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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
24/31

chapter 22 開幕


 敵チームは正直なところ大して強くもなかったが、洋介たちは敗北の一歩手前まで追い込まれていた。

 ダークイーグル戦に備えて一戦目で土地勘をつける、というのが当初の目標ではあったものの、敵を倒すのに必死でそんな余裕は微塵もなかった。

 駿がいないことで相手に「必殺のプレッシャー」を与えられず、敵ディフェンダーの頭を抑えることが出来なかったのが苦戦の理由だろう。洋介はなんとかライトマシンガンを二機ほど落としたが、駿がいれば二人だけでも制圧できていたであろうことを考えるなら、自分の戦果は芳しいとはいえない。

 文香が機転を利かせてアタッカーを戻し、後退しながらの殲滅戦に切り替えた事で何とかなったものの、もしかしたら――

 控え室のドアを開くとだいぶ良さそうな調子で椅子に座っている駿の姿が目に映った。

「大丈夫ですか?」

「ああ…………随分マシだ。ほれ坂上、行くぞ」

「行くって、何処へ?」

「何言ってんだよ……ダークイーグル戦を見ないつもりかよ」

 忘れていた。洋介は自分の失態に愕然としながら駿の背中を追って控え室を出る。 

 巨大ディスプレイの前に辿り着くと、ちょうどダークイーグル戦が始ったところだった。ダークイーグルの相手は同好会チーム「ホワイトウルフ」で、持っている銃や装備は玄人好みのものが多く、サバイバルゲームから派生したチームなのだろうと推測された。

 ホワイトウルフのメンバーの動きは中々の物だった。自分たちが一戦目に戦った大沢ブルーファントムの人間よりも、ゲームに対する慣れが感じられた。

 対するダークイーグルはといえば――

「……この間のイメージとは随分と違いますね」

 隣の泰久が静かに呟く。

 二ヶ月前の試合時のダークイーグルは、洋介が今まで戦ってきた中で一番攻撃的なチームだった。あの日には開始七分経たずで総力のぶつけ合いを繰り広げていた相手が、今回は余りに地味な戦い方をしていた。火山の噴火のような爆発的な攻めのスタイルが売りではなかったのだろうか。

 試合はダークイーグル有利に進んでいった。しかし配置は凡庸で華がなく、選手の動きも全体的に初心者を思わせるものだった。

「手札を隠してるのかな」

 文香の言葉に部員たちが同意の声をあげる。確かにそう考えるのが一番合理的だろう。奇手がバレないように幸鳳戦にキープしておくというのは考えられる話だ。

 だが、銃だけを性格に撃ち抜くスナイパーも、猛烈な勢いで責めるショットガンナーもいない。エースもジョーカーも切らないままにゲームに勝つつもりなのだろうか。

 そこで一つ、ダークイーグルの動きに疑問を覚えた。

 回避行動――特に遮蔽物の利用に関して一切の淀みがなかった。

 先ほどから行く先行く先に、まるでダークイーグルの味方をするかのように障害物が設置されていた。ただ単に運がいいの一言で済ませるにはあまりに疑問点が残る動き。視線を仲間に走らせれば、泰久も何かに感づいたようだった。

 フィールドを、把握している。

 練習試合をしたことがあるのだろうか――洋介もこのフィールドは一度使った事があるが、なにしろ一年前のことなのでもはや欠片ほどの記憶も残っていない。

 フラッグめがけて走り出したプレイヤーの一人が、岩陰を盾にしてライトマシンガンの掃射をかわす。

 続けて、岩陰から顔すら出さずにグレネードランチャーを射出し、それを足がけに塹壕の中に飛び込んでいく。

 両翼、更に中央からもアタッカーが飛び出す。その誰もがライトマシンガンの銃口に捕らえられるより早く、遮蔽物に身を隠してしまう。

 ホームのフィールドで戦闘しているかのような無駄の無いプレーが一瞬にして敵陣を瓦解させた。

「フラッグ取得」

 ダークイーグルの一人があっさりと旗を手に掴む。

 洋介は静かに部員たちの顔を確認する。誰もがここ最近は見せなかった暗い表情でしばしその場に佇立する。駿がいないという事実を思い出しているのだろうか。

 洋介は何よりダークイーグルが読めないというところを心配していた。これでショットガンナーとスナイパーが参加し、今のように遮蔽物を利用されるとなると、かなり厳しい試合になることは容易に予想できた。

