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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
23/31

chapter 21 侠気



 控え室には縦長のテーブルが四卓と、折りたたまれたパイプ椅子が設置されていた。三十七人は入れないかと思っていた洋介だったが、スペース的にはかなりの余裕があった。少なくとも教室と同じくらいの広さはある。

 出場するメンバーはすみやかに迷彩服に着替え、そうでない人間はそのまま部屋に入る。

 もちろん、部員の全員で控え室の中に入っていく。

「――駿は?」

 秋菜が上げた声を聞いて洋介も部屋の中を見回したが、それらしい顔はなかった。

「三十六人しかいない」

 一瞬にして数を把握したらしい泰久が声を上げる。

「ちょっと、試合前だっていうのに……」

 秋菜は携帯を取り出した。電話をかけるつもりらしい。部員たちが見守る中、秋菜は携帯電話を耳に当てる。それと同時に、控え室のドアの外から着信音らしいものが聞こえてきた。

「え?」 

 秋菜は携帯電話をポケットに突っ込んで控え室のドアを開ける。

 ドアの方に頭を投げ出して、駿が地面に倒れこんでいた。

「ここまできて冗談やってる場合じゃないでしょ!」

 いつもより鋭く駿を怒鳴りつけて、ふざけてないで起き上がりなさい、と言って駿の手を引っ張る。

「……あぁ」

 秋菜に手を引かれて立ち上がろうとした駿が、膝から崩れ落ちた。抱えていたスナイパーライフルが地面に投げ出される。

「駿!?」

 声を上げ駆け寄る秋菜を手で制した駿は、片膝を立ててそのまま起き上がろうとする。しかし力が入らないらしく、もう一度地面に膝をつく。

「……体温計、持ってるか」

 苦しそうな声で告げる駿に、一年生の女子が救急箱から体温計を取り出して手渡した。駿は渡された体温計を脇につっこむと、抜き差ししながらこまめに温度を確認する。

「そんなことしたら正確に計れないって!」

「うるせえ……どんな状態でも出てやるよ……大したことねえ……」

 三十分の時間制限は刻一刻と過ぎていたが、部員たちはブリーフィングそっちのけで苦しそうな駿を見守っている。焦燥、混乱――空気の乱れを感じつつ、洋介は何も出来ない自分に腹を立てる。

 ピピピ、と測定完了の電子音が鳴る。駿が確認するよりもはやく、秋菜が体温計を抜き取った。

「ちょっと、三十九度一分って……!?」

 部員たちが騒然とする。試合に出るどころか、話しているのも辛いほどの高熱だろう。早く救護室に行けという怒号が聞こえる中で、駿は静かに立ち上がる。

「なんてことねえよ……」

「バカじゃないの! 出れるわけ無いでしょ!」

「うるせえ……」

「鮫島君、君は出るな」

 泰久の言葉に駿は反応を返さない。しばらく二者の睨み合いが続いていたが、そこは部長だった。一歩も退かずに駿の顔を凝視する。

「わかったよ」

 駿はそう呟いて、体を引きずるようにしながら部屋の隅に行って寝転がった。

「救護室に行った方がいい」

「ただの熱だ……試合を見届けさせてくれ」

「無茶言わないで」

「無茶じゃない。それだけは譲らない。俺の欠員は……スッチーでどうだい、姫様」

 文香は頷いた。

「早くブリーフィングに入ってくれ。頼む――」

 震える声で駿が呟いた。

「切り替えましょう。此処で負けたら彼のためにならない」

 泰久が静かに言い放つ。

 暗澹たる空気の中で、ブリーフィングが始まった。







 幸鳳学園対、大沢ブルーファントム。下馬評など聞くまでもなく、どちらが勝つかなど明白の一戦ではあるが――今回は事情が違う。

 鮫島駿がフィールドにいないのだ。

 おかげで幸鳳学園は一試合目から苦戦を強いられていた。ブルーファントムの狙撃手はそう優秀なわけではなかったが、駿がいないことで好き放題狙撃を続けている。ディフェンダーも気張る必要がなく、塹壕から頭を出しっぱなしにして機械的に幸鳳のメンバーを牽制していた。

 他チームには降って湧いたような幸運だろう。ダークイーグルも例外ではなく、控え室では拍手すら響いていた。遼太郎は一人、救護室の方へと向かう。何があったのかは分からないが、何かがあったことは兵太から聞いていた。

