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ライトニング・シューター  作者: 黒羽燦
一巻《鳳凰の息吹》
14/31

chapter 12 策動


 生ぬるい五月の風を全身で受けながら、洋介は積み上げられた土嚢の上に腰かけていた。

「うざい感じに風が吹いてやがんなぁ」

 隣の駿がぼやく。しばらくその言葉を理解できなかった洋介だったが、空気に意識を向けてみれば、確かに微風が吹いているのがわかった。

 突撃銃や軽機関銃の射手ならばさほど風を気にする場面は無いが、スナイパーにとって風があるというのは非常に面倒なことである。ライトガン銃口部や、メインコンピュータがたたき出す測定結果が、弾道を大きく狂わせるからだ。

 かといってセンサーを手で覆いながら撃とうものなら、引き金を引いた瞬間にそのデータが本部のパソコンに送信される。故意にやれば大会なら退場を食らう可能性が高いし、そもそもその状態では赤外線が発射されない。

「大丈夫、フミ? 無理しないでね」

 秋菜は文香を気にしているらしく、しきりに心配する言葉をかけていた。 

「んで、俺たちはどうすりゃいいのかな?」

 駿が文香に声をかける。

「瀬谷先輩が、青木先輩と一緒に鮫島先輩を敵陣まで守ってください。ディフェンダーが顔を出したところを狙撃できるポジションまで、なんとか」

「だ、そうだ。守ってくれよ、秋菜ちゃん」

「気持ち悪……。でもフミ、ちょっと偏っちゃうけどいいの? コイツはゴキブリ並のしぶとさがあるから一人でも大丈夫だと思うけど」

 秋菜の言葉に、文香は作戦を考えてきたので、是非お願いします、と言った。

「ま、フミがそういうなら」

 洋介は文香の選択を前向きに受け止めていた。駿と秋菜は個人個人でかなりの強さを誇っていたため、誰かと組んで行動する事は少なかったからだ。秋菜には多人数相手でも倒せてしまうだけの技量があり、駿は観測手も見張りも不必要なほど多方面の能力に優れているため、なまじ味方がいると行動を制限してしまう。その点、駿と秋菜なら、互いにパートナーとして不足はないだろう。二人が固まっている以上、それ以外の位置からの突破力が見込めなくなるという問題が残るが、それは自分が補えばいいだろうと考える。

「いくぜゴリナ」

「次言ったら煮えた鉛を飲ます」

 秋菜の声に駿が震え上がった。

 文香は、追加でいうことがあれば後から無線で伝えます、と言い残して、他のメンバーたちへと声をかけ始めた。今回の準備時間は十五分しか取っていないため、精密さを要する作戦は練りにくいだろうと洋介は思案する。

 自分は何をすればいいのだろうかと悶々とした心持ちで文香を待つが、彼女がいっこうに帰ってこない。土嚢の向こう側へ消えて、なにやらディフェンス陣に細かい指示を出しているらしかった。

 何となく声もかけられないまま、時間だけが静かに過ぎて行く。洋介はただ空を仰ぎ、木々を睨む。あと五分経たずで始まるというのに、自分は何の命令も受けていない。不安気な表情で文香を探してみれば、やっと洋介の元へと歩み寄ってくるところだった。

「俺はどうする」

「洋介君は、ディフェンダー」

「……え?」

 言葉の意図が理解できずに思わず聞き返す。

「本気ですか……本気? 俺は基本的にアタッカーだけど」

「でも、ディフェンダーも人並み以上に出来るでしょ」

「……できるといえばできる、と思う。分からないけど」

 確かに洋介はディフェンダーをこなすこともできた。何せ、元々はディフェンダーだったのだ。中学時代にライトガンに誘われたとき、「ピッチャーも防御側だろうが」と訳のわからないことを言われたため、始めの頃はディフェンダーを担当していた。すぐにアタッカーに転向したのでそう長い経験はないが、当時は十分に動けていた。

