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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
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chapter 2 遅参


 幸鳳学園の敷地内には本校舎の他に「部活棟」と呼ばれる運動部が使う建物があった。本校舎の五分の一ほどのサイズで、三階建ての建物の中に各運動部ごとの部屋が用意されている。ライトガン部の部室はその中でも本校舎から一番遠い場所にあったが、そのかわりに部屋は一番広かった。銃器を模した用具がどの部活よりもスペースを食うから、というのがその理由である。

 洋介は長い廊下を歩いた後、やたらと豪華な金色のドアノブを回して部室に入った。教室より若干広いぐらいの部屋の壁沿いに、五十個ほどのロッカーがぐるりと配置されている。

「気にしない、気にしない」

 自己暗示の言葉を呟きながら服を脱いでハンガーにかけ、ロッカーの中に吊り下げる。

 ボストンバックから運動着を取り出すと、部室の隅に置かれている鏡を覗き込んだ。鏡に映る体にはスポーツマンらしい筋肉が蓄えられている。特に腕の筋肉は凄まじく、弛緩した状態でも克明にその隆起が描き出されている。少年野球を経てライトガンに転向したため、他の全国大会レベルの運動部の部員と比べても何ら遜色の無い肉体を持っていた。

「……よし」

 学園指定の運動着を着込み、その上に濃紺色のジャージを着る。

 続けてロッカーからアサルトライフル――M16を取り出した。

長期連載している狙撃手スナイパーが主人公の漫画や、アメリカを部隊にした映画などで度々見かける、日本でも知る者が多いメジャーな銃だった。全長は約一メートル。バレルを覆うように円形のカバーがかけられ、直角三角形に近い形のストックが付いている。

 ライトガン競技において使う競技銃、『ライトガン』だった。

 これまでのスポーツの用具、あるいは遊具とは一線を画す最新技術が盛り込まれたそれは、一メートル離れれば実銃と区別がつかないほどの精巧さを誇っている。

 それもそのはずである。実銃と同じ重さがあり、引き金を引けば内部機械が動いて反動を生み、銃声が鳴る。また、銃外部に設置されたセンサーから送られる情報を内部のマイコンが制御することによって、精度や動作不良の確率、湿度や温度の影響まで、全て実銃のデータが再現されていた。反動や銃声については怪我をしないようにかなり抑えられてはいるものの、それでも世界中の軍隊が訓練で使用している事実がいかに実践的な道具なのかを物語っていた。

 洋介はロッカーから取り出した弾倉マガジンをM16に突っ込んだ。機械が擦れる音が、部室の中で不気味に響く。これが五年前の日本であれば異質な光景だったが、今ではライントガンはオリンピックに採用される手前にまで来ているほどメジャーな競技であり、日本だけでなく先進国ならどこでも見られる光景となっていた。

 高校生が握るにしては余りにも無骨なM16であったが、こと洋介に関して言えば肩ベルトから吊り下げた姿は様になっていた。日頃からそれを使い込んでいることを想像させる。

 バナナのように湾曲した弾倉には三十発の弾が装弾されている――となっているが、射出される弾丸がAR(拡張現実)のホログラムである以上、実際に弾が減るわけではなく、機械内部の数字として弾が減ったと認識される。

 洋介はM16の換えの弾倉を三つと迷彩服をボストンバックに詰め込むと、続けてリボルバー――ニューナンブM60と、その替え弾をボストンバックに突っ込んだ。

 学園の備品であるM16とは違い、ナンブは自腹で買った銃だった。学園には五、六種類ほどの銃しかないが、気に入らないのであれば数百種類あるライトガンの中から個人的に購入して使うのは自由である。ニューナンブは警察官の父親に憧れて、小学生の頃にエアガンを勝って以来ずっと使い続けている銃だった。戦場で役に立たないと言われた事は一度や二度ではないが、そもそもM16が使えなくなったらその時点で勝ち目は薄い。だから願掛けの意味も含めて、洋介にとってはナンブ以上のサブウェポンはなかった。

 鏡の前にもう一度立って忘れ物がないことを確認する。鍵を開けてドアノブを回そうと手をかけると、

「よぉヨッケ!」

「うわっ!」

 ドアが勢い良く引かれ、洋介とは対照的な一人の少年が現れた。

 二年生の鮫嶋駿がどこかいたずらっぽい笑みを浮かべながら洋介の肩を叩く。中学生と言われればそれで通りそうな中性的な童顔は、某アイドルグループに入れるのではないかというぐらい整っている。頭髪と服装の検査が明日にも予定されているのにも関わらず、相変わらず肩につきそうなほど髪を伸ばしていた。髪の色は明るい茶色で一本の黒髪すらない。校則の「染色禁止、耳にかからない程度の髪」という規則は、この少年の辞書にはないようだ。

