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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
17/31

chapter 15 解放



 都内のとあるマンションの一室で少女はキーボードを叩いていた。

 さっぱりとしたショートヘアー。小顔で、ほっそりとした首と顎のラインが美しい。大きめの目からは明るい印象を受ける。

 妙齢の少女は、しかし制服を着ていなければ年齢を推測することは難しいだろう。

 部屋には黒を基調とした上質な調度品が並んでいる。ベッドや本棚は整然としていて、一見するとオフィスルームのようであった。

 シックな黒色のパソコンデスクは丸みを帯びた先鋭的なデザインで、その脇には手のひらサイズの小型デスクトップパソコンが鎮座している。

 少女――杉山綾乃の携帯電話から着信音が響く。

「ん……?」

 綾乃が二台持っている内の片方が鳴る。親類にしか教えていない方なので、恐らくは母親だろうと思いながら画面を除く。

「お」

 ディスプレイに表示されている番号を見て、幼馴染にも教えていた事を思い出しながら、細く長い指で通話ボタンを押した。

「ハロー、ヨースケ。どうかした?」

『……綾乃』

 久しぶりに聞いた幼馴染の声は、これから自殺するわ、という言葉が続きそうなほど暗かった。

「なんなのそのゾンビの呻き声みたいなのは」

『それがさ』

 洋介は部活であったゴタゴタを長々と話し始めた。

 綾乃は嫌な顔一つせず、キーボードを叩く手を止めて洋介の言葉に耳を傾ける

『結局その子が泣き出ちゃってさ……』

 洋介の言葉には覇気がない。わざとらしさすら感じるほど腐りきった声だった。

「ふーん……でもさ、その部長さんは、部活をやめるとは言って無いんでしょ?」

『……いや、指揮官をやめるなら、『指揮官を辞める』って言うだろ? 引退するって言ったてことは、多分……』

「いやいや。そういう意味じゃなくてね。その女の子の前で部活をやめるって明言した訳じゃないのなら、どうにでもなるでしょ。後は水面下で説得すればいいだけの話だと思うけど。……まあ、私と違ってあんたがそういうの得意じゃないってのは一つあるけどね」

 綾乃の言葉に、電話先の洋介が黙り込む。しばらくして、

『そうだ。その通りだ』

「ノロノロしてる暇、無いんじゃないの? 私だったら、そんなこと言っちゃったら退部届けは翌日の朝に出すね」

『ありがとう。綾乃。何すれば言いか分かったよ』

 洋介はさっきよりも数段明るい声で綾乃にそう告げる。

『なあ、どうして女の子だって分かったんだ?』

 その言葉を、綾乃は鼻で笑い飛ばした。

「本気で聞いてる? 『その子』って言い方、普通は年下に使うでしょ。ヨースケは一年生なんだから後輩はいない。そうなると相手は女子でしょ。男の方が立場的に上ってわけじゃないけど、男性心理的にね。加えて言うなら、ヨースケより背が低くて、なーんか気になる女子、って感じかな。構ってあげたくなるような。弱弱しさすらあるかもしれない」

 勘だけで適当に言葉を続ける。親よりも一緒にいた時間が長い洋介のことを把握するのはそう難しい事ではなかった。

『……それも女の勘か?』

「まあ、そうといえばそうかもね。いいから早く行ってきなさいって」

『すまん綾乃。ありがとうな』

「はいはい。また電話してねー」

 特に理由はなかったが、通信を切断した携帯をベッドの上に放り投げた。

 綾乃は黒基調の部屋にミスマッチなもの――テーブルの上に置かれた金色のメダルを眺める。中学時代、ライトガンの全国大会で優勝したときに貰ったものだった。その脇のコルクボードには、大小さまざまな勲章が貼り付けてあった。

 机の一番上の引き出しを引くと、中にはM60、洋介が使っているものと同じリボルバーが入っていた。

「なーんか楽しそうじゃない、相棒」

 綾乃はM60を指にひっかけてくるくると回転させる。ガンスピンと呼ばれる一種の曲芸は、自分を強く見せるために必死で習得した技術の一つだった。

 このあと洋介は家を飛び出してその「部長」とやらに会いに行くのだろう。圧倒的な才能と、有無を寄せ付けない努力で全てをねじ伏せてきた為に、他人の感情に疎く、人間関係の軋みを解決する術を知らない。

 なにを泣いているんだと、その『少女』を呪う。一方で、洋介が普通じゃなくなってしまった責任を自分に見出して徒労感を覚えた。

「ほんとなにしてんだろ。馬鹿みたい」

 呟く綾乃が何を見ているのかははっきりしない。 

 ただ右手のリボルバーだけが、美しい円運動を繰り返していた。






「なあ木村! 四時間目の授業って何だっけ?」

「あー、現文だろ?」

「サンキュー」

 日誌係の生徒が休んでいたので、洋介は太田が押しつけてきた日誌を適当に書いていた。

 来週から都大会の予選が始まるというのに何をしているんだとも思ったものの、洋介は日誌のページが開いているのを見るのが好きではない。

 一ページや二ページ空白があったとしてもクラスメイトたちは気にしないだろうが、洋介は違う。静かにペンを走らせながら、自分がクラスに馴染みきれていないのは几帳面な性格が影響しているのかもしれないと考える。

