進む。
洋介は全神経を尖らせる。風のざわめき、鳥のさえずり――その中に混じる「敵」の影を捉えるために。
フィールドの中程まで達したが、未だに敵との遭遇はなかった。安堵する一方で、他の一年生たちの方にアタッカーが集中しているのではないかという不安に囚われる。
もう少し木があれば走って進む事もできただろうが、この林でそれをやったら即座に射殺されるのは目に見えていた。並のスナイパーならともかく、相手チームにいるのは全国屈指の腕前を誇る鮫島駿だ。一度でもスコープの先に姿を晒したら即座にゲームオーバーだろう。
さらに二十メートルほど進み、目隠しになりそうな草陰を見つける。背の高さほどにまで生えた草と、密集した杉に囲まれた場所に腰を下ろした。今来た方向を振り向くが特に人影はない。洋介と組んだスナイパーが後から付いてきている筈なのだが、その姿は見えない。
「坂上です。本町先輩、いますか?」
洋介は無線機に話しかける。
『五十メートルぐらい後ろにいるよ』
言われた辺りを目で探すが、その姿を捉えることはできない。やはりスナイパーは恐ろしいものだと再認識する。もし彼女、本町梓が敵スナイパーだとしたら、洋介は簡単にヒットを取られていただろう。
逆に味方スナイパーほど頼もしいものは無かった。目の前でアタッカーが飛び出してきたときも、落ち着いて遮蔽物に隠れさえすれば背後のスナイパーが沈めてくれる。
ふと、右側からペンで机を叩くような音が聞こえてきた。遠くで銃撃戦が始まっていることを認識する。風船が割れるような音は手榴弾の破裂音だろう。
ほどなくして無線機から怒号が聞こえてくる。焦ってはいけないと頭で理解はしているものの、流れ弾が飛んでくるのではないかという恐怖で落ち着けなかった。
「出ましょうか」
『一人で先行するのは危険すぎる。最後の攻撃に貴方がいなかったらまずいでしょう。伏せていれば流れ弾にあたることはまずありませんから』
「わかりました」
泰久は洋介の心を読んだように返事をしてきた。
まずは相手がどう動くかを見る、というのが泰久のスタイルであることを思い出し、冷静さを取り戻す。制圧能力に欠け、相手を自由にさせてしまい後手に回りがちになってしまうという部分はあるものの、中央ラインの取り合いでいきなり何人もヒットされるというような事故は起こりえない。
また、ほとんどのメンバーを陣地に残しているため、洋介が自由なタイミングで攻めるというのは非常に難しかった。幾ら洋介でも一人で敵陣を突破できるほどの腕は無いため、活路を開くために援護者の存在は必須だった。
今回は、洋介と一緒に行動しているスナイパーのほかに、これからさらに二人の援護がつくことになっている。
『大野さんが負傷。戻ります』
負傷判定を取られた選手というのは、普通特攻して一人でもいいから撃破を目指すか、後から攻める味方の囮役に徹するのに対し、泰久は積極的に「戻して」いた。負傷した選手は基本的に自陣に戻して自陣にいるディフェンダーと交代させる。
『敵は左に二、中央より左寄りに二、右のライン際に二』
偵察結果が報告される。六人のアタッカーが二人ずつ、等間隔で行動しているらしい。
『左側の二人をヒットしたそうです。洋介君、左側から行って下さい」
「了解。フィールド左に敵は?」
『いない感じ。隠れられそうなところも少ないよ』
泰久に代わって偵察役の三年生から返事が来た。
「左以外の位置の敵はどうでしょう?」
『こっちのアタッカーがなるべく長引くように戦ってる。今がチャンスかな』
「了解しました。本町先輩、行きましょう」
待ってましたとばかりに、洋介は左手側へと小走りで駆けて行く。今はちょうどフィールドの中央あたりにいるので、左のラインに行くには二百メートルほど動かなければならない。
スナイパーの梓がきちんと付いてきているか後ろを確認したい衝動に狩られるが、それを抑え込む。どうせ振り向いたところで姿は確認できないだろうし、変な行動を取って相手に気取られでもしたら最悪だった。
左のライン際にたどり着いて体を茂みに伏せる。背後を梓に任せつつ、洋介は地面に伏せてM16のトリガーに指をかける。無限のような時間――二分ほどの時間が過ぎて、一年生の二人のアタッカーが小走りでやってきた。
快活そうな顔をしたスポーツ少年といった男子の方は米島幸一郎で、どことなく不安そうな顔を浮かべている女子の方が木下美穂だった。
名前がわりとすらすら出た事に自分でも驚いた。新入生たちは入部して直ぐに、部員の全員の名前を覚えるように言われていた。素早い情報伝達をするためには名前の暗記が必須だからだ。