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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
27/31

chapter 25 灯火

 控え室の裏――誰もいない原っぱの一画。遼太郎はいつも通り腕立て伏せに興じていた。その回数はすでに二百を数えていたが、余裕そうな彼の表情には微塵の変化もない。 

 坂上洋介には勝ったが、試合には負けた。

 客観的に見たときには悪い戦績ではないだろう。世界大会代表の鮫島までいるチームを相手にして、たった一人の采配とディフェンスで勝利したことは評価されてもおかしくはないことである。

 しかし遼太郎にとってはどうでもいいことであった。

 唯一気になっていたのは――洋介の背後にいた少女はどことなく沙知に似ていたかもしれないということ。ワルキューレ以外にも助けてくれる人間を得たのならば、なるほどそれが自分を打ち倒した理由だろう。

 顔を少しあげてみる。流れる雲はどこまでも白く、空は果てしなく青かった。吐き気すら催したくなるほどである。

「りょうちゃーん!」

 聞きなれた声がして遼太郎は起き上がる。

「沙知か」

 五十メートルほど先で、車椅子に座った少女が手を振っている。他ならぬ安藤沙知その人だった。遼太郎はさっと起き上がると、彼女のもとへ駆けて行く。

「りょうちゃん、東京都MVPだってさ。……いなかったから式が終わっちゃったけど。預かってきたよ」

 沙知から手渡されたのは掌大のメダルだった。金色に輝くそれをしばらく眺めたあと、沙知に渡す。

「持っててくれ。なくしそうだ」

 メダルをしげしげと眺めていた沙知だったが、遼太郎の方を振り向くと、

「噛んでもいい?」

「……好きにしてくれ」

 沙知が楽しそうにメダルを噛む。オリンピック選手のようでなかなかさまになっているが、彼女がやるとわざとらしさの方が強い。

「菅原さん、うまくやったかな」

「しらねえよ」

「またぁ。わざわざアヤちゃんやひょーくんにかけあったのに」

「金がねえってのはツラいぜ」

「…………ごめんね」

 表情を暗くした彼女を見て、遼太郎は小さなため息をついた。

「あぁ? 謝るこたねえだろ。……帰るぞ」

 沙知の背後に回り込むと、慣れた手つきで車椅子を転がし始める。

「ねえ、りょうちゃん」

「どうした」

「関東大会、がんばろうね」

 都大会の優勝者はそのまま全国大会へ出られるのが例年の風習だった。もう一つ重要なことは、二位のチームは関東大会への出場権を得られるということである。

「……これでギリギリだったんだぜ」

「リマッチだよ、りょうちゃん。坂上君には勝ったけど、幸鳳には負けちゃったからね。次はこてんぱんにしよう。ぼっこぼこに潰そう」

「不穏当なヤツだ」

「えへ」

 笑顔の沙知を見るにつれて徐々に体の力が抜けていく。今日ばかりは練習も休んでしまえと思いながら、もはや練習の意味がないことに思い当たる。

 坂上洋介は自分の手で倒したのだ。

 これ以上、何を望むことがあるというのだろうか。

「ねえ、りょうちゃん」

「なんだ」

「耳、貸して」

 遼太郎は沙知に顔を近づける。

 沙知はその頬に優しくキスをした。




 閉会式も終わり、洋介の胸には勲章が輝いていた。二本の刀が交錯している古風な作りのそれは、三等功級勲章と呼ばれるものである。このペースなら年末には一等と狙うことも可能だろう。特に大きな意味を持っている訳ではないが、高校初の勲章ということで、洋介の満足度は非常に高い。

 レギュラーメンバーたちの疲弊しきった雰囲気を気にしてか、試合に出ていない部員が中心になって積極的に用具をバスまで運ぶ。試合中に使用したマガジンなども、本来は捨てた位置を知っている本人たちが回収するのが基本だったが、ふらふらのレギュラーに代わって一年が回収していた。

「…………すまないね」

 バスまでの道のりで、泰久は老人のようにしわがれた声で一年生に礼を述べる。どうやら水分補給が足りなかったせいで喉を痛めたようだ。

「大丈夫か、洋介?」

「持とうか……?」

「いや、大丈夫だ」

 幸太郎や美穂が心配そうに声をかけてきた。

 洋介はM16を胸に抱え、平気な風を装いながらゾンビよろしくよたよたと歩いていく。

「……駿、いた?」

 秋菜の声に、一年生の十人ほどがバスの方を指さした。

「あのバカ、またサボって……!」

 バスの方へ全力で駆けていく秋菜の姿には疲れというものが感じられなかった。後輩たちは苦笑いしながらその背を見送る。

 洋介がのろのろとバスに乗り込む。秋菜が駿に怒鳴っているかと思いきや、その声は聞こえてこない。不信に思って秋菜と駿の席を見れば、駿はスナイパーライフルを腕に抱きながら熟睡していた。秋菜はその隣で黙って座っている。

