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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
26/31

chapter 24 英雄


 荒れ狂う戦場の片隅で――少年はただ一人、フィールドの端でスコープを覗いていた。

「…………」

 丸く削り取られた世界に、数百メートル先で起こっている悲劇が映っている。しかし少年はその手を動かさず、ただそれを眺めているだけだった。

 少年は誰よりも勝利を願っていた。幸鳳学園のメンバーと共に更なるステージへと上りたかったからだ。

 これが最後の戦場だとして、自分にできることは何だろうか。最善を尽くすことで得た勝利は、彼らに何を残すのだろう。

 少年はトリガーを引くことができなかった。それをしたところで無意味だと、行為をせせら笑う自分がいるのだ。

 スコープの先に敵が映るが、人差し指は動かなかった。

 無線機からの声は聞こえている。

 風と雨で狙撃に苦しんでいるんじゃないだろうかと、敵に一撃を決めようとしているから無線を切っているんじゃないかと、そういう風に推測する声を聞いていた。

 そんな大層な理由ではなかった。現に、先ほどから何度も敵を見過ごしている。

 自分は屑だ。

 その言葉だけが頭の中で無限にリフレインしている。

 優しい嘘と、残酷な現実。どちらを取るかずっと悩んでいた。この試合が始る瞬間は、後者を取る決意をしたのにも関わらず。

 

 ――炸裂する手榴弾。味方は生き残っているだろうか。


 あと数分経たずして試合は終わるだろう。この状況からの逆転はもはや不可能。

 小堀遼太郎は強い。それは少年も身に染みて理解していた。

『鮫島先輩!』

『……おいサメシュン、何やってるんだよ……やられたわけじゃないんだろ』

 自分は屑だ。

 寒くも無いのに全身には酷い震えがあった。

『……駿…………助けてよ』

 少女の声が耳に響く。

「ああ」

 涙は堪えた。自分にはその権利がないと思ったからだ。

 広がった傷口が陽だまりに居続けようとした代償だとするのなら。

 少年――駿は、それを受け入れることを決意した。

 愛銃、シグブレーザーR93のトリガーに指をかける。

 スコープを覗く駿の瞳に、もはや迷いはなかった。





 洋介は木の裏に隠れながらショットガンを撃った数をカウントしていく。

 強くなり始めた雨は、既に下着にまで染みこんでいる。

 遼太郎のスパス12に限らず、ショットガンのリロードには時間がかかるため、その瞬間の反撃の機会を伺う。音が止む。洋介が覚悟を決めて飛び出そうとした瞬間、またもショットガンの銃声が続いた。

 装弾数を間違えたかと思うが、そうではなかった。手に握られていたのはリボルバーだった。散弾を撃てるタイプの拳銃は洋介が知る限りはたった二種類しかない。そのどちらも、十メートルほどで弾が散らばって使いものにならない、実用的とは言えない色物の一品だ。

 だが、この状況ではそれが恐ろしい。

 二人の距離は十五メートルほど。バラバラになった一発一発に威力がないとはいえ、どこで当たるかわかったものではなかった。

 なにより、全力疾走をしたところで逃げきれないだろう。心臓が破裂しそうな状態の洋介をよそに、遼太郎の射撃は少しもぶれることがなかった。

 森の木々が少ない場所に近づいていた。このまま後方に押されてしまうと、開けた場所に姿を晒すことになる。まだ森には奇襲してきた敵が潜んでいる筈はずであり、この状態で狙撃されたら確実に回避できない。

