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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
22/31

chapter 20 挑戦


 五月末の日曜日、幸鳳学園ライトガン部の部員は校庭に集まっていた。時刻は午前八時。大会は隣の市で行われるため、幸鳳学園には比較的余裕があると言えた。

 校門前には中型バスが一台到着していた。準備を済ませた部員から順にバスに乗りこんでいく。ライトガン本体をバスの下に収納すると破損する可能性があったため、それぞれが愛銃をガンケースにしまい、それを腕に抱えている状態だ。

 バスは二十一人乗りという半端なサイズであったため、適当に二つに分かれて乗り込んでいく。

 全員が試合に出るわけではないが、部員全員が大会会場へ行くことを希望した。

 フィールド内部の動きを見ることが出来ないライトガンは、よほど大きな大会で無い限り「観戦」することはできないが、都大会ともなると別だ。フィールドの三十人全員に小型カメラが配布され、それを通した『個人映像』が会場のディスプレイに映し出されるようになっている。

「ねみ……」

 駿がまぶたを擦り、間の抜けた声で呟く。続けて大きな欠伸を一回して、口を閉じたかと思うともう二回ほど繰り返した。

「アンタちゃんと寝たんでしょうね」

 隣の席に座る秋菜が肘で駿の脇腹を小突く。

「いや、はしゃいで寝れなくて」

「アンタは遠足前のガキか」

「ガキですけどー。人間のガキですけどー。なんか文句ありますかー?」

「うるさい!」 

 駿と秋菜が緊張感の無い応酬を繰り返す。洋介が駿の方に目をやると、駿がウインクを送ってきた。隣で溜息を吐いている秋菜も本気で嫌がっているわけではなさそうだった。

 どうやらガチガチに固まっている一年勢の緊張を解すためにやっているらしいと洋介は判断し、自分には出来ない役回りをこなしてくれる二人に感謝する。 

「坂上君、緊張してないの……? 私が坂上君だったら緊張で死んでるかもしれない」

 アタッカーの木下美穂が憂鬱そうな顔で洋介の名を呼ぶ。予選で足を捻ったのが響いているらしく、今回の大会には不出場の彼女であったが、それでも洋介以上に緊張しているようだった。

「いや、してるよ。一年生の自分が大会に出ていいのかなって感じることもある。三年の先輩は今回の大会が最後で、この予選は先輩たちにとって俺たち以上に重要だと思う。でもだからこそ、自分がその勝ち負けの責任の一端を背負いたいと思ってる」

 一呼吸置いて洋介は続ける。

「先輩たちは手取り足取り俺たちに教えてくれた。俺たちのために時間を割いてくれた。だから先輩たちだけ戦って、ベンチの俺ら下級生が、ああ、出てなくてよかったな、なんて言うふうには成りたくない。勝ったとしたらそれはみんなの力だし、負けたとしてもそうだ。十五人だけじゃ練習もできない。ライトガン部は三十七人の力で出来てると思うから。だから俺は戦うよ。一年の代表だなんて大それたことは言えないけれど、選出された以上は全力でやる」

 勢い良く話しきる。終わってみて、なにやら周りが自分の話を聞いていたらしいとわかり、洋介は顔を赤らめる。

「ブラボー、ブラザー」

「アンタも何かいいなさいよ」

「ブラジャー」

 秋菜がはなった肘打ちを腕をクロスさせて防ぎながら、駿が笑った。

「まぁ、一年諸君。そう気張るなよ。まあ確かに、三年生はダークイーグルを何としても潰したいだろうよ。で、同じ一年とは言え坂上は強いわな。だからどうした。戦場に出ちまえばかわらねえよ。ライトガンはサッカーや野球じゃない。ハンパな奴はトーシローにも潰される可能性があるぐらい、運の要素がデカい。負けち感じる理由なんてないわな。エースだけで戦争に勝てるなら、こないだだってダークイーグルにも負けてねえ。負けちゃったら不運。俺は博打をやろうぜっていってるわけじゃないぜ? けどそうやって割り切れない奴は総じて弱い」

