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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
20/31

chapter 18 複線



「お疲れ様でした。みなさん。それと杉山さん、今日はわざわざありがとうございました」

 泰久が綾乃に向かって丁寧にお辞儀をする。綾乃も気恥ずかしそうに微笑みながら、軽い会釈で返していた。 

 洋介は改めて綾乃の能力を思い知らされた。一日中、フォームチェックや陣形のブラッシュアップに付き合い続けた体力がまず一つ。それに咥えて、赤の他人、それも上級生もいるなかで、そんな事は気にしないといった調子で的確なアドバイスを下していける神経の太さである。部員たちにも好印象だったようで、尊敬と畏怖のまなざしを一身に集めていた。

 都大会を控えて綾乃に最終チェックをしてもらうという秘策は成功とみていいだろう。

「それでは先に帰らせて頂きます……それじゃ、洋介。なかなか楽しめたよ」

「あれ、一緒に帰らないのか?」

「鬼が出るらしいので、私は明るいうちに」

 そういうと綾乃は優雅に手を振って去っていった。意味が分からずきょとんとしている洋介の背後に鬼が現れていたが、それに気づくことはなかった。

「なあ、ヨッケ」

 綾乃の姿が小さくなったところで、後ろから駿が声をかけてきた。

「何ですか?」

「あいつ絶対に裏があるぜ。気をつけておいた方がいい」

 そう言う駿の目は真剣そのものだった。幼馴染を疑う言葉に若干の反抗心を覚えながら、洋介は言葉を返す。

「……どういう意味です」

「かわいい子が、実はゴリラだったらどうする?」

「は?」

「部活始めた頃の瀬谷に似てるんだよ。女ってのは基本的に訳の分からない生き物なのに、加えてゴリラ――」

 駿の声が半ばで止まった。秋菜のアイアン・クローが駿の首を捉えていた。

「気にしないでね」

 秋菜は優しそうにほほえむと、夕焼けをバックに駿の体を引きずっていった。

「そう、最近コイツが沢山掃除してくれてるから今日は掃除しなくていいよ。フミと一緒に先に帰ってなよ」

 洋介は得心したといった感じで二度三度頷いて、文香の姿を探す。

「文香さ……おおっ!」

 振り向けば真後ろに文香がいた。神がかった気配消去能力に、洋介は思わず後ずさった。

「びっくりした……帰ろうよ」

「……綾乃さんはいいの? よく知らないなら、付いていってあげたら」

「アレは放っておいても平気だよ。中二の時に見学に一緒に見学に来たし、あの時はアイツが道を調べてたから」

「ふーん」

 相槌を打つ文香はどことなく不機嫌だった。部活で何かあったのだろうかと不安になるが、思い当たる節がなかった。もしかしたら、部外者を練習に混ぜたことそのものが気に食わなかったのかもしれない。

 思考を一時中断する。人のことをあれこれと詮索するのは好きではなかったし、今の自分と文香の関係であれば、何か気になることがあれば口にしているだろう。

「ずっと言いたかったんだけどさ」

 代わりに、ずっと心中にあった想いを口にすることを決意する。気恥ずかしくて言うのを躊躇っていたが、伝えるには絶好のチャンスだと思ったからだ。

「すごく、感謝してる。ありがとう」

「…………え?」

 唐突に投げかけられた感謝の言葉に、文香は目を丸くする。

「文香さんがいなかったら、俺たちはここまで来れてない。ダークイーグルに負けた後の酷い空気の状態でやってたら、俺たちはきっと終わっていた」

「……それは、みんなが……頑張ってくれたからだよ」

 落ち着き払った洋介の言葉に気圧されたのか、文香は一つ一つ言葉を探すように返事をした。

「だとしても、みんなを頑張らせてくれたのは文香さんだ。そこは揺るがない」

 洋介は強く言い切って、さらに続ける。

「俺も嬉しかった。こういう状態でなら例え負けたとしても悔いはない。綾乃とはヴァルハラってチームにいたんだけど、そこにいたときも今ほどの連帯感を味わった事はなかった。頭もいいし、可愛いし、文香さんは凄いよ」

 一息で喋りきった洋介が明るい笑みを浮かべる。

 文香は口を開きかけて閉じ、そのままぷいとそっぽを向いた。

「……ずるいよ」

「え?」

 小さく呟いた言葉を聞き取れなかったのか、洋介は聞き返すように疑問の声をあげた。

「ううん。何でもない」

 文香は洋介の方に顔を向けてにこりと微笑むと、

「ふぅ」

 見えない蝋燭でも吹き消すかのように息を吐いた。

 それからは会話らしい会話も無く、二人でゆっくりと夕空の下を歩いていった。友人にしては近く、恋人にしては遠いを埋めるには、自転車の車輪が回る音では少し心許こころもとない。