『これより休憩時間に入ります……繰り返します、これより……』

 幸鳳学園の生徒たちは、口を引き結び、暗い表情で、重い足を引き摺っていく。

 控え室に向かう姿はさながら死者の行軍のようで――洋介は見ているのが辛かった。

 ドアをくぐり、それぞれが席に着く。

「駿は?」

 秋菜が声を上げる。

 一緒に試合を観戦していたはずの駿の姿がなかった。

「救護室ですかね。随分と良くなったようにも見えましたが……とりあえず昼食をとりましょう」

 泰久にそういわれて、部員たちが、各々の弁当を食べ始めた。

 駿はまた症状が悪化したのだろうか。そんな思いを抱えたまま、洋介も砂と鉛のブレンドのような弁当を口に運ぶ。

「……作戦を立てましょう」

 そう声をあげて作戦を立て直し始めた文香は、誰よりも真っ直ぐに試合に取り組んでいた。駿がいない穴を埋めるために必死で作戦を練っているが、それでも重い空気を払拭するには至らない。

 洋介も部員を責める気にはなれなかった。まさかこのタイミングで駿がいなくなるとは誰も思っていなかっただろう。駿がいなくても頑張ろうと、即座に対応できる範囲の出来事ではなかった。

 鬱々とした状況の中でブリーフィングが進んでいく。

 駿がいないために、作戦が大幅に変更されていく。鮫島駿は、「鮫島駿」というポジションであり、他のスナイパーでは一厘の真似すらできなかった。

 駿がいないため決定力はなくなる。アタッカーは大幅に弱体化することも予想された。常識的に考えてディフェンダーを七人以下にするのは不可能であるため、駿のいない分の攻撃力低下は甘んじなければならない。

 

――自分たちは勝てるのか。


 いつの間にか胃に収まっていた弁当の蓋を閉じた。

 文香のブリーフィングを話半分に聞いていた事に気づき、集中しようと彼女の方に目を向ける。

 どんな状況であれ勝ちを目指さなければならない。仲間のために、この場にいない駿のために―― 

 背後で、ドアが開く音がした。

 シグブレーザーR93を片手に、不適に笑う少年が一人――迷彩服に着替えて立っていた。

「俺が出る。熱は引いた」

「そんなわけないでしょ!」

 秋菜ににじり寄られても、駿は表情一つ変えなかった。

「デコを触ってみろよ」

 秋菜が駿の額に触れる。数秒が経ってもその手を離さなかった。

「…………嘘でしょ 下がったの?」

「嘘みたいな奇跡だよ」

 駿は口の端を吊り上げた。

『定時になりました。幸鳳学園ライトガン部、及びダークイーグルのプレイヤーはステージ前に集合してください。繰り返します……』

 放送が悩んでいる猶予が無い事を告げる。

「悪いなスッチー。俺が出る」

 駿は代わりに出る予定だった一年生のスナイパーの肩を叩く。文香が泰久に目配せを送ると、泰久は静かに頷いた。

「……鮫島先輩」

「行きましょう。試合前の五分、全力で無線機に耳を傾けていてください。指示を出し直します」 

 文香が活を入れるように言い放つ。

 歓声が巻き起こった。

 あれほど暗い顔をしていた部員たちが雄たけびを上げながら控え室を後にする。

 幸鳳は不死鳥のように蘇ると、冗談交じりに言っていたのは、誰だっただろうか。

 