「……起きたら、さっきの試合に何やってたか吐かせるからね」

 そういって秋菜も目を閉じた。

 洋介がみていることに気づかないほど憔悴していたらしく、すぐに寝息をたてはじめる。

「……女性が寝るところをそんなにまじまじとみるものじゃないよ」

「うわっ!」

 背後の文香が洋介を睨みつけていた。

「いや、そんなつもりじゃ」

「早く座って。他の人が乗れないから」

 洋介の言い分を無視しながら、文香は洋介の体を手で押して席に座らせた。

 文香もその隣に腰掛ける。

「さっきの試合の鮫島先輩が気になって……」

 肩に何かが当たる感触がして文香の方をみると、洋介の肩を枕代わりに安らかな寝息をたてていた。

「早っ」

 きっと疲れていたのだろうと思う。いつもと違いかなり攻め込まれていたようなので、運動量も多かったことだろう。

 白い肌には擦り傷のあとが赤くにじんでいた。大した傷ではないから残ることはないだろうが、それでも傷跡が残ってしまうのではないかと洋介は心配していた。

 呼吸するたびに小さな胸が静かに上下していた。

 片付けの間は姿が見えなかったが、いったい何をしていたのだろうか。大会終了後に『父親に呼び出された』と言っていたため、恐らくあの主催者の男性と話をしてきたのだろう。

 あれこれ考えていると、隣の文香が目を開けた。

「…………洋介君は女の子の寝顔をみるのが趣味です」

「わるいわるい……そういうつもりじゃなかったんだけど」

「言い訳しないの?」

「もう、俺も眠くなってきて……」

 洋介もシートに背を預けて目を閉じる。

「…………そう、私も眠い。お休み、洋介君」

「おやすみ、文香さん」


 


 目を覚ました洋介が窓の外を見れば、そこにはなだらかな小山があった。学園の側まで来た事に気づいて、隣の文香を揺り起こす。

「ん…………着いた?」

「あと五分ぐらい。みんなを起こさないと」

 睡眠薬でも飲まされたように熟睡していたレギュラー陣を手分けして起こしていく。出場していない一年生や二年生も、朝が早かったせいか深い眠りの中にいた。

 学園につく頃には辺りは既に薄暗くなっていた。なので、勝利を祝う前に片付けという事になる。

「自分のことは自分でやる」と主張した二、三年生、及び洋介だったが、一年生たちに今の状態じゃ役に立たないと切り捨てられ、しょげた顔をして校庭に座り込んでいる。

 洋介も動かすたびに痛みの走る足を地面に投げ出して、辺りを見渡す。一つ、気にかかることがあった。

「……あいつ、帰ったの? 携帯にもでないし……」

 レギュラーの中で唯一精力的に仕事をこなしていた秋菜が携帯を見つめながら不安そうな顔をする。

 駿の姿がない。

 バス内で熟睡していた駿は洋介が揺すっても返事がなかったので、しばらく放っておこうということになったのだが、気づけばその姿を忽然と消していた。

「帰ったのか?」

「えー、それはさすがになくない?」

「どうかな、鮫島駿だぜ」

 笑いあいながら駿について話している二年生をわき目に、洋介は目を細めて部活棟を見上げ――暫くの間のあと部活棟の中へと入っていった。

 片づけをしてくれている同級生たちを後目に、上の階へと上がっていく。時間が遅いためどの階にも他の部員はいなかった。

 そして屋上へのドアは――

「やっぱり」

 洋介の予想通り開いていた。

 部活棟の屋上ドアが開くことはライトガン部の部員しか知らないことだった。校内の誰かがドアを壊したらしかったので、ライトガン部が新しく取り付けたときに、駿がスペアキーを作っておいたのだ。

 洋介はドアノブに手をかける。 

 知っているといっても、使っているのは事実上駿だけだ。休日の練習などは、わざわざ屋上に上がって昼食をとっていた。

 見慣れた風景を脳裏に描きながら、ゆっくりとドアを開く。

 ドアを開けた先には、鉄柵に寄りかかりながら星を眺めている少年がいた。

 その姿はまるで幽鬼。染め直した黒髪は闇よりも濃く、青白い肌の色とあいまって彫像のような空気を漂わせていた。

 足元には駿のシグブレーザーが投げ出されている。

「鮫島先輩」

「よ、ヨッケ」

 駿の声にはいつもの軽さがなかった。

 洋介は駿の方へ歩み寄った。二人の間に、沈黙が流れる。

「親父が死んだんだ」

 視線を彷徨わせながら駿が呟く。

「……こんなことやってる場合かって思ったし、その程度のことでお前らに迷惑かけるのもよくないとも思ったんだ。……ワケがわかんねえんだよ。どうせ辞めることになるなら、俺が何してもだめだと思ったし、むしろ俺が抜けた時に動けねえと、さ。……だから何もしなかったんだ。俺が抜けても機能するのか、見るために」