 遼太郎のリボルバーから遠ざかるように、木を盾にして、ゆっくりと後退して―― 

 突如、体が崩れた。踵に引っかかった感覚は、恐らく地を這う木の根だろう。

 しまったと思ったときには全てが遅い。後ろに向けて体が倒れていく。

 遼太郎の銃口が顔面に向けられる。


 ――空気を引き裂く音。遅れてブザーが鳴り、遼太郎のいるあたりで光が散った。


 最高のタイミングで、最速の一発。

 考えるまでもなく、その射主は――

『悪いなヨッケ』

「鮫島先輩! 無事だったんですね!」

 洋介は背後の確認もそこそこに全力疾走で駆けだしていた。今は一刻も速く味方と合流する必要があるだろう。

『駿!?』

 怒鳴り声は秋菜のものだった。さっきの手榴弾の連続爆破の中で生きていたのだろうか。

『早く逃げて! 部長たちは無事!』

『実は敵の右塹壕からはさっさと抜けたんだ。スモークがあったおかげで何とか敵を巻けたよ。左足を負傷したけど、瀬谷さんがわざわざ担いでくれた』

 泰久が敬語そっちのけで息も絶え絶えにまくし立てる。

 とにかくここは戻って敵を倒すほうが生産的だろう。敵陣地の人間はよくて二人か三人だろうから、自陣を攻めている敵を全滅させれば制限時間終了時に人数差で勝てる計算になる』

『全員早く……陣地が持たない……!』

 文香の切羽詰った悲鳴が聞こえてくる。  

『坂上君! 鮫島君! 早く戻ってくれ! 瀬谷さんも行かせる! 僕は檜山さんと此処に残る!』 

 戦況を把握したらしい泰久が手早く指令を出す。言われるまでもなく、洋介は全力で自陣目指して駆け出していた。 

 文香からの先ほどの通信を聞いた限り、大量の敵が自陣を襲い始めている。

『洋介! 一度戻って来い! 武器もなしにどうするんだよ!』

 続けて和彦の怒号。いわれて遼太郎にM16を撃ち抜かれていたことを思い出す。素早く和彦がいた方向へ走った。まだ敵が隠れている可能性は十分にあったが、その奇襲を恐れている余裕はない。

 数十秒ほどで和彦を発見した。どうやら足を撃たれた状態から、ここまで這って来たらしい。その胆力に感動を覚えつつ、遼太郎は和彦に駆け寄る。

「中村のヤツだ! リロードはした! もって行け!」

「ありがとうございます!」

 互いに叫び合った。

 給水ポイントを通り過ぎるように、手渡されたM16を奪い取るように引き寄せながら一瞬で駆け抜ける。

 攻めてきた道――左サイドを駆け抜ける。一度歩いた道なのでルートの把握は完璧だ。軽く三百メートルはある距離を疾走、草や枝が体に食い込む度に痛みが走るがそれを無視する。

 自陣五十メートル手前というところで洋介は地獄を認識した。

 吹き荒ぶ炎の嵐。強烈な地鳴りのような音の源は、おおよそ歩兵が携行している爆発物から発せられるレベルではない。

 どうやらドラムマガジンのグレネードランチャーを携帯しているらしく、塹壕全体が空襲にでもあっているような状態だった。

 そして大量のスモークグレネードが行く手を阻んでいる。視界は最悪だったが、なんとか五十メートルほど先に人影を捉えた。自陣に何かを撃ち込んでいることを確認し、足を止めてスコープを覗く。たった二秒で狙いをつけて、トリガーを引いた。ブザーを聞き取るのもそこそこにまた走り始める。