「いいじゃねえかヨッケ。姫様には考えるところがあるんだろ。だったらしっかり守ってやれよ」

 近づいてきた駿が笑いながら声をかける。

「はい」

 文香の作戦が何であれ、泰久のように指揮官本人の腕がたつ場合を除けば指揮官を守る人間の存在は必須である。文香が素人であることを考えれば、護衛は腕の立つ人間でなければ務まらない。

 ふと、洋介の頭に泰久の顔が浮かんだ。

 前衛指揮官、大崎泰久。

 泰久の恐ろしさは作戦だけでなく、本人の強さにもある。最強のアタッカーと祭り上げられている洋介も、泰久と一対一になったとしたら十分に負ける可能性を孕んでいた。逆に言えば、泰久を切り崩すには洋介しかいない。泰久は指揮官ではありながら、場を構築し終われば確実に攻めてくる。だから、洋介と泰久が別チームの時は洋介は泰久を叩きに行っていた。

 自分が前衛にいかないと、泰久に大暴れされはしないだろうか――思い悩む洋介の肩を駿が叩く。

「たまにはポジションチェンジしてみるのもいいと思うよ。俺みたいに狙撃しかできないチキンとか、突撃しかできない猿人類には無理だけどね。もっと味方を信じろよ。ジャー爺はつええが、スーパーマンじゃねえ」

 そういって子どもっぽい笑みを浮かべながら、駿は洋介から離れていった。正確には般若もかくやという表情の秋菜から逃げ出していった。

 その後も文香はギリギリまで追加の指令を出し続けていた。「ヒット」は「ヒット」でも、手足の部位が使えなくなったもの以外は「ダメージ」と呼ぶようにと伝えた。それは分かりやすいと洋介も思う。怪我や負傷はダメージ、重症はヒット、退場に至ったらロスという三段階に分けることで、迅速な情報伝達が期待できた。 

『それでは、四十五分間の練習試合をはじめます』

 無線機から、文香の変わりに進行役を買って出た幸太朗の声が聞こえてきた。

 洋介はM16のトリガーに指をかける。

 

 ――一高い銃声の音が空に響いた。

 

 腹を決めてフラッグ近くの塹壕に潜り込んだ洋介は、違和感を覚えてあたりに目を走らせた。

 すぐに原因を感じ取る。周囲にディフェンダーが全くいないのだ。謎の配置に疑問を覚え、フラッグが立てられた小山に上って塹壕内のディフェンダーの位置を確認する。

 左側のディフェンダーは左側に銃口を向け、右側のディフェンダーは右側に銃口を向けている。フラッグ前の塹壕にいるのはスナイパーライフルを持った三年生が一人だけで、他には洋介と文香の二人しかいない。左右に比重を置いている陣形なのは理解できたが、全体的に塹壕のスペースを遊ばせている感じだった。なにより直接フラッグを守るのが三人というのは少々無謀ではないだろうか。

 そしてもう一つ、異常な事に気が付いた。自分が持ち出したM16をフラッグの側に置いといたのだが、それがなくなっていたのである。

「ねえ、文香さん。俺のもう一丁のアサルトライフル、どこ?」

「吉井さんと山崎君に二丁ずつ持たってもらったの」」

「えぇ!?」

 洋介は素っ頓狂な声を上げた。

 文香が自分に対してアサルトライフルを二丁持ち出せと言ってきたのは、自陣の違う場所においておく事で、破壊されたり取り落としたりしたときにもう一丁を使えるようにするためだろうと踏んでいた。しかし実際はそうではなく、持ち出したそれを吉井と山崎に持たせるためだったらしい。

「一般的なレギュレーションでは、メインウェポンとサブウェポンを合計二つまでしか持っていけないけど、競技中の譲渡や拾得によってその合計数が三以上になってもかまわない」