『左のアタッカー。坂上君、服部先輩、中村先輩、本町先輩。中村先輩が先導して、服部先輩と坂上君がその後に。本町先輩は五十メートルほど離れてついていってください』

 文香の声を聞きながら――洋介は三度目になる武装確認をする。

『右はまず瀬谷先輩が。無線機で正確に位置を確認しながら、鮫島先輩が追尾』

 突撃銃アサルトライフル、M16。及び、その下部に設置された擲弾発射機グレネードランチャー、M203。

 ベストのマガチンポーチの中にはM16の交換用弾装マガジンが三つ。グレネード弾が三発、加えて手榴弾が四つ。

 回転式拳銃リボルバー、ニューナンブM60、その替玉が十発。

『中央は部長と――』

 M16をしっかりと構え、眼前に広がる林を見つめるが――思い出すのは先ほどの整列時にみたダークイーグルのことばかりだった。

 全体的に砕けた雰囲気のメンバー。茶髪もいれば、ピアスをしている者もいた。それを受け入れてしまうのがライトガンの寛容さであり、異質な恐ろしさでもある。 

 だがそんなものは洋介にとってどうでもいいことだった。

 気になったのはその中でもひときわ異彩を放っていた少年だ。

 猛禽類にも似たギョロリとした三白眼。身長は洋介と変わらないぐらいだったが、尖るように跳ねた髪の分だけ大きく見えた。

 先ほどから何度か目があったが、そのたびに洋介の方から逸らしてしまっていた。無言の威圧感が洋介の喉を枯らす。

 自分はどこかで、彼に会ったことがある――

 実感はあれど、詳細を思い出すことはできない。腕時計の示す時間を見て我に返った洋介は、無線機からの声に集中することにした。

『これで配置は終わりです。作戦の説明は試合開始後に行います』

 たった五分しかない中で文香は配置を変更した。そのスピードから考えるに、恐らくこちらは始めから組んでいた陣形なのだろう。鮫島駿という最強のスナイパーを活かせるように、よく考えられていた。

『定時になりました。これより幸鳳学園ライトガン部対ダークイーグルの試合を開始いたします、繰り返します……』

 いつも通りのアナウンス。握ったM16に力がこもる。


 ――空に響く一発の銃声。

 

 洋介は目の前を行く二年・中村千里の後を追うようにして走り出した。三年の服部和彦が洋介の隣につき、スナイパーの本町梓は少し遅れるようにしてついてくる。 

 四人がかりで左サイドから攻め込むというのが狙いだった。中央からは泰久と他二人が同時に攻め、そのままいけそうであれば右サイドの秋菜と駿も上がっていく。

『ペースは問題ないですか』

 肯定の言葉が三人から漏れる。

 澄んだ空気の中、六月の陽光が木々の隙間から降り注いでいた。

 洋介はかなりのハイペースで木々の間を駆けていく。とにかくまずは定石どおり中央ラインを制圧するつもりだった。

 ディフェンスがしっかりと固まっていたので、アタッカーを理想的に配置することが可能だった。

『前方、敵いません』

 班の先頭を行く千里から無線が入る。

 千里との距離は二十メートルも離れていないが、敵に察知される確率を下げるためになるべく無線機を使用する。連携プレーが大切なのは確かだが、声を出すことで的に位置を知られることだけは避けなくてはいいけなかった。

 足下には小枝が散らばり、膝ほどの高さの草が繁茂していて、今まで戦ってきたフィールドの中でも一、二を争うほど戦いにくい深い森だった。

 一戦目は右サイドから攻めたので感じなかったが、左サイドはかなり進みにくい。遮蔽物があって相手の攻撃をかわしやすいのはいいが、隠れる場所が多いとうことは、必然相手からの奇襲も受けやすくなる。 

 更に、広がる葉が光を遮っているため視界が悪かった。

 ペースを落とすことなく二百メートルほどを走破したが、まだ敵の姿は無かった。相手が自分たちより素早く移動していたときには、だいたいこのぐらいの距離で戦闘が始まる。

『敵、いません』

「……このぐらいで交戦になるかと思ったんだけどな」

「僕もそう思ってました」

 陽介は隣の和彦のぼやきに同意する。

 ダークイーグルの攻撃性が感じられなかった。先ほどの中継の戦い方はフェイクで、この決勝戦は前回の練習試合時のようなスタイルで来ると踏んでいたが、どうやら違うらしい。

 洋介の班にライトマシンガンナーとスナイパーを用意したのは、攻めて来る相手を散らすためだった。どちらかといえば「迎え撃つ」形の布陣を敷いている。

「部長、敵はいますか」

 何となく不安になった洋介は、他の場所を行く味方に無線を入れた。

『いまのところはいませんね』

「瀬谷先輩は」

『こっちにもいない。ちょっと不気味な感じ』

 すれ違ったとでもいうのだろうか。フィールドに五百メートルの横幅があるとはいえ、すれ違って気付かないほど広い訳でもない、気付かれないように行動するのもかなり難しいだろう 

『……気にせず進んでください。瀬谷さんはそこで待機して、鮫島先輩を待ってください』

 指示を出す文香の声にも疑問の色が強かった。

『了解』

 洋介は返事を返して、不気味な静けさを保っている戦場を進んでいく。


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