 十発ほどを空にめがけて放つ。アタッカーが戻ってきた気配を感じ取ったのか、敵のグレネード乱射の勢いが弱まった。

 しかし洋介も敵の位置が読めなかった。相変わらず薄い白煙が立ち込めている上に、勢いを強めてきた雨が視界を遮る。

『ッチ、秋菜ァ! 爆発にひっかかって足が使えねえんだ! 元気なら背負ってくれ!』

『はぁ!? この中を突っ込めって!?』

『頼むわ。このままじゃ背後から狙われるとマズいんだよ! ディフェンダーに俺がいたほうがいいだろ!』

『分かった!』

 周囲に注意を払いながら無線機からの言葉に耳を傾ける。

 前方から飛び出てきた影がアサルトライフルを連射する。洋介は岩の裏に回って隠れ、マガジンの交換タイミングを狙って手榴弾を放り投げた

 攻撃の手が若干弱まった。

 このまま挟撃の形で戦闘をするのも一つの作戦だが、まだ森に敵が潜んでいる可能性がある以上、さっさと塹壕に入ってしまったほうが得策だった。

 左サイドを狙っていた人影に向けて三点バースト。人影は地面に伏せてそれをかわし、藪の中に転がり込んでいく。

「坂上です!」

 舌に鉄の味を感じながら無線機へ叫ぶ。 

 さきほどの敵を無視して土嚢を飛び越え、自陣の手前の塹壕へと着地した。

「洋介!」

「ヨッケ!」

 周囲のディフェンダーたちが明るい顔をする。洋介は返事をするのもそこそこに、敵を警戒しながら文香のほうへと走っていく。

 さきほどの爆撃を続けられたら危険だと思っていた洋介だったが、その手は意外にも緩くなっていた。

 アタッカーにも弾薬に限りがあるということだろう。とはいえ、爆発物を撒き散らされた塹壕内は相当に疲弊していた。

「文香!」

「洋介君」

 声は冷静だったが、額に汗をかき、その表情は苦渋に満ちていた。

「スナイパーは……」

「私を庇って、それで」

 文香は話しながらサブマシンガンで敵に牽制を仕掛ける。

「聞いて。洋介君。人数では私たちの方が勝ってるけど、もうディフェンダーの弾薬は付き掛けてる。グレネードの破片でヒット判定をとられて動くのもままらない人も多い。だから鮫島先輩が到着したら、私たちでここを出る」

 敵をM16の単射で牽制しながら文香の話を聞く。

「敵の数はたぶん、八人ぐらい。私たちは九人だけど、残弾数とダメージを考えたら押されてるのは私たち。アタッカーは少なくとも六人いる。敵の陣地に残ってるのは、二人か三人」

「俺たちが攻めにいったら戻ってくるんじゃないか」

「うん。その可能性はある。そうされたら、私たちは敵に囲まれて終わるかもしれない。でも私たちを追うために人数を裂いたら、制限時間のときに人数差で勝てる可能性が高くなる。それにここで防戦一方の状況を続けてたら負けるのは確実に私たち。だから、ここで攻める」

 文香ははっきりと言い切った。洋介の意向を問うことはなかったが、だからこそ洋介は文香の覚悟を理解する。

「了解」

 力強く答えつつ、洋介はM16での牽制を続けた。今は駿を待たなければならない。足が使えなくとも、駿がここにスナイパーとして寝そべっていてくれれば、かなりの時間稼ぎになるだろう。阿鼻叫喚の地獄絵図の中で必死に引き金を引き続ける。疲労のせいか頭痛を感じ始めていたが、なんとか敵の影に狙いをつける。

「……よぉ、ヨッケ」

 程なくして秋菜が駿を背負ってかけてきた。手に握っているのは文香のものと同じMP7というサブマシンガンだった。どうやら愛銃のシグブレーザーは諦めたらしい。

 駿は泥まみれの顔で笑いかけると、MP7のトリガーに指をかける。MP7の性能もそうだが、駿の腕が上乗せされることで、その精度はブレーザーにも匹敵する。ヒットアンドアウェーを繰り返す敵に向けて、一発。ブザーが鳴る。

「瀬谷先輩、後は任せました」

「わかった。頑張って、フミ。洋介君。」

 洋介は文香に声をかける。

「行こう」

「うん」

 一瞬だけ後ろを振り返り、洋介は文香の手を取って走り出した。秋菜が手榴弾を一つ空中で破裂させる。自分たちから目を逸らしてくれたようだった。

 塹壕を飛び越えるのは不可能と判断し、右サイドの塹壕の壁をよじ登って自陣を後にする。

 霧雨の中、鉛のような足を引き摺ってフィールドを駆ける。もう一度五百メートルの道を帰らなければならないという現実を前に、折れそうになる心を繋ぎ止める。幾ら足に自信のある洋介でももう限界が近づいていた。今日の運動量はまともなものではない。