「洋介君、迎えにきたよ」

 ややあって、文香が洋介のもとを訪ねてきた。

 文香の表情は、一週間前とはうってかわって明るかった。

 泰久が引退するといった二日後に、洋介は文香とともに泰久の家を訪れて事の詳細を一緒に話した。暗い表情の文香の前で、泰久ははっきりと部活を続投する意思を示した。勘違いしていたことを恥じて赤くなる文香と、それを見ながら優しげな笑みを浮かべていた泰久の顔を洋介は鮮明に覚えている。

「ああ、文香さん。すぐにいくから、先に行っててよ」

 洋介は手をひらひらと振って見送ろうとするが、

「いいよ、待ってる」

「……ならさっさとやらないと」

 文字が若干崩れたが気にせずに日誌を書き込んでいく。多少雑になったところで、全くやる気のない他の男子生徒よりも十倍は良く書けていた。

 教壇に日誌を置いて、更衣室で着替えてから文香と共に射撃場へと向かう。射撃場の扉を開いた二人の顔をみるなり、部員から「久しぶり」という声がかかる。

 あれから役一週間、運動会が終わるまでは部活動は休止されていた。休み時間も応援旗やポスターの制作で忙しかったので、部員たちとまともに顔をあわせるのは一週間ぶりになる。

「つーか、ヨッケは速いなあ。すげえよ」

「陸上部の人に悪かった感じもしたけどね」

「いやいや、練習してたんだから文句はないっしょ」

 陸上部有利と言われていた部活別リレーは、結局ライトガン部が圧倒的な差で優勝した。しかも「部活をしている時の状態で走る」というルールの中で、M16というおもりを持っているのにも関わらずだ。

 その場の一年生たちが和やかに会話をしていた。徐々に集まってくる仲間を輪にいれながら、雑談に花を咲かせる。

 後ろのドアを開いて入ってきた人物の姿を見るなり、全員が話をストップさせた。

 ――部長、大崎泰久。その人だった。

 定時きっちりに揃ったメンバーの前で、泰久が「大事な話があるから黙って聞いて欲しい」と切り出した。

「もう全員知っていると思うけれど、一週間前に試合をした。メンバーは割愛させてもらうが、僕のチームと菅原さんのチームでやった。結果は僕の大敗だ。メンバーのせいではなく、僕の采配ミスでもない。僕の指揮力と、菅原さんの指揮力がぶつかって得た結果がそれだ」

 泰久は言葉を切って、一旦目を閉じる。その場にいる全員が、その一挙一動、一言を注視する。

「僕は上下関係は余り好きじゃない。僕のやり方に文句がある人もいるとは思うけれど、ひとつだけ言わせて欲しい」

 泰久はもう一度言葉を切り、一呼吸置いた。腹の底から紡いだかのように、言葉を述べる。

「僕たちは夏季大会でダークイーグルに勝つ。そのために僕は菅原文香さんを指揮官に推挙したい」

 簡潔で、そして重い一言だった。

 大崎泰久が試合の一週間前に指揮官を辞任するという展開を、この場の誰が予想しただろうか。部員たちの表情は様々だったが、総じて感じられるのは不安そうなそれだった。しかしその決断を下したのは、他ならぬ指揮官であり部長でもある泰久自身なのだ。

 一年は二年や三年の先輩たちの顔色を伺うようにオロオロとしている部員がほとんどだったが、二年生ははじめから賛成ムードをかもし出している。

「俺は姫様がやりたいってんならいいと思うよ。ジャー爺は副指揮官の方が適任っぽい感じするし。そもそもジャー爺が辞めた後に俺らの中で司令官出来る奴いねえし」

「早く決めないと私がやらなくちゃいけないしねえ」

 二年の女子の一人が肩を竦める。

「あぁ。それによ、白門学院って去年のコマンダーが一年だっただろ? 海外のチームなんかでも当たり前らしいぜ」

 ライトガン部は上下関係が無いといっていいほど重視されていない。礼節は個人個人が考えてわきまえるべきだと思っており、現実に一人ひとりがきちんと自分の意志でもって先輩に敬意を払っていた。

 また、実力至上主義とまではいかないものの、より強い奴、よりやりたい奴がやるべきという方向性がある。二年生は駿を筆頭に特にその傾向が強いため、文香の指揮官就任に異を唱えるものはいなかった。

「菅原さん」

 まとまらない部員を見かねたのか、泰久が文香に声をかける。

「もう一度だけ、戦ってみてはくれないでしょうか」

「……でも、私はやっぱり」

「菅原さん」

 珍しく泰久が人の話を遮った。失礼、と一言謝罪して、優しげな表情をたたえたままさとすように切り出し始める。

「貴方は指揮官に非常に向いている。少なくとも僕よりは。勘違いしないで欲しいのは、僕が指揮官を辞めたいからこう言っているわけではないということだ。この部活を勝利に導くためには、菅原さんの力が必要だ。お願いしたい」

「……わかりました。では、もう一戦やらしてください。それでご判断していただければ」

「ありがとう」

 泰久が差し伸べた手を文香はおずおずと握った。

 

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