 理由が掴めずに呻く洋介をよそに、文香の声はあくまでも冷静だった。 

「それはわかってるけど……」

 アサルトライフルの二丁携行が無意味だという事実は揺るがない。まずその重量のせいで移動が制限され、長物を二丁持つことから敵にも見つかりやすくなる。練習したとしても命中率は散々なものになるだろうし、仮に片手で射撃できたところでリロードができないという致命的な問題が残る。ハンドガンならば撃ち切って捨てるという使い方も考えられるが、アサルトライフルに関してはその為だけに持っていくのではあまりに割に合わない。

「二丁携帯なんて現実的じゃないよ」

 三週間も一緒にやっているので、多分そこは分かっているだろうと思いつつそう伝える。多く持てば良いというほどライトガンは単純ではない。

「分かってる」

 洋介は二の句を継ぐことができなかった。断言する文香の言葉は余りに力強く、その目は何らかの確信を伴った光を宿している。

 恐らくは吉井と山崎は、ハンドガン一丁ずつに加えてアサルトライフルを二丁ずつ携行しているのだろう。合計三丁ということになるが、そこにどんな意味があるのか洋介にはさっぱり予測がつかなかった。二年近い経験の中にも前例を見出せず、今はただこの利発で聡明な少女が何をやるかを見守ることしか出来ないという結論に至る。

 いろいろと考えながら銃を構えていると、正面から銃声が聞こえてきた。

「おっと、もう来たか」

 M16の銃声が目の前に広がる森の中から響いた。洋介は塹壕から頭だけ出して、牽制の意味をこめてM16を発砲する。

『それは多分、囮だよ』

「え……了解」

 いつの間にか隣にいたはずの文香が姿を消していた。確かに近寄っているより、散らばっている方が的は絞りにくい。きちんとそれを把握して行動できているという事実に驚きながら、洋介は無線機に返事をする

 右側のミニミも火を噴いていたが、他の四機のミニミは沈黙を守っていた。文香が指令したのだろうが、戦略上非常に正しいことと言えた。今までのディフェンダーといえば、敵を見るなり全員でミニミを乱射していた。囮が一人くればそれを相手にするため全員で銃口を向けるため、波状攻撃にどうしても弱くなる。しかも、陣地に入ってきてからもミニミで応戦している人間が多く、酷いときには味方誤射が相次いで自陣が崩壊することもあった。

 もう一度冷静に考えてみると、一見脆そうに見える配置だが、隙が無いことに気づいた。無駄にミニミを撃たないことで、ディフェンダーの位置をバレにくくするといううまみもある。

 配置の意味を理解すると、M16を二丁持たせたと言う作戦にも期待を持つことが出来た。

 彼女に信頼を寄せ、疑念を頭から掻き消した。自分は自分の仕事をこなそうと考えて、敵が消えた森の方を睨み付ける。

 揺れる草は洋介にも視認できた。誰かが来ているのは間違いない。深く斬り込んでこないところをみると、斥候か囮役だ。おそらくは、ライトマシンガン全てを自分の方へ引きつけて、仲間を攻め込ませようと考えている。

 突如森の中からグレネードが飛び出して、全く関係の無い方向に飛んでいった。背後の文香はフラッグの後ろ側に隠れているのでバレてはいないとは思うものの、しつこくグレネードを飛ばされれば危険なのは明らかだった。 

 戦場の空気を肺一杯に吸い込んだ。ディフェンダーは引けない、そして進めない。

 洋介は一瞬で広がる世界を塗り替える。

 塹壕戦は今でもなお、世界中の戦場で行われている合理的な戦闘スタイルだ。守って殺すための技術が集約されている陣形である。隠れて撃って、敵を寄らせない。仲間が大切なら、自分が死にたくないのなら、目の前の敵は全て撃てばいい。それだけだ。

