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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
16/31

chapter 14 錯綜



 演習が終わり、プレイヤーとベンチの全員が射撃練習場に集まっていた。

 強固なディフェンス。敵の裏を欠く奇策。チャンスを握ってからの押しの強さ。素早い情報処理。文香の策略によって、幸鳳学園ライトガン部は、ダークイーグル戦や部内演習で問題とされていた点を一挙に解決していた。

 しかし場の空気は重い。理由は明白で――問題を解決したのが実現したのは部長の大崎泰久ではなく、今日初めてライトガンの試合を経験した菅原文香だったからということだろう。

 洋介は彼女の表情を盗み見た。当人の文香ははしゃぐこともなく、傍らのパソコンに向かっていつものように戦闘記録を閲覧している。

「皆さん、すみません。……少し時間を貰えますか。菅原さんと坂上君に少し話がしたい。外でいいですかね」

 洋介の足取りは重く、一方の文香は不思議そうな表情を携えていた。外に出たところで生温い風が肌を撫でたが、先程の試合では汗をかかなかったために不快感はない。

「戦略について、お聞きしたいことが。僕は六人の人間が片側で固まって動いているように感じたのですが、あれはどういうことだったのでしょう」

 そう切り出した泰久の表情は能面のようで、いつもの微笑みが感じられない。

「私の一丁と坂上君の一丁を、吉井さんと山崎君に渡して四丁の銃があるようにみせかけました」

 洋介は唸る。何をしたのか、ぼんやりとだが見えてきた。二丁を同時に撃つのは現実的じゃないが、相手を撃つために使うのではないというのなら話は別だ。

「あの通信は?」

「鮫島先輩に演技をしてもらったんです。M16を二丁持っていた二人が発砲する直前に、その場に居合わせたように喋ってもらいました」

「……僕は鮫島君も含めて右側に五人ぐらいの人間が固まっていると感じました。……その後は?」

「鮫島先輩にはずっと匍匐で進んでもらっていました。不信感を植え付けておいて、鮫島先輩への注意を逸らしたかったからです。無線機を使った後の二人をその場に残して、瀬谷先輩にも合流して貰いました」

 なぜ始めから秋菜を左サイドの二人と合流させなかったのか、という質問に対し、文香は泰久が中央ラインを先に取ろうとしてきたときに備えてだと語った。

 駿の個人行動では得られない「アタッカーへの対応力」を高めていたのだ。秋菜だけでなく、三年の青木までもを駿の護衛につけたのは、秋菜が動いている間の駿を守るためであったと理解する。仮に泰久が違和感に気づいて駿のいる方に偵察なりアタッカーなりを送ったとしても、青木と駿の二人ならば問題なく蹴散らしただろうし、俊足の秋菜ならフィールドのどこからでもすぐに合流できるだろう。

「瀬谷先輩には、鮫島君の分のM16も持ってもらいました。そのまま全速力で走ってもらって、吉井さんと山崎さんに合流して――そこで三人に六丁分を鳴らして貰いました。銃声を聞いた先輩チームの方が、やはり敵は右サイドに固まっているという認識をして貰えると思ったので」

 五人も六人も固まって動いていると判断したら、わざわざ誰もいない左側からアタッカーを進める利点はない。敵がまとまって動いていることを把握できたのなら、爆発物で一斉に巻き込んで倒せる可能性が高いためだ。

「そこまでして鮫嶋君から目を逸らさせた理由は何ですか?」

「昨日の夜にネットでいろいろ調べました。ライトガンに類似する競技として、エアガンやペイントボールがありますよね。でもライトガンはその二つと違って飛距離がある。エアガンやペイントボールの限界射程は五十メートルほどです。五十メートルというのは、確かにハンドガンやアサルトライフルの交戦距離と仮定するなら十分です。でもスナイパーライフルは違います。数百メートルから一キロほどの距離で相手を撃つための武器です。日本の国内試合を見ていると、スナイパーは五十メートルぐらいでしか機能していないんです。多分、エアガンでのサバイバルゲームから抜け切れてない。でもこの長射程を生かさない方法はありません。だから、はじめに鮫島先輩を配置することで、大きなプレッシャーを与えようと思いました」