 いつの間にか文香の家の前に着いていた。スタンドで地面に立った自転車が、名残惜しそうにカラカラという音を立てる。

「ねえ、洋介くん」

「なに?」

 すぐに返事はなかった。言うかどうか迷っているような微妙な時間を挟んで、文香が口を開く。

「勝ったら、みんな喜んでくれるかな」

 文香の問いかけに、洋介は思わず破顔した。

「ちょっと……」

「ごめんごめん。だって、そんなの答えはひとつしかないって」

 音のない二人の世界を、目を眩ます程の夕焼けが照らし出す。

「喜ぶよ」

 洋介は確信を持って断言する。

「……うん。分かった。ありがとう。それじゃ」

 なぜか焦るように去っていった文香の背を送る。

 少女の背中が小さくなっていくのを見送りながら、洋介は大会への決意を新たにした。




 

 瀬谷秋菜は広い射撃場の中で突っ立っていた。

 水曜日から三日連続で休み、気になった秋菜が電話をかけたところ「風邪」という言葉で一蹴された。今日になってやっと出てきたかと思えば、休む前にはあったテンションの高さが感じられない。軽い口調は相変わらずだったが、以前の駿と比べれば人が変わったかのように真面目なものだ。

 動きのキレのなさを見るに風邪を引きずっているのだろう――最初はそう思っていたが、一年のころにインフルエンザにかかったときは、電話越しで大騒ぎしていたことを思い出す。

 改心した。そう表現してしまえば、それだけだろう。

「よ、秋菜」

 秋菜が射撃場内に入ってから一分も経ったころだろうか。駿が顔を上げて秋菜に声をかける。

 自分のことをいつものふざけたあだ名で呼ばないことが、妙に気にかかった。もっとも、駿が受け狙いでやっているだけだということは秋菜も良く知っている。二人の時はあだ名で呼ぶことはほとんどないからだ。

「……アンタ、変なものでも食べたの?」

「変なものってーと……昼に食ったお前の手料理ぐらいだな」

 駿は茶化して笑うが、秋菜は眉をひそめるだけで手を出すようなことはしなかった。

 明らかに覇気が無い。

 誰も気にしていなかったようだが、秋菜は違和感を感じ取っていた。テンションは高いが、どこか空回りしているように思える。

「…………何考えてるの?」

「何って、何よ。僕はいつでも好青年じゃない」

 箒を片付けると、入り口の側に立てかけてあった狙撃銃を手に取る。

 シグブレーザーR93。ライトガンをただのスポーツとしてやっているだけで銃にはあまり詳しくない秋菜だったが、彼の持つ狙撃銃についてはよく知っていた。ことある毎に駿が楽しそうに語っているからだ。

 今までに何度この銃に助けられただろう。敵が多くて突破できないとき。敵に塹壕の隅まで追い詰められたとき。頭上からの爆撃に対処できないとき――駿はいつでも救ってくれた。

「今までやってこなかった分の償い?」

 秋菜がそういうと、駿はどこか遠い目をして射撃場から漏れる夕日の光の方を見つめる。

「あー……そうだな。贖罪だよ、贖罪」

 笑いながら駿が立ち上がる。持ち上げたスポーツバッグの口から、スプレー缶が一つこぼれ落ちる。『ヘアカラースプレー・ブラウン』――パッケージを見るにいつも駿が使っているヘアスプレーだろう。頭髪検査をごまかすために、一日だけ黒く染めてくることが良くあった。

 秋菜が拾った缶を駿がさっとかっさらっていく。

「んじゃ、今日はもうあがるぜ」

 背中を向けて手を振った駿。用事があって急ぐとのことなので、今日は別々に帰ることにしたのだ。

「……ブラウン……?」

 ふと、先ほどのスプレー缶に違和感を覚える。茶髪の人間が、どうして茶色のスプレーを必要としているのだろうか?

 髪の根元が気になり出したら、全体的に痛み始めてるしムラも出ているからヘアサロンに行くべきだ。そう教えてくれたのは駿だった。金や暇がなくていけないときでも、根元だけ丁寧に染めていることを秋菜はよく知っている。

 耳に響く雨音。どうやら本格的に降り始めてしまったらしい。

 帰ったら電話をかけよう。

 そう決心して、秋菜は一人射撃場を後にした。



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