 洋介は塹壕を飛び越えて一つ前の塹壕へと移動する。弾の無駄撃ちになりかねないが、牽制の弾を放とうとトリガーに指をかけたとき、

『右側一機、牽制を』

 文香の声に呼応して右側のミニミが森の辺りに銃弾を撒き散らした。

 洋介はトリガーから指を離して手榴弾のピンを抜く。タイミングを見計らって、相手の背後へとそれを放り投げる。

『右、伏せて』

 耐えかねたのか囮役らしい男子が飛び出してミニミの方へとM16の弾を放つ。だが味方ディフェンダーは文香の指令通り体を伏せていたらしく、ブザーが鳴ることはなかった。

 右側のもう一人のミニミを恐れてか、敵が一度森へと引っ込んだ。続けて左手方向から別のアタッカーが現れるが、左側のミニミの弾幕によって森への撤退を余儀なくされる。このときもやはり、一丁だけで追い払っていた。

 一見すると押されているように見えて、そんなことはなかった。最低限の弾薬だけで追い払うことに成功している。

 相手も引っ込むのが早いため、なかなかヒットが取れないのがもどかしいが、このまま続けていたら先に弾にひっかかるのは相手の方だろう。

 中央から敵が飛び出した。グレネードとM16の全自動射撃を振りまき、多少強引にでも攻め込むつもりらしい。

 その動きは熟練者のそれだった。あたりの木々をうまく盾にしつつ、陣地との距離を確実に詰めてくる。

「――!」 

 その敵が洋介の方を向いて驚いた表情をした。だが、その姿を確認してからはむしろ積極的に洋介を狙って攻撃してくるようになる。どうやらディフェンダーとしての坂上洋介を軽視したようだが、それが仇となる。

 洋介は素早くグレネードを射出、続けて歯で手榴弾のピンを抜き、三年の左奥に手榴弾を放り投げた。即座に右に走り、右方向からM16を三発見舞う。敵のブザーが鳴るより速く、塹壕を中腰で駆け抜けることで相手に位置を掴みにくくさせる。

 塹壕には遊びがあった。だからこそ、洋介は数十メートルもの塹壕の中を自由に駆けることができる。そのため、アタッカーとして培ってきた俊足や回避技術がしっかりと生きてくる。

 中央に自由に動ける洋介がいるおかげで、グレネードランチャーの撃ち逃げも手榴弾の投げ逃げもしにくくなっていた。また、文香の隣にいるスナイパーが、敵に背を向けさせる事を躊躇わせる。

 また背後では文香がサブマシンガンを散らしていた。素人の文香がアサルトライフルやライトマシンガンを扱うのは無理があるが、サブマシンガンなら軽く、なにより軌道の読みにくい弾幕を張ることで相手にプレッシャーを与えることができる。

 洋介はほかのディフェンダーたちと一緒に、一発ずつ撃ち、撃っては隠れての牽制を続ける。敵が疲弊しているのが目に見えて伝わってきた。アタッカーとディフェンダーでは、銃の威力と携行弾数に圧倒的な差が存在しているため、長引けば長引くほどアタッカーが不利になる。

 よく考え抜かれた配置と相手の行動を見越した素早い采配は、どう考えても初心者のそれとは思えなく――もはや文香に全てを委ねることに躇はなかった。

「文香さん」

 洋介は指揮官の名を呼んだ。

「アタッカーの方はどんな采配をしたの」

 最初から抱いていた疑問を口にする。ディフェンダー以外の八人はどう展開しているのだろうか。

「秘密」

 聞こえてきた声は無線機越しの声ではなかった。驚いてその方向に目をやると、すぐ隣にサブマシンガンを構えた文香がいた。気配の殺しかたは下手をすると自分よりうまいかもしれないと、洋介は舌を巻く。

「ねえ、勝ったらあだ名で呼んでくれる? 呼び捨てでも、いいけど」

 文香は不適な笑みを浮かべてそんな提案を打ち出してきた。模試で一位を取ったら、という提案をしてきたときと同じ、どこか悪戯っぽく――そして自信ありげな表情だった。

「いいよ」

 洋介は強く返事をして、前方の森の方へと目をやった。もし、文香が泰久を倒したのなら幸鳳学園はもっと強くなれる――そんな気がしていた。


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