「……大丈夫?」

 返事をするのが辛かったため、軽く頷いてそれを言葉の代わりにする。

 捨て身の一手だ。もし森の中で敵に鉢合わせでもしたら、そのときこそ本当に敗北するだろう。

 自陣にはまともに動ける人間はすでになく、武器はもう既に費えてしまっているかもしれない。ただひたすら、文香と共に走った。

 自分たちの武器も無いに等しいかった。マガジン一つ分の弾しかないM16と、M60。それと手榴弾が一つ残るだけだ。文香にいたってはM60しか持っていない。自分だけでなく彼女も息を上げていた。もともと運動が得意ではないのに、自陣でずっと敵に応戦していたのが響いているのだろう。

 後ろを振り向くが、敵は追ってきていない。

「……ずっとあんな風に戦ってたの?」

 洋介の質問に、息を切らせながら文香が話しを始める

「押されてるような感じで、油断させた。最初の一人がきてからずっと。だから相手も必死になっているはず。どうしてこんな状態で戦えてるんだ、って」

 息を切らせながら文香が言葉を続ける。

「ここで放っておいたら負けるんじゃないかってイメージを植えつけた。本当はもう動ける状態じゃない人ばっかりだけど、それでも背中を向けられはしない。それに、洋介君たちは混戦の中で相手を倒したじゃない。相手チームの方はお互いが何人残っているのか把握していない。だったら私たちを追うことはできない。制限時間が近いのに、私たちを相手にしてて人数差で負けることになったら目も当てられないから」

 目で辺りに注意を払いながら、この極限状況の中においても作戦を練っていた文香に関心する。

 文香がそれ以上の言葉を続ける事はなかった。

 ループする風景に気が狂いそうになりながら、ただひたすら万里の道を行軍する。

 体中が絶叫をあげているが、洋介は砕けるなら砕けろと割り切った。

「……ふ……っ…………」

 不明瞭な声を漏らす洋介に文香が心配そうな顔を向ける。辛くて返事も出来なかったが、それでも足だけは止めない。

 水っぽい緑色と黒色に覆われたキャンパスに、自分たちの足跡そくせきを書き込んでいく。

 なんとか敵陣の前までたどり着いたが、問題はここからだった。全員で攻めている訳もなく、まだ何人かのディフェンダーがいることが予想された。

「フラッグは文香が取ってくれ」

 洋介の言葉に文香は目を丸くした。

「私の足じゃ……」

「文香。囮は囮だけで終わるべきじゃない。敵を倒すほうと、フラッグを取るほう。そういう分かれ方の方が合理的だ」

「……分かった」

「行こう」

 M16を文香に預けて、洋介は手瑠弾を思い切り放り投げた。その飛距離は七十メートル――鍛え上げた軍人の二倍近い馬鹿げた距離を飛んでいき、塹壕の真上で爆発した。素早くM16を受け取り、文香と共に駆けだした。

 塹壕の右側――先ほど味方を送り込み、敵の自爆が合った場所に、文香と共に上手く潜り込む。反対側、手榴弾を爆発させたあたりの塹壕から、ライトマシンガンが盛大な花火を上げる。