 ディフェンダーの火力がいかにあろうが、スナイパーによる長距離からの狙撃には無力だろう。言葉にするのは簡単でも、最高のポジション取りと安定した撤退経路の確保が必要で、他の部員のバックアップは必須だった。

 饒舌な語りが終わってからも、泰久は口を引き結んだまま動かない。

 しばらくの間を置いて、胸中のものを吐き出すように口を開く。

「坂上君を出さなかった理由は?」

「はじめ、私は坂上君をフィニッシュマンとして使う戦略を考えました。でもそれだと坂上君が失敗した時に総崩れすると思ったんです。かといって鮫島先輩の護衛役につけるには勿体無い足です。だからいっそのこと坂上君抜きでオフェンスを構築しようと思いました。ライトマシンガンを思い切って左右に展開したのは坂上君が動けるスペースを作りたかったという意味が大きかったんですが、結果的に両翼のディフェンダーの行動にメリハリがついてやりやすくなりました」 

 洋介が部活の問題点を聞いたときよりも更に具体案に踏み込めている。驚異的なのは、練習を見ていたことと、ネットで得た知識とだけでここまでのことをやってのけてしまったということだ。

「菅原さんには…………他にも作戦があったのでしょうか。例えば鮫島君が失敗したときや、四丁のトリックがバレたときにはそれをカバーすることはできたと思いますか?」

「幾つかはありました。でも、起こりうる状況を全て羅列して暗記するような戦い方では詰まると思ったので、もし破られたらその場その場で対応しようと思いました。中途半端ですけど」

 文香の言葉が終わり、沈黙が訪れた。

 すっと、大崎の厳しい表情が解ける。何かを悟ったような、弱々しい笑みを浮かべる。

「なるほど……ありがとう。…………僕は、あなた達の才能と努力を殺すところだった。今分かったけれど、僕が追っていたのは最小限の被害とか、全員の活躍とか、そういう物でした――それでは勝利を掴めない」

「そんなことは」

 口を開いた文香の方を向いて、泰久は仏像のようなアルカイックスマイルに気圧されて、文香は口をつぐむ。

「……引退します。後は、任せました」

 洋介は目を見開いた。自分の聞き間違えかと思ったが、引退という言葉など間違いようがない。隣の文香も訳が分からないといった表情で立ちすくんでいる。

「そんな……!」

 一瞬の間を置いて文香が声を上げる。それと同時に泰久の携帯が鳴った。

「…………はい。……はい。すぐに行きます」

 おそらくは体育祭関係の呼び出しだろう。混乱している二人をその場に残し、泰久は陽光をその背に受けながら走っていった。

 余りにも唐突すぎて何が起こっているのか理解できなかった。

「ねぇ、坂上君……」

 震える声を聞いて振り向くと、文香が青ざめた顔をしている。

「私、どうしたらいいだろう……」

「……それは…………」 

 答えられずに口ごもる。

「私は、先輩の、部活の手伝いが出来たらなって、それで…………それだけで。私、部活を壊しちゃったよ……」

 背中を向けていても泣いていることは理解できた。それを止める術を探すように、視線を宙に泳がせる。

 しかし動くことができなかった。泰久の背を追うことも、文香に声をかけることも――言葉が見つからないとはまさにこういうことを言うのだろう。

 文香にライトガンをやってみないかと提案したのは洋介だ。実戦の環境で、マネージャーの文香が何かを見出してくれれば、幸鳳は更に強くなる――そんなことを、思っていた。

 仮に、自分より三歳年下の中学一年生のライトガンナーが、自分の事を完膚なきまでに叩きのめしたら自分はどう思うだろうかと考える。

 ああ、君は強いね、一緒に頑張ろう。それで明日から何もかもがうまくいく。そんなことがあり得るだろうか?

「…………」

 言葉はない。ただ馬鹿のように口を開き、何も出来ず立ち尽くす。

 空っぽの脳味噌に、文香の嗚咽だけが痛く響いた。



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