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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
18/31

chapter 16 裏腹


 洋介が部室に入ると、泰久がニコニコしながら活動記録を書いていた。書道でもやっていのだろうかという達筆な字で、サラサラと文字が書着込まれていく。活動記録をつけさせれば右に出るものはいないと自負していた洋介だったが、やはりキャリアの差なのか泰久には敵わない。迅速に過不足無く、書き間違えの一つすらせずに手を動かしている。

「部長、片付け終わりました」

「ああ、ありがとう。僕はこれを書いてから行くから、もう帰っていいですよ。今日は疲れたでしょう。ああ、それと文香さんをきっちり送っておいてくださいね」

「はい」

 投票が終わり、その場に崩れ落ちた文香の体調が悪そうだったので保健室へと連れて行った。保険医曰く疲労だろうということで、下校途中で倒れられたら面倒だから寝かせとけ、とも言われたため、文香は今保健室のベッドの上にいる。余りにも安らかな寝顔だったので、付き添いも不要かと思い、帰りに起こすつもりで片付けを終わらせたところだった。

「……先輩」

 ドアノブに手をかけたところで洋介は泰久へ向き直った。

「どうかしたかい」

 泰久が顔を上げる。

「ありがとうございました」

 洋介は深く頭を下げた。文香が承認されたのは、他ならぬ泰久が推挙したからだ。いくら文香の事を悪く思ってないとしても、やはり一年生、それも女子がいきなり指揮官になるとなれば、当然部員にはそれに対する不安があっただろう。

 シューティングレンジは誰が射撃したかという記録は残らない設定にしてあったので、完全な無記名投票ではあったが、やはり上級生が泰久を推しているのではないかと思ったら文香へ票を入れにくくなる。 

「それは僕が君にいわなくてはいけない言葉だ」

 泰久はペンを机に置く。書き終わったらしい日誌を閉じて静かに深呼吸をした。机の上に置いてある手を体の中心に寄せ、その指を組んだ。

「馬鹿馬鹿しい。周囲の事を全く考えていなかったんだ、僕は。みんな優しいから僕の事を批判しないだろう。それゆえに悩んだ。何が欠けているのか」

 懺悔でもするようにゆっくりと話し始める。

 周囲の信頼は、裏返せば期待だ。部長として、指揮官として――そういうプレッシャーは相当なものだったのだろう。

 近接戦闘に際しても抜群のスキルを誇るアタッカーで、ディフェンスに回れば軽機関銃を軽々と扱うディフェンダーで、何より全員をまとめる指揮官コマンダー

 幸鳳学園ライトガン部初代部長、大崎泰久はそういう男だ。

「本当に引退するつもりだったんですか」

「あの時は本当にそう思っていた。悔しいとか、そういう気持は無かったんだ。ただ情けなかったんだ。心のどこかで彼女には負けないだろうと思っていた慢心も、それ以前に勝つための策を構築できなかったことも」

 引退を宣言した夜、洋介は泰久に電話をかけた。どんな話をしたかはもう覚えていない。ただひたすら、やめないでくれという事だけを言い続けていたように思う。今思うと恥ずかしかったが、もしも泰久が辞めていたら、ライトガン部は浜辺の砂城のごとく崩壊していただろう。

「君が止めてくれなかったら辞めていましたよ。……それがチームのためにならないと気づくのに、時間がかかりました」

「…………そう、ですか」

 泰久も、文香も――二人とも優し過ぎるのだ。自分が壊れても、自分のいる場所を壊したくない。

 だから洋介はそれをカバーする。きっと自分がミスすることもあるだろう。そういう時に、気づかせてくれる誰かがいるということは大きいことだった。

 洋介はどうして泰久が文香に負けたのか、なんとなく分かった気がしていた。彼は誰よりも部活の仲間を大切にし、試合でもその精神を重んじていたと言える。つまり泰久は必要以上に傷つけず、勝つときもなるべく犠牲を出さない勝利を目指していた。仲間の為に指揮官ができることは勝つことだけだと――そういうストイックさが、彼には欠けていたのかもしれない。 