「っち……」

 頭を上げることのできない状況で、洋介は文香とともに塹壕を這っていく。

『――ヨッケ! 急げ! 弾が無い!』

 通信機から駿の悲鳴に近い叫び声が聞こえてくる。

 一刻の猶予もない。

「文香、俺が囮になる――見計らって、走れ」

「分かった」

 フラッグまで二十メートルというところで洋介は塹壕から飛び出した。ライトマシンガンの連射音がする方向に敵の姿を確認する。洋介は狙いもそこそこにトリガーを引いた。

 自分の真横を文香が駆けぬけていく。バランスを崩したのか、洋介にぶつかる。それでも体勢を崩すことなく、フラッグの方へ。

 洋介ももう一人のライトマシンガンナーを牽制しながら駆ける。フラッグはもう目前だったが――

 手榴弾が飛来してきた。

 洋介は空になったM16の横っ腹で手榴弾を弾き返す。爆発はライトマシンガンナーの方で起こり、連射音が途絶えた。

 今ならフラッグを――そう思った矢先、地獄からの使者が顔を覗かせていた。

「引け文香あっ!」

 文香が塹壕に伏せる。 


 ――フラッグ前の塹壕からショットガンが突き出していた。


 刹那、奇跡的に洋介のM60がショットガンの横っ腹を撃ち抜く。

 塹壕から飛び出した遼太郎のリボルバーから散弾が飛び散った。

「――っく!?」

 なぜまだ遼太郎が立っているのか、全く理解できなかった。可能性があるとすれば――レベルフォーのボディ・アーマーを装着しているということ。

 信じがたいが可能性はそれしかない。優に十キロを超える鉄板を着込んで、あれだけの動きをしていたというのか。今この瞬間も、ボディーアーマーを装着していない洋介とその速度は互角だった。

 駿のライフルが撃ち取ったはずの遼太郎が、ザ・ジャッジを発砲する。

「オオオォォォオオォッ――!!」

 裂帛れっぱく、激昂の叫び。

 遼太郎は猛獣の牙を向く。そんな状態でも狙いは正確に、散弾の連打で洋介の潜む塹壕を抉り飛ばす。

 フラッグ前を陣取っているせいで文香がフラッグを取りにいくこともできなかった。 

 洋介はM60の一発を遼太郎の顔に向けて引き放つ。が、土嚢を盾にした遼太郎が間髪いれずに反撃をしてくる。僅かな力を奮い立たせ、反射神経を武器に遼太郎の動きに対応していく。

 二発目の牽制が、遼太郎を土嚢の中へと引っ込める。――続く三発目、四発目が、その頭を出させない。

 残弾は一発。

 土嚢を全力で飛び越えようとして足に力をいれたとき――洋介は体勢を崩していた。加負荷に耐えられなかった足がもつれて洋介の体を地面に叩きつける。

 視界の端で、手から離れて宙を飛んでいくM60が見えた。

 続く銃声。手だけ突き出した遼太郎の散弾が、洋介を補足する。至近距離で受けた散弾が、すべて体に命中していた。

 だが、洋介は勝利を確信していた。


 ――銃声が轟く。


「あぁ……?」

 文香のM60が遼太郎の脳天を貫いていた。

 坂上洋介は勝負に負けたが、しかし試合に勝とうとしている。フラッグめがけて走る文香を洋介はしかと見つめていた。破壊され沈黙を守る敵陣の中、たった十メートルのウイニングラン。

 ヘッドスライディングの要領で倒れ込むように滑った文香の手が、フラッグへと伸びる。鳴り響いた音はフラッグ取得を知らせるファンファーレだった。

「フラッグ、取得しましたっ!」

 聞いた事もないほど大きな文香の叫び声。それに続けて、無線機から割れんばかりの歓声が吹き上がる。

 洋介は膝を折って地面に倒れこんだ。

『試合終了! チーム・幸鳳学園ライトガン部の勝利です! 繰り返します、試合終了……』

 無線機とスピーカーからアナウンスが流れてきて、洋介は勝ったということを現実のものとして理解する。

 戦場の熱が静かに引いていき、寂れた山の空気が洋介の鼻腔と肺とを満たす。

「勝ったのか」

 実感は湧かなかった。あまりにもギリギリで、あまりにも不安定で。それでも――勝ったのだ。

 前回のダークイーグル戦で感じていた孤独感はもうない。かつてないほどの充足感を洋介は確かに感じ取っていた。

「洋介君」

 少女の声に顔をあげる。フラッグをとった拍子に傷つけたのか、綺麗な頬に擦り傷がついていた。

「……勝ったよ」

 そういって、文香は手にしっかりと掴んだフラッグを洋介に見せてきた。

「勝ったね」

 どんな顔をしていたのかは分からない。ただ、もう笑う気力もなく気力も残ってなく、操り人形のように不恰好な動きで立ち上がった。

「勝てた……よ」

 目の前の少女はないていた。血と泥と涙で、その顔をぐちゃぐちゃにしながら、洋介の手を握って起き上がらせようとする。

 いろいろとかけたい言葉はあったけれど。

「勝てたね」

 今はただ――勝利の感覚を噛みしめていたかった。



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