 一呼吸置いてさらに続ける。

「それによ、ヨッケが鮮やかにディフェンダーをぶっ殺してようが、ゴリラが暴れてようが、それは味方だ。そうだろ? 大丈夫だ、勝てるぜ」

 駿はなにやら訳の分からないことを言っていた。言いたい事はわかるようで、やはり洋介には理解できなかった。

「……アンタ、結局何が言いたかったの? 整理してから口開いたほうがいいよ」

「あぁ、振ったのお前だろ! だぁから振って欲しくなかったんだ! オレは口下手なんだよ。でもそれなりに伝わっただろ、オレのライトガン部への愛が!」

 駿は大仰に手を広げて立ち上がる。運転手がブレーキを踏んだ衝撃で前につんのめった。バス内が笑いに包まれる。

「ていうかバッグが邪魔……。なに持ってきたの!」

 駿は着替えが入っているにしては膨れたバッグを誇るように叩く。

「おやつ」

「ガンケースに何入れてるの!? というか量が多い、量が。次回からは二百円までって制限を設けないと駄目ね」

「んなこと言ってると次はバナナばっかり持ってくるぞ。ぜったい潰れるぞ。そうしたらお前はヨーグルトを持ってきて……」

「はぁ…………」

 その後は皆で騒ぎながら現地まで向かった。

 沸き立つ車内の中、洋介は隣に座る少女に目を向ける。

 文香は頭を洋介の肩にのせるようにして眠っていた。どうやら夜遅くまで作戦を練り、敵を調べていてくれたらしく、バスに乗り込むなり早々と寝てしまったのだ。

 美しい黒髪が朝日を受けて金に輝いている。洋介の鼻腔を甘い香りがくすぐった。

「大丈夫」

 隣の席で眠る美しい少女に囁いた。指揮官という都合上、彼女だけは予選からずっと出場しっぱなしだった。だからせめて、今は休んでいて欲しかった。

「きっと勝てるよ」 

 勝利の女神は、此処にいる。





「……こんなに?」

 会場に着くなり、洋介はその人だかりに驚愕した。

 中学時代は全国大会でも数百人しか見学者がいなかったのに対し、都大会だというのに千人近い人間がいた。若い男性が多いが、例外的におばさんもいればスーツを着込んだサラリーマンのような者までがいる。

 会場はフィールドの側の空き地に設置されていた。地面の雑草は切り払われている状態だったが、最近処理したらしく空気はまだどことなく青臭い。

 アーティストが野外ライブをやるときに使うような大きな壇があり、そこには大型の液晶ディスプレイが三台ほど設置されていた。また左側と右側に、それぞれ十五台ずつの液晶ディスプレイが設置されてある。どうやら、中央では動きの多い選手をピックアップして、左右のディスプレイではそれぞれのカメラ映像を垂れ流しにするつもりらしい。

「何でみんなノーパソ開いてるんだろう」

「インターネット回線でリアルタイムに映像を配信するらしいよ。契約してなくても、大会側で今日のために回線を張ってある。USBに受信機を接続すれば見れるってわけ」

 文香がやたら詳しく解説をしてくれる。どうして知っているのだろうかという疑問もあったが、何より心に浮かんだのは、

「いったい幾らかかってるんだ?」

 いつのまにこれほどメジャーな競技になっていたのだろうかと考えていた。辺りに出された看板には、有名な炭酸飲料のメーカーや、大手の玩具メーカー、ライトガン用品店のロゴなどが至る所に見受けられた。

「とにかくお金、って感じだよね」

「でも、宣伝してくれる人がいないと廃れちゃうし。俺は感謝してる」

「そう……?」

 答える文香の表情はどことなく影を感じさせた。理由が分からず、洋介は心の中で首を傾げる。

『これより、第三回、東京都・高校生ライトガン大会を開会いたします』

 巨大なスピーカーからのアナウンスで、ざわついていた人の群れがステージに注目する。

『開会の言葉。日本ライトガン協会会長、菅原善文すがわらよしふみ氏、よろしくお願いします。』

「……菅原って、もしかして」

 洋介は文香の方を向くが、文香はそっぽを向いて返事をしなかった。

 右側の階段からゆっくりとスーツ姿の男性が昇ってくる。年齢は四十半ばといったところだったが、その姿は若々しい。生気に溢れた顔をしており、全身に力強いオーラがみなぎっていた。

「今日は大いに楽しんでいってください。この素晴らしい場で貴方たちの死闘が見れることを光栄に思っております」

 会長の声は力強く自信に満ち溢れている。

「……どうせ金の事しか考えてないよ、あの人は」

 背後の文香がボソリと呟く。

「そうなの?」

「そうだよ。金になるか、ならないか。行動原理は全部それ。いい年して馬鹿みたい。バイトに夢中になってる学生じゃあるまいし。ごめんね、そんなこと言っても仕方なかった」

 文香はそれだけ言うと目を伏せた。

 菅原善文。文香は言及していないし、するつもりもないようだが、おそらく文香の父親なのだろう。

 話が終わり、会場が先ほどのざわつきを取り戻すよりも早く、設置された巨大なスピーカーからアナウンスが入った。

『第一試合、幸鳳フェニックス対大沢ブルーファントムは三十分後からの開始になります。選手の方は控え室に移動してブリーフィングに入ってください。繰り返します……』

 大沢ブルーファントム。文香によると、東京区部にある大沢学園という高校のライトガン部らしい。去年の夏季大会の直後に設置され、部員数は二十三人と聞いていた。初参加で都大会の準決勝ということは、それなりに腕が立つのだろう。

 控え室に向かいながら、洋介は頭の中で自分の動きをシミュレーションしていた。

 幸鳳は負けない。

 その思いを胸に、洋介は部員とともに控え室へと向かった。



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