「しかし、君のおかげだな。僕も、菅原さんも。流石は英雄、坂上洋介といったところかな」

「そんなことないです。部長のことを信じていたのと、部長がそれに答えてくれた――それに尽きると思います。」

「ははは。そうか、それはありがたい」

 いつもより砕けた言葉遣いで喋る泰久に、洋介は一つ尋ねてみる。

「菅原さんの投票結果はかなり理想的でしたけど、泰久先輩が根回しをしていてくれたのでしょうか」

「いえいえ。僕は何もしていませんよ。君が思っている以上に、ライトガン部の人間は彼女に信頼を寄せています。ただ、一年生は上級生がいる中で投票をするのは厳しかったでしょう。本当は棄権したかった生徒だっているはずだ。僕は感謝をされるようなことはしていないけど、ほかの部員への感謝の気持ちは忘れないように」

「はい」

 洋介は力強く答えを返す。泰久はその言葉に満足したように小さく頷くと、椅子を引いて立ち上がった。

「さて、帰ろうか」

「そうですね」

 二人で部室を後にする。六月初等の暖かな風に包まれながら、まだ少し明るさを残す空を見上げると、数匹の烏が群れだって空を飛んでいた。先頭の一匹を追いかけるように他の烏たちが飛んでいた。群の中の一匹が、その群から去るように別の方へと飛んでいく。

「さて、ここでお別れかな。夜道に気をつけて」

 文香を拾って帰るために保健室に寄る必要があったため、校庭の中程で別れることになる。

「はい。それでは、また明日」

「はい。また明日」

 小さくなっていくその背中を見送りながら、洋介は保健室の方へと足を進めた。

 明日から文香が指揮官である。

 その事実を受け止めながら、洋介は一週間後の都大会予選に思いを馳せた。






 東京都・足立区に存在する「足立ライトガンセンター」。

 ブリーフィングルームでは、二人の少年がパソコンの画面を見つめていた。流れている映像は、幸鳳学園の射撃場を盗撮したものである。チームメイトから散々『盗撮魔』扱いされた少年の名を色川兵太といい、時の衆議院議長、色川源助の孫であった。

 パーマがかかった髪をくしゃくしゃとかき回し、ずれた眼鏡を片手で押し上げる。冴えない外見とは裏腹に、張り巡らせる姦計はどれもこれも陰湿かつ効果的で、代議士の血族らしい狡猾さを感じさせた。

「うーん、どうだかね。好ましい展開じゃないわなぁ」

 画面を見ながら兵太がぼやく。一台五十万円という超高性能の小型カメラ(マイク付き)は、文香が指揮官に任命されるシーンを克明に映し出していた。

「菅原文香が面倒なのか」

「馬鹿言わないでくれよ。僕や安藤さんに比べれば可愛いものじゃないか。……ただね、これでまあ、指揮官がまともになってしまったわけだ。幸鳳学園はコマンダーの弱さがウィークポイントだったのにねェ」