 服装にも締まりがなく、なぜか左腕だけまくりあげたトレーニングシャツからは下に来た体育着がはみ出ていて、トレニーングズボンにはペンキが散り、ところどころ穴が開いている。

 これでも某スナイパーもかくや、という屈指の腕前を誇るスナイパーで、全日本のエアライフル高校生チャンピオンだった。しかしどういうわけかエアライフルよりライトガンの方に興味があるらしく、二束の草鞋を履きながら両方で素晴らしい成績を上げている。

「てか本当に大荷物だよなあ。全部隠して歩けって無茶言うなって話だと思わない?」

「でも校庭で迷彩服姿というのはイメージ的に悪いんじゃないでしょうか」

「んー、そりゃそうなんだけどさぁ」

 学園側から校庭内ではジャージでいろという通達が来ていたおかげで、わざわざ練習場まで迷彩服を持って行くことを強いられていた。

 剣道や柔道と同じではないか、という反論をするライトガンナーがいるが、洋介はそれは違うと思っていた。いかに剣道部とはいえ、仮に防具を全てつけた状態で何十人もの部員が校庭を闊歩していたらかなり異質に見えるだろう。

「しゃあねえか、迷彩服着て今も命取り合ってるんだから」

 剣道や柔道ほどにライトガンが評価されていないのは、今も銃は世界の第一線で人の命を奪っているという所にあると洋介は思っている。今は平和なこの日本でも、先の大戦の傷を抱えている人間は多い。戦争ごっこ、と言われるのは不服だったが、仕方ないと思う気持ちもあった。

「まぁ、教育委員会の反対派のオッサンがぽっくり逝っちまったらしいから、夏休み前にはなんとかなるだろ」

「そういえば、亡くなったらしいですね」

 野辺市の教育委員会の会長は、ライトガン反対派としてその名を轟かせていた人物だった。

「あのオッサンはベジタリアンだったんだってさ。狩猟も、オリンピックの射撃も、自衛隊とかも、全部ひっくるめて嫌いだったらしい。意外と理解できるぜ、そういうのも」

 そう言った駿の顔は感慨深げで、不真面目な格好をしているものの本質的には良識ある人間であることを臭わせる。

「先輩、寛容ですよね」

「カンヨー、ねぇ。どうかな。突き通す奴は嫌いじゃないってことだよ。おまえだって、ざまぁみろ死ねと思ってるわけじゃないだろ?」

「……そうですね」

 洋介が尊敬の念を込めた目で駿の事を見上げていると、駿が「思い出した」と言って指を鳴らした。

「姫様が待ってるから早く行ってこい」

 姫様、というのは文香の事だった。始めてそのあだ名で呼ばれたときはやめて下さいと言っていた文香だが、駿のひどく悲しそうな顔に押されたのか今ではその渾名あだなを容認していた。華麗で寂しげな雰囲気を言い表していると思っており、やや皮肉めいてはいるが悪くない渾名だと思っていた。

 駿に押し出されるようにして部室から外に出された洋介は、広い校庭を見渡す。どこもかしこも活気で溢れている。入学して三週間、新入生の部活勧誘のラストチャンスであり、どこの部活も必死にアピールをしているらしかった。

「ん?」

 足に何かがぶつかった事に気づいて洋介は足元を見る。爪先の前に真新しい野球ボールがあった。

「すいませーん」

 遠くから声がして野球部員の一人が駆けてくる。距離は五十メートルほどだった。洋介は球を拾い上げて軽く振りかぶる。

 部員は洋介の球が届かないと判断したのか、ゴロを補給するように下で構えていた。

 まずいと思うが既に間に合わない。少しだけ肩の力を抜くが、空気を裂く音と共に百キロオーバーの速度で白い弾丸が飛んでいく。

 焦った部員がグローブを正眼に構えてキャッチしようと試みる。しかし勢いが強過ぎたのか、グローブにぶつかったボールはバチンと大音をならして弾け飛んだ。

「ねえ、君!?」

「すいません、急いでるんで!」

 そう叫ぶと、洋介は部活棟の裏へと駆けていく。既にライトガン部に入っている以上、下手にコンタクトをとってがっかりさせるべきではないだろう。そういう意味で先ほどの対応は失敗だったと反省する。

 中学時代、東京屈指の速球派として鳴らした肩はライトガンで十二分に機能していた。具体的には手榴弾を投擲する際の能力として、だ。

「やば」

 腕時計を見るともう遅刻ギリギリの時間だった。部活棟の裏側に止めてある自転車をまたぐと、学園の周囲を囲む鉄柵の扉の一つを開いて校庭の外に出て整備された一本道を進んで行った。

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