「待てよ、コボリ」

 救護室へと繋がる廊下の壁に壁を預けている少年が一人。指で眼鏡を押し上げて、いつになく真面目な表情で嘆息した。

「お前じゃないよな」

「流石の僕も、殺人はしないよ――行くのかい」

「野暮用だ」

「今なら幸鳳に勝てるぞ。坂上君との一戦も、水をさされずに済む」

「そうだな。……やめろってんなら、いかねえよ」

「好きにしてくれ。ただね、僕は君を勝たせるために来てるんだ。複雑なんだよ」

「わるいな」

 兵太が口を閉じる。やれやれ、とでも言いたげに頭を振った。単に目にかかった髪が気になっただけかもしれない。

 遼太郎は救護室の扉を開ける。鉄製の机に、白衣を着た女性が一人腰掛けていた。脇のベッドには寝転がる駿の姿がある。

「お前、馬鹿だろ」

 遼太郎の声に駿が半身を起こす。遼太郎のことを怪訝な表情で見つめていたが、脇にいる兵太に視線を移したところで間抜けな声をあげた。

「……新聞部…………? 待て、お前ら、その制服――」

「ダークイーグルですよ、鮫島先輩。騙してすいませんね」

 兵太の言葉に唖然とする駿。とりあえず熱というのは嘘だったようだ。盗聴が良いことだとは思わないが、今回ばかりは幸鳳学園にプラスの結果になりそうである。

「親父が死んだから、か」

「…………どうして知ってるんだ」

「調べりゃすぐだ。お前の彼女は気がついてたんじゃないのか」

 流石に盗聴盗撮については言えず、返事も曖昧なものになる。この間潜入したときに多くを回収したとはいえ、下手をうって出場停止でも喰らったら目も当てられたものではなかった。危ない橋を渡っていることは、自分でもよく理解しているのだ。

「ワケ分からなくなってんのか」

「……」

「ダンマリかよ。まぁ、信用できないのも無理ないわな。ただ、お前が出ないってんなら幸鳳はオシマイだ。スナイパー抜きで勝てると思ってんならあめえとしか言いようがない」

「コボリ、時間がなくなる」

「ああ」 

 舌打ちを一つ残して、駿に背を向ける。

「世の中には、両親はいないし、彼女を傷つけられても――続けてるヤツもいるのにねェ」

 兵太が何かぼやいたが、もはや耳にも入っていなかった。自分の行動に疑問を覚える一方で、駿抜きの幸鳳学園などと戦っても仕方がないとも考える。

 そもそも自分の目標は洋介を倒すことだったはずである。勝手に都大会を舞台と想定していたのが間違いだったのだろうか。景気づけの練習試合で――いとも簡単に破ってしまった。実感はなく、虚しさだけが残っている。

「よかったのかい。勝利が一歩、遠ざかった」

 兵太の声で現実に引き戻される。

「悪い」

「謝ることはない。どうせ僕はコボリを勝たせるために来たようなものだから。……ただ、覚悟はしてくれよ。こっちで幸鳳とやりあえるのは僕とピザマン、そんでお前ぐらいだ」

「分かってる。勝率は」

「二割もないっていったら?」

「そんなもんだろ。幸鳳相手に二対八なら、むしろ俺たちが有利だ」

 兵太は鼻を鳴らした。わかりにくいが、この嫌らしい笑みが兵太の「微笑み」に値する。

「やっぱり僕は間違ってなかったね。最高だ、コボリ。地獄まで付き合うことにするよ。忘れるな、キーはお前だ。お前を止められるのは鮫島先輩と坂上君だけさ。僕はあんまり当たらせたくないけど、君は坂上君を潰しにきたんだものね」

「ああ」

「おっけー。好きにやってちょうだい。その二人以外は全員こっちに投げてくれて構わない。場合によっちゃ、ディフェンダーもやめちゃっていいよ。暴れ回ってくれ」

「……わるい」

「謝るなら僕以外に謝った方がいいね。とはいったものの、全国なんか出たところで勝ち目もないし、とりあえず坂上君を倒せばいい。僕は、まあ、優勝の方も視野にいれつつ頑張ってみるさ」

 兵太が体を思い切り伸ばす。

 昨日も深夜まで作戦の練り直しをしていたのだ。疲れが溜まっていないはずがない。

 それでも遼太郎は、自分の非合理な行動を納得し始めている。

「行こうか」

「ああ」 



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