 兵太はヘラヘラと笑いながらキーボードをガチャガチャと叩く。この男だけは絶対に敵に回したくないと、遼太郎は改めて思う。

「うちもクソみたいな三年が出て行けば少しはマシになるはずなんだけど」

「……仕方ねえさ。覚悟の上でやり始めたんだ」

「分かってるよ相棒。しかし奇跡的なチームだよ、なんだい三十六票が全部ダマになってるって。イマドキ安い青春ドラマでもやらない演出だよ」

 兵太は大して面白くもなさそうにパソコンの画面を閉じる。

「さーてコボリ。少し手伝って欲しいことがあるんだけど、日曜はヒマかな?」

「何するんだ」

「会場の下見さ」

「下見も何も、都大会までの期間は立ち入り禁止だろ」

 兵太は笑いながら部屋の隅を指さした。遼太郎が三白眼をそちらに向けてみれば、一メートルちょっとほどの大きさのヘリコプターが鎮座していた。

「なんだ、ラジコンか? またやけにデカいな」

「三十万もするんだぜ」

「……バカじゃないのか、お前」

「こうやって日本経済に貢献してるんだよ。……あ、違うわ。輸入品だから貢献してなかったわ」

「日曜にな、あのカメラ付きのオモチャが試合場の上を飛んでるっていう事故が起きるらしいんだよ」

「…………フ」

 遼太郎も溜まらず小さく吹き出した。敵だけでなく味方からも陰険野郎と罵られているだけのことはある。

「付き合うぜ」

「あらん。嫌がるかと思ってたけど」

「機材や人間をぶっ壊すようなやり方なら反対するさ。まぁ、これは頭脳戦の範疇と判断した」

「そうそう、良い心がけだ。敗者が一様に叫ぶ言葉を知ってるか? モラルだよ。そんなもの、犬のエサにもならない。要は勝てりゃいいんだ、勝てりゃ」

「お前が言うと危ない感じだ」

「俺のヒイ爺さんは太平洋戦争に負けたせいでブチこまれたんだ。まったくもって、難儀な世の中だよ。ブッシュを見ろよ。原爆はクソッタレたジャパンを滅ぼすための平和の光だと思ってたんだぜ。勝てば官軍ってヤツさ」

「勝ちたかったのか」

「まさか。戦争なんて好きじゃないよ、ぼかぁ。どうしてゲームやライトガンが楽しいか知ってるか? ムカつくヤツを何度だってぶっ殺せるからだよ。死者にムチ打つのはマグロとセックスしてるようなもんだ。敵が蘇ってくれば溜飲が下がることもない。好きなだけ罵詈雑言を吐ける」

 そう言って兵太は嫌らしい笑みを浮かべる。三年生陣に見られるような無知から来る哄笑とは違って、自信と実績に裏打ちされた黒さや汚さを伴っていた。

「お前が味方で良かったよ」

「はは、僕だってそうさ。僕みたいなタイプは、君みたいに本当に強いヤツと戦うのは無理だ。というわけで、口数は僕の方が多いけど、主人公は間違いなくコボリだ。盛大にブッ殺してくれることを祈ってるぜ」

「この間は勿体つけろっていってたじゃねえか」

「もう挑発する必要もないだろ? それに、指揮官としてお前に全力を出させないっつーのはなんとも勿体ないのさ。……まあなんであれ頑張ってくれよ小堀。俺は口だけ出しまくるから、おまいさんはガンガン手を出していけ」

「俺も損な役回りだぜ」

「まあそういうなや。ジュース奢ってやるから」

 そういって兵太は財布を開く。万札が三十枚ほど詰まっている中から、折り目のない千円札を取り出して手渡した。

「そこの自販でいいのか?」

「ノー。僕はネクタリン百パーセントを所望」

「……ふざけんな、あれが売ってるスーパー、隣町だぞ」

「お前の足を信じてる」

「…………サー」

「がんばれよー! 釣り全部やるから! まさにバイトと訓練の両立! なんて優しいんだろうね僕は!」

 兵太は遼太郎を見送ってから、逆側のドアへ目を向けた。

 ゆっくりとドアが開いて、車椅子に乗った安藤沙知が入ってくる。慣れたもので、地面に散らばる荷物を回避して兵太の隣までやってきた。

「どうもー。あれ? りょうちゃんは?」

「んあ、隣町」

「ああ、ランニング」

「そうそう」

「はい、ネクタリンジュース。近くのスーパーで売ってたよ」

「…………ありがとう」

 遼太郎には伏せておかなければならないと思いつつ沙知の方に向き直る。

「りょうちゃん、どんな感じだった?」

「フツーだよフツー。君に見せていない顔は、僕たちにも見せないと思うよ。……まあ、予想以上に坂上君がフヌけてたっていうのが大きいよね、きっと」

「都大会はどうなりそう?」

「さてね。愛しのりょうちゃんが最強なのは間違いないよ。ただ、うちにはお荷物がいるからね」

「さん――」

 口を開きかけた沙知を制する。部屋に入ってきた三年生が兵太の方を睨み付けてきた。

「練習時間だろ」

「フォームを教えて貰ってたんですよ」

「……立てもしないヤツに、か」

「突っ立ってるだけのカカシよりマシだと思いますけどね」

「…………どういう意味だ、てめぇ」

「幸鳳学園のディフェンダーに決まってるでしょう。郷田先輩が倒したんじゃないですか」

「……ああ、あいつらか。当たり前だろ? 何が全国最強だ。笑わせるぜ」

 郷田の講釈を右から左に聞き流しながら、兵太は小さくため息をついた。世の中、上手くいかないことだらけである。


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