 洋介は返す言葉がなく、ただ下唇を噛んだ。

 ガチャリと、鉄扉の開く音がする。振り向けば、文香と秋菜の姿があった。

「なら……どうして、撃ったの」

「……最後までチームの一員でいたかったのさ」

「辞めるんですか」

「スポーツやってるカネはねえよ。……いろいろ、やることもあるしな」

「鮫島先輩」

「おう、迷惑かけたな、指揮官」

「ライトガンにもスポーツ特待がつきました」

「……なんだって?」

「今年は坂上君と鮫島先輩です。内訳は、授業料と施設費の全額免除」

 駿が唖然とした表情になる。無理もない。洋介も聞いたことがなかった。

「…………お金があれば、いいって話じゃないかもしれません。……でも、私にできることは、これしかありませんから」

「そんな」

「フミがかけあってくれたのよ」

「……私は全然知らなかったんですけど、都からの助成金も出るはずです。……法律を使いこなせば、まだどうにかなるって、教えてもらいました。ダークイーグルのひとたちや、杉山さんに」

 予想だにしなかった名前に洋介が驚いた。ダークイーグルの人とはいったい誰のことだろうか。どうして文香とコネクションがあるのか、と、疑問が渦巻いては弾けていく。

「俺はまだ続けたい……! 当たり前だ、これから全国だぜ……! こんなところであきらめられるわきゃねえ……!」

「だったら、やろうよ」

 秋菜の言葉に駿が顔を歪ませた。

「……それでいいのか…………? 分からない、わかんねえんだよ……」

「分かってないなら、あそこで撃てなかったんじゃ……ないですか」

「…………そうだな。ああ、そうだよ、ヨッケ」

 駿が足下のシグブレーザーを拾い上げる。遅れて、地面にぽたぽたと液体がこぼれ落ちた。


 




「遅くなっちゃったなあ」

 校門を引き摺りながら洋介は呟く。時刻は午後九時、警備員室に明かりが灯っていることを除けば、あとは真っ暗な校舎。洋介はちらりと人気の無い校庭の方を見る。煌煌と輝く満月の他には何も無く、閑散とした様子だった。

 明るさを取り戻した駿も交えて、反省会という名の宴会が始まっていた。駿の持ち込んだ菓子類が山のように残っていたため、用具室のカンテラまで持ち出して校庭の隅で騒ぎ続けた。その場の誰もが好き勝手言いたいことをいっていてグダグダで、解散するまでずっと笑いっ放しだったように思う。 

「大丈夫ですか、文香さん」

 自転車を押す手を止めて洋介は文香の方を見る。顔を抑えている文香の袖はぐっしょりと濡れていた。洋介は無言でハンドタオルを取り出すと、文香に手渡す。

「目にゴミが……入っただけ」

 ハンドタオルを受け取って涙を拭いながら、途切れ途切れに文香が告げる。

「そう、か」

 最後に円陣を組んでいる間は平気だったが、洋介の目からも涙が溢れてきた。その理由を探そうとしてすぐに止めた。どうせ意味のないことだろうと思ったからだ。

「……確かに、ゴミが多いみたいだ」

「違うよ、洋介くんの、は……感動して、出てるの。勝ったから」

 そう、勝ったのだ。悲願の目標は叶った。

 幸鳳学園ライトガン部は全国大会への切符を手に入れた。

「次も……勝とうね。ううん、負けても良い。負けるときも、全力で負けたい」

「もちろん。でも俺は勝ちに行くよ。次も、その次も。もう迷わない」

 手を伸ばしてきた文香の手を握る。柔らかい手に少し力を入れて握り返すと、文香もそれに答えてきた。

「それに洋介君、約束守ってくれてないよ。あだ名か、呼び捨てっていったのに」

「もう少し先延ばしにして欲しい。全国に勝ったら、果たすよ」

「約束してね」

「約束しよう」

 二人の目からはまた涙が流れていたが、もう抑えることもしなかった。声を上げて笑いながら、大粒の涙を流す。

 ――爽やかな風が、二人を包むように吹いていった。




挿絵(By みてみん)



あとがき


一巻分+リライト終了です。

前回アップ時との主な修正点は

・遼太郎のキャラ変更

・駿の理由付けや行動理念の変更

・赤外線からバーチャル・リアリティになり、実弾と同じ描写ができるようになった


などです


現状の修正案としては


・幸鳳学園の練習シーンを盛り込む

・トレーナーや監督の存在を示唆する


など。



ご意見・ご感想は感想欄にお願いします。





二巻のアップロードは一週間後ぐらいからの予定です。

遼太郎サイドになりますが、よろしくお願いします。


Illustrated by Hatsuki

イラストは初木さんの提供でお送りします。

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